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大学院の研究室におけるヒエラルキー。
理系大学院の研究室には、明確なヒエラルキーが存在する。
しかも、このヒエラルキーはあまり健全でない。研究室という閉鎖的な環境において、常に先生と生徒は対立している。
かつてのキリスト教会はかなり閉鎖的であったために、宗教者による児童虐待が問題になったそうだが、研究室においては教授による生徒虐待が問題になりがちだ。物理的に殴られるわけではないが、精神的に参る生徒がいるのは事実だ。
そこで、僕の研究室内のヒエラルキーについて考えたい。あくまでも僕の研究室に限った話であることを念頭に読んでいただきたい。
トップは言わずもがな、教授。研究室の長だ。教授に権威があると学会でも「おおー」と言われるくらいには、研究室の顔になっている。
次に、准教授。教授の下のポジションのはずだが、実権を握っているのはこの人だったりする。いわば、逆・摂関政治だ。
その下に大学院生や学部生のような学生がいる。
このヒエラルキーにおける上下関係はかなり厳格になっている。上からの指示は絶対だ。断る風潮はない。
理系の場合、実験準備のような雑用から研究室の雑務まで、いろいろな仕事が下の人間に回ってくる。
また先生は生徒に対して何を言ってもいいと思っている節がある。生徒の発表に対して、人格否定とも取れる発言を平気でする先生もいる。ずっとアカデミアの世界にいるせいか著しくコンプラ意識に欠けているのだ。
理系というと、陰気くさいメガネのノロマ(言い過ぎ)というイメージがあるかもしれないが、実態はかなり体育会系だ。体力も精神力も求められる。
僕自身、ゴリゴリの体育会系の部活を今までに経験したことがないので、かなりギャップを感じている。
学部4年生時には、先生の怒声が耳に入るたびに頭痛が起きたし、1人で泣きながら夜な夜な実験作業をしていたこともある(まさか20歳超えて泣くことがあるとは)。
もちろん悪いことばかりではない。大変な分、論理的思考力やプレゼンスキル、専門知識が身に付くのは間違いないし、僕もそういう能力を身に付けきた自負はある。また生徒は、先生に対抗する仲間として仲が深まる。一生の友達に出会える可能性もある。
とはいえ、ここでの話は僕の研究室に限った内容かもしれない。
研究室の雰囲気は、本当にそれぞれだ。研究室配属の時点で選択を誤らなければ、もっと楽に修士号を得られたのかもしれない。
なんだかんだ、あと1年というところまで来たので、頑張りたい。
僕自身が苦労してきたように、これから研究室に入ってくる学部生もつらい思いをするかもしれない。出来るだけそういう後輩に手を差し伸べられる先輩でありたい。
愚痴っぽくなってしまったが、この辺で。
大学院はしんどいが、確実に力はつくので進学をお勧めする(理系は特に)。本当にきつければ、その時に中退すれば万事解決だ。
では。