合格はセーラー服通りで
忘れもしない中三の一月。
高校受験を控えクラスは慌ただしく、世話しなく落ち着きがなかった。
年末の紅白歌合戦では、Winkが初出場で淋しい熱帯魚を歌い、友達が家にきて振り付けなんかも一緒に踊って、年越しそばを食べて年が明けたら初詣へ。
中三の女子二人、親もよく何も言わなかったと思うけれど、寒空のした初詣に行った。
初詣に行くというより、初詣に来ている同級生とバッタリ会って新年の挨拶をするのが目的だったのだけど、誰とも会わなくてすぐ帰ってきてファミレスでコーンスープを飲んだ。それくらい寒かった。
彼女は一月に私立高校を受験しクラスの中では一番早かった。
当時は私立は早くて二月受験が主流だったと記憶している。
合格もいまのようにネットで確認するとか掲示板を見に行くとかではなく(私立の場合)
担任の教師から
「◯◯さん、合格してたよ~」と廊下で言い渡されるというアバウトな儀式であった。
一月終わりに合格がわかった彼女に、同じ女子グループ(八人)の私達は沸いた。
手作りのお守りをお裁縫が得意な子が作り、一番乗りの彼女に渡す。
それはリレー形式で、次の受験の子達へと繋いでいく。次は誰、次は、次は私!
教室の端っこで、箸が転んでもおかしい年頃の私達は毎日毎日、受験のことを忘れたいからのように、騒いで踊ってトークをしていた。好きな男子がどこを受けるとか、一緒の高校に受かりたい!とか。そんなどうでも良さそうで、どうでも良くない大事な話を、秘密のたまり場みたいにして教室の端を陣取っていた。
迷惑~
彼女が、先生から「合格!」
と告げられて、私達のもとに走って飛び込んできて、
「受かった➰」
と、手で大きく◯を作っている。
大興奮して、周りの事なんてお構い無し女子達は
「キャー」と手を繋いで輪になりクルクル回ってから
その時、大流行していたドラマ
セーラー服通り
の真似をして
「ラッキーチャチャチャウー!」と両手の親指を立ててばか騒ぎをしていた。(ご存じのかたもいるでしょうか)
そこへやって来ました。
担任の数学教師Y先生。(男性)
おっそろしい顔をしてツカツカやって来て
「まだこれからのヤツもいるんだぞ!騒ぐんじゃない!」
と一喝。
呆然とした思春期真っ盛りの私達は、
悪びれる様子もなく、Y先生が教室から出て行ったあとは
「なにあれー」
「別にいいじゃんねー」
「Y~キラーイ」
と
ほざいていた。今思うと先生の言う通りです!
なんだけど……
子供だったので、なにいってんの?
くらいに
思っていた。
そんなこんなで私立受験、公立受験が終わり
あっという間に卒業式の日を迎えた。
式の最中、君が代や校歌を歌ってボロボロ泣く友達。
私はといえば全く涙がでなくて困っていた。
困っていたといったら、うーん。
いや、困った。
斉藤由貴ちゃんの卒業ソング
その名も
卒業
でもダメ……。
全然涙は出なかった。
卒業式を終えてガヤガヤ教室に戻る私達。
そこで何をしていたのか全く覚えていない!
きっと、思春期中学生女子はまた教室の隅っこで、ゲラゲラ笑っていたように思う。
ツカツカツカ……。
担任のY先生が面白くなさそうな顔をして入ってきた。
本当にいつも面白くなさそうな顔をしていた。
数学の教師です!って感じの。
(個人的見解です)
「えーと、卒業おめでとう。君達に贈る言葉を考えていたんだけど。私からは男子に一つだけ、女子に一つだけ言葉を贈ります。」
と言ってサッと後ろを向いて黒板になにやら書き始めた。
男は仲間次第
女は男次第
「これからの人生に覚えておいてください。以上」
えーー?
まじでー??
クスクスクス
ぎゃははー
教室のあちこちから、男子と女子の声が混ざり重なって響いていた。
隣のクラスからは、泣き声が聞こえてくるというのに。
Y先生がとても言いそうにない贈る言葉だったからだ。
その言葉の意味を知るには子供過ぎたけれど、大人になるにつれてようやく意味がわかるようになってきたし、刺さっていた。
ド真面目な数学教師Y先生のセリフだったから
刺さってしまった。ともいえる。
オモロ先生からの言葉だったら、すぐ忘れてしまったかも。
卒業式の思い出といったらこれ!です。
それでは