見出し画像

やーさんと呼ばれた男

パパー。
机の引き出しから怖いのでてきたー。


幼い息子が半泣きになりながら叫んでいる。


パパと呼ばれた俺はスマホをテーブルに置き、息子のところへゆっくりと歩いていく。
ここ最近、色んな物を怖いと騒ぐ。
今日もきっと、何ともない物を怖がっているに違いない。
まぁそういう時期もあるよな〜。
よぉし。坊主頭をガシガシしてやるかな。


しかし、息子が見つけた物はたしかに恐ろしい物だった。
なぜこんな物が残っているのか。
俺の忘れたい過去。
ほとんど忘れかけていた忌まわしい過去。
かつて俺が「やーさん」と言われ塀の中で過ごした数年間の記憶が蘇る。


息子の震える手には古い免許証があった。
そこに映る無表情の男は、短髪で鋭い目つきで まさに「指名手配犯」と呼ぶに相応しい容貌だった。
息子が怖がるのも頷ける。
平和ボケした今の俺が見ても少し鳥肌が立つぐらいだ。


「やーさん」時代の俺の免許証。


パパー。
この怖いおじちゃんだーれ?


ハハハ。
このおじちゃんはね。
「やーさん」と呼ばれた伝説の男だよ。




そう あれは10年程前だったか。
俺は昔から粗暴が悪く、目に映る物全てにガンを飛ばすほど全員が敵に見えていた。

やさぐれていた俺の周りにはいつの間にか誰もいなくなっていて「やーさん」と呼ばれ始めるのにそう時間は掛からなかった。

俺の髪型や目つきが本職のソレと互角かソレ以上だったのだろう。
隣近所の人間からは敵意に似た視線をよく感じでいた。
でも勝手に周りから離れていくのは楽でよかった。
どうせ誰も俺の事なんて理解してくれないだろうから。
本当は心根の優しい俺のことなんて。


俺はそんなに気にしてはいなかったが「やーさん」化していく俺を世間は許してはくれなかった。


ある日、近所のスーパーでいつも通り魚肉ソーセージとウインナーとバナナを買い、外に出ようとしたときだ。


ちょっとお兄さん、レジを通していない商品がありますよね?と言いながら俺の肩を指で ちょんちょん としている。


俺は突然のことで狼狽した。

しかし何も疑われることはない俺はトートバックの中を見せた。
するとそこには身に覚えのないポークビッツが入っていた。
俺は一瞬固まった。


万引きGメンのおじさんはポークビッツをつまみ上げ、コレは一体どういうことかな?とドヤ顔をしている。


俺は急な展開についていけず

いや、これはあのその、俺のはそんなに小さくない!普段はフランクフルトぐらいあるんだよ!

と支離滅裂な事を口走ってしまった。


逃げようとした俺の腕を万引きGメンのおじさんはガッチリと掴んでいた。

事務所でじっくり話を聞きましょうか とイヤらしい笑みを顔面に貼り付けおじさんは言う。


俺は抵抗をやめた。

きっと俺を
俺の中のやーさんを疎ましく思った誰かに嵌められたんだろう。



その後のことはよく憶えていない。
あれよあれよと言う間に警察官が来て、勾留されてしまった。
もとより警察官は俺の話なんて聞くきはなかった。
反社会的組織の大規模犯罪の可能性があるとのことで「やーさん」顔の俺の言い分は全て無視された。

俺のポークビッツじゃないのに。

俺はすぐさま起訴され、いわゆる塀の中へぶち込まれる事になった。
顔が「やーさん」だとお役所仕事もこれだけスピーディになるんだな。

こんなことがまかり通っていいのか。
俺がなにかしたか?
少し顔が「やーさん」だから?
そんなバカな。
激しい憤りを抱えながら俺は塀の中へ放り込まれた。




おい893番!
ボーっとしていないで作業を再開しろ!

刑務官の厳しい声が轟く。

糊を ちょんちょん とつけるだけの単調な作業が続く。

塀の中で俺の感情はどんどん起伏をなくし、口数も少なくなった。

唯一の楽しみといえば夕食にでる刺身を醤油に ちょんちょん とすることぐらい。

ドス黒い気持ちが俺の中で成長しているのがわかる。
本物の「やーさん」になってやろうか。
寝る前にはそんな思いが胸を貫く。

でも俺は堪えた。

ここで「やーさん」になってしまっては俺の負けだ。
このドス黒い気持ちを別の何かに使うんだ。
塀から出たら何かクリエティブなことをしよう。
この「やーさん」顔を見せなくても済むように。


それから俺は模範囚となった。
ここで初めて「やーさん」顔が役に立った。
「やーさん」なのに模範囚というのは普段とは逆の効果をもたらした。
893番は顔は怖いが根はいいやつだ。
そんな事をチラホラと耳にするようになった。

まさかこんなところで本当の俺を見てくれる人がいるんなんて、なんと皮肉なんだ。


こうして数年間耐え忍び俺はシャバへ出た。


ありきたりな表現だが 空気がうまい と思ってしまった。


それから俺はがむしゃらにナンパをして、結婚しては別れ現在の妻と運命の出会いを果たす。
その後は子宝にも恵まれた。
もう誰も俺が元「やーさん」だということを知らない。


今じゃグランプリクリエイターとなり世の中へ笑顔を届ける活動をしている。

俺が世に送り出した言葉は数多い。

みんなよろこんで俺が送り出した言葉を使ってくれている。



パパー。
なにひとりでニヤニヤしてるのー?
この怖いおじちゃんにいじわるされたの?

息子は心配そうに俺をみている。


俺はひとりで過去の回想に浸っていたようだ。


その怖いおじちゃんはもういないんだよ。
優しいおじちゃんになったんだよ。


俺はそう言って息子の坊主頭をガシガシして抱きしめた。





※この物語はフィクション(ウソ)です。


↑息子が引き出しから発見した免許証の実物。

いいなと思ったら応援しよう!