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管理者の部屋
あんなことになるなら こんなバイトするんじゃなかった。
俺はいつもジリ貧でその日の生活もままならないホームレスだった。
いつも死んでもおかしなかった。
こんな世界なくなっちまえと淀んだ心で叫んでいた。
俺はホームレスだったが服装には気を配りいつもスーツ姿。
やせ細った頬に伸び放題の髭とは不釣り合いの装いだった。
そんな俺がいつもの日課である空き缶集めをしていると、ひとりの男が話し掛けてきた。
「やぁ君。ホームレスなのにスーツを着るとは…ユーモアのある魂をもっているようだね」
いきなりホームレスと言ってくるあたり まともな神経をしていないことはわかった。
俺は無視してやり過ごそうとしたが
「私のところでバイトをしないかい?住み込み日給3万円食事なしでどうだろう」
俺は怪しいと思う前に日給3万円の部分に惹かれてしまった。
何も質問することなく「やります」と言っていた。
そして男に連れられて5階建ての団地に連れてこられた。
「ここが今日から君の家であり職場だ」
そう言ってエレベーターに乗り込んだ。
団地の管理人?
そんな仕事をホームレスの俺に任せても大丈夫なのか?
そんなことを考えている内に4階に到着した。
エレベーターホールから長い廊下を歩き401号室の前に来た。
「ここが君の部屋であり事務所だ。角部屋で最高だろう」
たしかに角部屋だ。
横には非常階段がある。
「あのー、俺は団地の管理人ということですか?」
俺はおずおずと質問してみる。
「ん〜。まぁ管理人といえばそうかもしれないね。でもそんな名前はユーモアに欠ける」
「そうだな〜4階の管理者なんてのはどうかな。なんのひねりもないのが逆にユーモアがあっていい」
男は笑いながら言う。
「管理人なんてやったことないですけど、大丈夫ですかね…あ、いや頑張りますけど…務まるか心配で」
俺は目線を泳がせながら言う。
余計なことを言って、このおいしい仕事を断られたらどうしようという気持ちもあったけど、団地の不気味さが俺を躊躇させた。
この時に引き返しておくべきだったんだ。
俺はこんなことしたくはなかった。
「なぁに心配することはないさ。君は私の指示に従って行動すればいい。自分の意思はいらないよ」
「しばらく研修期間を設けるし 不安がる必要はなにもないさ」
男は軽い調子で言いながら玄関の扉を開けた。
事務所としての部屋、俺の寝泊まりする部屋、分厚いマットレスが3枚置いてあるだけの部屋、明らかに隣の402号室に食い込んでいるAIルームと呼ばれる部屋を案内された。
どの部屋も必要最低限といった感じの調度品で なんの個性も感じられなかった。
「さて、部屋の紹介はこれぐらいにして。君には各部屋の資料を熟読してもらおうかな」
事務所にある402号室〜405号室と書かれたファイルがあり、それを渡される。
「君にはこのファイルに書かれていることを管理をしてもらうよ」
「練習が必要なこともある。その練習する期間を研修期間とするから、もしうまくこなせないようなら…今回の話はなかったってことでよろしくね」
男はさらっととんでもないことを言った。
「わ、わかりました。頑張ります」
俺はこんなおいしい話がなかったことになるなんて…と焦ってつい 頑張りますと返事をしてしまった。
ファイルを見たらもう後戻りなんてできないのに。
そして事務的な説明をした後「ユーモアを忘れずにね」と言い出ていってしまった。
俺は恐る恐るファイルを開いていく。
意味がわからなかった。
402号室「記憶喪失の男」
403号室「ネジの部屋」
404号室「ロケットマン」
405号室「授かり部屋」
と表題がありそれぞれのやるべき事が分かりやすく書かれていた。
俺はわけもわからないまま読み進め、今やるべき事を把握した。
AIルームではカメラやマイクの操作方法やプロテインバーや牛乳等の発注方法。
AIの話し方の練習。
ロケットマンの練習としてマットレスに頭から飛び込む。
気をつけの姿勢で飛び込むのは意外と難しい。
等など 俺は真面目に取り組んだ。
意味はわからないまま。
そして男から正式な採用をもった俺は「4階の管理者」となった。
男は「団地の管理人」だと名乗った。
そういえば何者なのか知らずに話を聞いていた俺の世間知らずには驚かされた。
この時に4階全ての部屋の鍵を渡された。
今は404号室以外は空室だ。
俺が「4階の管理者」となった翌日には402号室に男が入ってきた。
俺はファイルの指示に従い、男の世話をした。
次に403号室にも男が入ってきた。
男の留守を狙いリビングにネジを置いた。
しばらくして405号室には若い女が入ってきた。
入居する直前に和室の畳を1枚張り替えておいた。
後は全てのタイミングが合う時を待つだけだった。
仕事内容は謎たったが これで雨風が防げて給料ももらえるんだから最高だった。
禁止事項は「住民と顔を合わせるな」「目的を知ろうとするな」のふたつだけ。
お金の為なら目的なんてどうでもいい、とその時は思った。
この禁止事項を破ると まさかあんな事になるなんて知らなかったんだ。
俺も一連の不思議の連鎖の一部であり被害者なんだ…。