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授かり部屋
「都市伝説を信じるなんて私もいよいよ終わりね」
私は手作りの祭壇の前でぽつりと言う。
「授かり部屋…か」
「ほんとうだったらいいな…」
私は祈りを捧げ始めた。
この部屋のことを知ったのはnoteというSNSの記事だった。
子どもが欲しい私は SNSにアップされる育児関係の記事を読み漁って寂しさを紛らわせていた。
いや、自分には無いものを享受している人たちに嫉妬し呪っていただけかもしれない。
いいなぁ。
私も赤ちゃんを抱っこしたい。
それはたしかに希望のはずなのに ドロドロとした感情を孕んでいた。
日々更新されるnoteの記事をスクロールしていると「都市伝説 授かり部屋」というタイトルに目が吸い寄せられた。
私はすぐにスマホをタップして記事をひらく。
その記事は物語風に都市伝説が語られていた。
最後の一文には「こうして私は子どもを授かりました」とあった。
なぜかフィクションとして無視できなかった。
この都市伝説の主人公と私が同じ境遇だったからかもしれない。
男は死ぬほど嫌い。
結婚もしたくない。
でも子どもはどうしようもなく欲しい。
私と同じだ。
私は「都市伝説 授かり部屋」を書いたクリエイターにDMを送った。
これは本当の話なのか、何か特別な条件はあるのか等 箇条書きで送った。
今思えば相手は困惑したかな。
怖いよね。
でもすぐに返信が来た。
文章は何もなく この団地の位置情報が添付されていた。
私はピンときた。
この団地に授かり部屋があると。
すぐ管理会社に連絡をいれた。
空き部屋は数部屋あった。
何か曰く付きの部屋はあるのか と聞いてみたら苦笑いを浮かべるだけで教えてはくれなかった。
いわゆる心理的瑕疵物件ではないのかもしれない。
私は選べる中で一番家賃の安い4階の一室を借りた。
団地というのは案外広い。
ひとり暮しには十分過ぎた。
でも家族が増えると考えると これぐらいは必要なように思えた。
私は「授かり部屋」の痕跡を探す。
記事の中では「祭壇を作り祈りをささげる」とあった。
具体的なやり方については書かれていなかった。
恐らく祭壇や祈りは重要ではない。
重要なのはきっと「場所」なのだ。
そして私はその「場所」を見つけた。
薄暗い四畳半の和室。
畳が1枚だけ真新しい。
きっとここに祭壇があったに違いない。
取り替えなければいけない 何か があったんだ。
場所は決まった。
次は祭壇。
記事には詳しい記述がないので ローテーブルに白いシーツを掛けた質素な祭壇を作った。
そこに授かった赤ちゃんの為のグッズを無数に並べた。
どれも「まだ見ぬ私の赤ちゃん」と使う光景を思い浮かべて選んだ想いのこもった品々だ。
祭壇はひとまずこれでいいだろう。
次は祈りだ。
これも記事には詳細は書かれていない。
決まったセリフはないのかもしれない。
この部屋の磁場のようなものへ干渉するように強く念じればいいのだろうか。
それとも天に向って祈ればいいのだろうか。
これは色々と試す必要があるかもしれない。
でも私の赤ちゃんの為の努力は惜しまない。
それが親のつとめだから。
準備は整った。
夜もふけようかという時間だ。
こんなにも必死になっている元が 都市伝説であることを思い出し ひとり苦笑する。
そして私は祈り、願いは叶えられた。
私は祭壇の前で膝立ちになり、両手を組み目を瞑った。
そして「私に子どもを授けてください」と声に出して何度も何度も繰り返した。
どれくらい祈っていたのだろう。
私はいつの間にか気を失っていた。
締め切ったカーテンからは朝の陽射しがさしこんでいる。
変な姿勢で寝ていたので身体が痛い。
ふと祭壇を見ると赤ちゃんが寝ている。
私は「えっ」と短く驚くがすぐに近寄り確認する。
胸が上下してる。
息をしている。
人形じゃない。
生きた赤ちゃん。
わたしの赤ちゃん。
私はいきなりの儀式成功で、赤ちゃんをどう扱ってよいのか困惑した。
見た感じ産まれたばかりの新生児という感じではない。
1歳にはなっていそうだ。
私が祈る時に詳しくどんな赤ちゃんが欲しいのか祈らなかったからかもしれない。
でもそんなことはどうでもいい。
だってこの赤ちゃんは私の赤ちゃんなんだもの。
律儀に服やオムツも着用している。
恐らくどこか別の次元からひっぱってきているのかもしれない。
だから場所が大事だったのね。
きっと別の世界の私の子なのよ。
だって なんだか口元が私に似ているもの。
名前は何にしようかしら。
あー楽しみ。
やっと私の人生にも彩りが
と言いかけた時、赤ちゃんが泣き出した。
私はネットで収集した知識を総動員して赤ちゃんをあやした。
でも泣き止まない。
どうして。
私の愛情が足らないから?
赤ちゃんが私を拒絶してる…?
そんなネガティブな感情に支配されそうになった時、祭壇にあったオムツが目に留まる。
そうか。
オムツを替えて欲しいのね。
新米ママはダメね。
今すぐに替えてあげるからね。
私はぎこちない手つきでオムツを外す。
私は戦慄した。
なぜこの可能性に思いが至らなかったのだろう。
こういうことは想定できたはずなのに。
どうして…
どうしてついてるのよ。
私は授かりの儀式をやり直すことにした。
次はちゃんと「女の新生児」と祈ることにしよう。
だからこの赤ちゃんはもういらない。
でもこの部屋で処分するのは後々の儀式に影響がでるかもしれない。
私は赤ちゃんにオムツと服を着せ、外にでた。
こんな部屋のある団地ならこの赤ちゃんをもらってくれる変わった人が必ずいるはず。
最悪はどこかの玄関先に置いていくしかない。
理想の赤ちゃんを授かるまでもう少しの辛抱よ私。