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してもいい?

「ねぇ怖い話をしてもいい?」

彼女は突然そう言い出した。

珍しいね、いつも俺が話し掛けてもそっけないのに。

俺は嬉しさを隠しつつ 少し大袈裟に返答する。


「本当にあった話なの」


なるほど、勝手に幽霊話かと思ったけど こりゃ別の話だな。
ストーカー被害に遭ったとかかな。
俺は相槌を間違わないように 何があったの? と優しく聞いた。


「私 死んじゃったみたいなの」


幽霊話だったか。
しかも自分が死んだ系だ。
こういうのを実話怪談って言うんだっけな。
喋ってくれたと思ったら変な話だな。

でも、君はここにいるじゃないか。


「そうよ。未練があるんだもの」


これは話に乗っかるべきか、冗談はよしてくれ と笑い飛ばすべきか。
どちらが正解だろうか。
彼女の機嫌は損ねたくない。
せっかく話し掛けてくれたのだから ここは乗っかっておくかな。

どうして死んじゃったって思うの?

俺は当たり障りの無い返答をする。


「死んだ人って自分が死んでいることに気が付かないって言うでしょ?あれはウソね。私すぐにわかっちゃったもの」


確かにそんな話を聞いたことがある。
自殺をした人間は同じ場所で自殺を繰り返すとか。

それじゃ答えになってないよ。

僕は優しく諭す。


「幽霊にならないと見えない景色があるのよ。今私にはそれがハッキリと見えているの。忌々しいぐらいに」


どうも回りくどい言い方をしているな。
どうして女性は端的に物事を話すことが出来ないんだろうか。

俺の思考は早くも別の場所へと向かい初めている。

で、どうして死んだと思うの?

結論を促す。


「あなたの姿がハッキリと見えるし、声もクリアに聞こえるもの」


この子は何を言っているんだ。
何かドラッグでもやっているんだろうか。


「ねぇあなたはどうしてこの部屋にいるの?」
「どうして私につきまとうの?」
「私なにかした?」


怒気を孕んだ声で彼女はまくし立てる。
その変貌ぶりに俺は驚き、押し黙ってしまった。


「あなたが毎晩この部屋に出るから私寝不足で」
「いつもいつもこの部屋に現れて好き勝手に喋っていく」
「とても寝られない」
「だから駅のホームでふらついて」



「はねられた」
「はねられた」
「はねられた」
「はねられた」



「いたいよ」
「いたいよ」
「いたいよ」
「いたいよ」


「死んじゃった」
「死んじゃった」
「死んじゃった」
「死んじゃった」


ちょっとタンマタンマ。
もう十分怖かったからこれぐらいで許してよ。
駅でこけて痛かったって話?
傷見せてみ。


「ねぇあなた誰なの」
「どうして私の部屋にいるの」
「あなたはとっくに死んでいるのよ」


ちょっとやばいな。
こういう時ってどうすればいいんだろう。
警察は違うし、救急車でもないし。
誰に助けを求めればいんだろう。

俺は途方に暮れた。


「あなたへの恨みで私は幽霊になったみたい」
「だからあなたに復讐しないと成仏できないわ」
「ね、だからもう一度死んでちょうだい」


そう言うか早いか彼女の手が俺の首に伸びてきた。


「触れられる触れられる触れられる」
「やったやったやった」
「ねぇ私のことが好きだったんでしょ?」
「なら素直に死んでちょうだい」

俺は必死に抵抗した。

もつれ合うふたりは壁や床に激突しながらも離れない。


「喝ッ!!!」


部屋中に大声が轟く。

そこには坊さんが立っていた。

「大家さん、こりゃ誰も住み着かんて。これだけ幽霊同士が喧嘩してちゃ喧しくてかなわんぞ」

俺と彼女は動けないでいた。

「おいおまえたち。大人しく成仏しなさい」

坊さんは念仏を唱え始めた。


なにこの状況。
俺が死んでるって?
成仏したらどうなるんだろう。
あの世はどんなところだろう。


「なにか言い残したことないか?」

念仏を唱え終わった坊さんが言う。


この女性とあの世でも一緒にいれますか?

俺はなんとなく言ってみた。


「ふむ、冥婚めいこんか。まぁ良いだろう」


坊さんはさっきとは違う念仏を唱え始めた。


彼女は坊さんの念仏で気を失っている。
あの世で目が覚めた彼女に言ってやろう。



なぁ怖い話をしてもいい?


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