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幸せの願い
どうしよう。
ついに殺しちゃった。
人って案外あっさり死ぬものなのね。
彼のあの表情…忘れられない。
私は家の風呂場で彼とふたりきり。
彼は動かない。
私はぬらぬらした血を全身に浴びている。
包丁の柄にも血がついてヌルヌルすべる。
死体をどうしようか。
バラバラにしてトイレに流そうか。
それとも食べちゃおうか。
普通にゴミとして出すのもありかな。
取り敢えず血を洗い流さいと。
私はお湯の赤いカランを回そうとした。
回らない。
血で滑って回らない。
彼があのたくましい筋肉がきつく締めたのね。
ほんといい筋肉だったわ。
3回カランを回し損ねた時、シャワーヘッドから水蒸気の様なものが出始めた。
それは瞬く間に人の形になった。
「やっほー。僕はお風呂の精だよ。君の願いを3つまで叶えてあげる」
私は理解が追いつかず、取り敢えず包丁で刺してみた。
刺さらない。
なんなのこいつ。
私はぼそりとつぶやく。
「だーかーらー、お風呂の精だって。さぁはやくお願いを3つしてね」
シャワーヘッドから生えたこの水蒸気の化け物は、人を殺した私の良心がみせる幻覚だろうか。
私はぼーっとその化け物を見つめる。
絵本でみたことがあるようなないような姿をしている。
「いやぁ久しぶりの登場だけど、こんなにも血なまぐさい現場は初めてだよ」
自称お風呂の精はケタケタと笑っている。
まぁ幻覚でもなんでもいいわ。
その3つの願いってのは制限はないの?
私は何気なく聞いてみた。
「ひと昔前ならその質問で 1つ目の願いは叶えたぞ〜って言われてるぞ」
ケタケタ笑うお風呂の精を私は黙って睨み続きを促す。
「んーだいたいのことは叶えられると思うけど、叶えられる願いを増やす とか僕と友達になる ってのはNGかな?後は僕に魔法を掛けようとするのもダメだね」
ふーん。
じゃ複合的な願いをひとつにまとめてお願いしたらどうなるの?
私は血みどろのまま質問を重ねる。
「なるほどなるほど。例えば殺人をしても良い法律に変えて とお願いするみたいな事だね?今の君の状況をひとつの願いで解決できちゃうってわけ。まぁ有りだと思うよ」
そんなお願いをするつもりはまったくなかったけど良いことを聞いたわ。
つまりお願いの仕方によっちゃオプションをつけられるということね。
私はフフフと笑う。
「お?願い事が決まったかな?」
「最近はお風呂場にカランが減ったから僕も暇でさぁ〜久々だから張り切っちゃうよ」
「大昔はランプに入っていたんだけど、最近誰も使わないからお風呂に引っ越したのよ」
お風呂の精は聞いてもいないことを饒舌にまくし立てる。
まずは絶対に使い切れないほどのお金をちょうだい
私は淡々と告げる。
「おやおやおや〜?こんな状況でお金なんてあってもしょうがないだろうに〜。じゃ銀行口座を教えてね〜」
次は人里離れた山奥に何不自由なく暮らせる豪邸を作ってちょうだい。
「なるほどそこに逃げ込もうって魂胆だね〜?しかも何不自由なくってところが憎いね〜。じゃー電気、水道、ガスを通してネット環境もバッチリの何不自由ない家を準備しておくよ」
最後に、彼を不老不死にしてちょうだい。
「アハハハ!君って面白いね〜。なるほどなるほど。この人死んじゃってるけど、不老不死にするってことは生き返るんだろうね。しかも死なないオプション付き。君ほど僕を上手に使う人も珍しいよ」
はやく全部やってちょうだい。
私は内心ドキドキしながら急かす。
「おっけ〜。もう全部終わったよ〜。僕は帰るね〜」
終始軽い調子のお風呂の精はシャワーヘッドの中へ消えていった。
「うぅん…あれ俺はなんでこんなところに…」
おはよう。
私は優しく彼に話しかけた。
血みどろの私を見て絶句する彼。
あぁたまらない。
これからは無限にこの表現を見ることができるのね。
幸せ。