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変わらぬ日常
さて、今日もnoteに記事投稿したし フォロワーの記事を読んで回ろうかな。
もうすぐ今年も終わりだ。
また ひきこもりの実績が1年積み上がる。
もう何年ひきこもっているのか なるべく考えないようにしている。
でも何にも困らない。
インターネットで様々な情報にアクセスできるし。
フォロワーさんとの交流でさみしくもない。
みんなが書く記事を読む時間は最高だ。
母ちゃんは元気だし…
そういえば今日の昼食遅いな。
買い物にでも言っているんだろうか。
でも 最近の僕は、小さな事に文句をいうタイプの困った引きこもりじゃない。
黙って待とう。
あれ。
みんなの投稿が今日の9時以降ひとつもない。
いつも11時に投稿している人も今日は投稿していない。
サーバーのエラーかな。
僕は急にさみしさを覚えた。
おかしい。
インターネットにも繋がらない。
なにもできない。
なにもすることがない。
おーい。
母ちゃんからの返事はない。
僕は思案した後、重い腰をあげた。
この扉を開けるのも久しぶりだな。
廊下にでると家の中はシンと静まりかえっている。
おーい。
僕はもう一度呼んでみる。
やはり誰も答えない。
階段を降りて台所へいく。
食事の準備はない。
作った形跡すらない。
久しぶりに冷蔵庫を開ける。
なんだか他所の家の冷蔵庫を開けるような感覚だ。
牛乳がポツンと入れてあるのを見つけ、とりあえずコップにそそいで飲む。
ぬるい。
冷蔵庫のコンセントは抜けていた。
家の様子がどこかおかしいような気がする。
もしかして母ちゃん家のどこかで倒れてるんじゃ?
そんなイメージが脳裏をよぎる。
他にやることもないので僕は家の中を探すことにした。
色んなドアを開けるが いない。
こんなに動いたのは久しぶりだ。
外に探しに行く気にはなれない。
自室に戻ろうかと思った時、空気の流れを感じた。
おや。
どこかの窓が開いているのだろうか。
僕は空気の流れに集中し、改めて家の中を練り歩く。
お、この部屋だな。
そこは母ちゃんの寝室だった。
窓は閉まっている。
しかしこの部屋 なんだか冷蔵庫の駆動音みたいな音がする。
どうやらその音はクローゼットの中から聞こえるようだ。
母ちゃんのクローゼットなんて開けたことないな。
女性のクローゼットを勝手に開けるなんて…とも思うが家族だし、中で母ちゃんが倒れている可能性もある。
そう自分に言い聞かせクローゼットを開ける。
空っぽだ。
服は一着も掛かっていない。
キャビネットの様な箱もない。
あるのは扉だけ。
なんだ?
クローゼットの中に扉がある。
木造建築に似つかわしくないアルミの扉。
鍵はついていないらしい。
おーい。
僕は控えめに呼んでみる。
返事はない。
空気の流れと謎の駆動音。
この中だけ時間が動いているような錯覚に陥る。
開けてみるか。
僕は勇気を振り絞り、扉のノブを持つ。
なんの抵抗もなく扉は奥に開いた。
そこに母ちゃんはいなかった。
なんだこれ…。
簡素な部屋にはデスクトップPCとファイルが整然と並ぶ棚とホワイトボードがあるだけだった。
ファイルの背表紙には「アカウント管理簿」「ひきこもり支援」「発注先一覧」などが見てとれた。
ホワイトボードには色々なメモが付箋で貼られている。
その中に今日の日付の入ったメモを見つけた。
「午前中メンテナンスあり」
僕は何がなんだかわからないまま「アカウント管理簿」と書かれたファイルを手に取る。
これnoteのアカウントだ。
ファイルには何百という数の氏名とログインパスワードが保存されていた。
これ全部僕のフォロワーさんだ。
毎日見ているフォロワーを見間違えるわけはない。
でも どうしてそんなものがこんなところに。
僕は増々 状況が飲み込めない。
次に「ひきこもり支援」のファイルを手に取る。
こんなファイルがあるということはやっぱりここは母ちゃんが使っていたのか?
ファイルを開きパラパラと紙をめくる。
「重度のひきこもりにお困りのご家庭の支援について」
「全自動ロボットママが全て引き受けます」
「月額40万円から」
「環境に優しい牛乳エネルギーでクリーンな支援を」
「いらない引きこもりからご家族を守ります」
そんな活字が目に飛び込んでくる。
僕はうまく考えることが出来ないが、なぜ冷蔵庫にぬるい牛乳があるのかだけ唐突に理解した。
僕はいらない引きこもりだったの?
ドサッとデスクチェアに座る。
その反動でスリープされていたモニターが点灯した。
そこには 僕の記事にコメントを打っている途中の画面があった。
いつも交流している人だ。
ここから発信していたのか…?
このファイルのアカウント全部?
僕は誰とも繋がっていなかったのか。
社会とも家族とも。
僕はファイルなどを全て元に戻し、自室へ戻った。
そして愛用のノートPCの前に座る。
noteは復旧していた。
さっき僕が下のPCで再開させたから当然だ。
コメントも来てる。
僕が送ったやつ。
アハハハハハハ。
しばらくすると母ちゃんが昼食をもってきた。
「ごめんねぇちょっと用事があって遅くなっちゃった。扉の前に置いておくわね」
いつも通り返事を返さなくても母ちゃんは去っていく。
いつもの温かい食事だ。
いつも通り美味しい。
変わらぬ日常。
でもこんな優雅な生活はそう長くは続かない。
月額40万円なんていつまでも払える額じゃない。
それまではひきこもりを満喫させてもらおう。
どっちにしたって僕はひとりなんだから。
そうだ。
今日のことをショートショートとして書いてやろう。
これをみて奴らはどう反応するだろうか。