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私は ロミオ (短編小説)
中学最後の年、受験シーズンまで
あと半年となった、9月のホームルーム。
担任の谷先生が、突然提案した。
「みんな、11月のホームルームで、クラス会を何かやらない?」
「はあ?」
「もう2学期で、受験勉強が追い込みだよ」
「先生、ホームルームの時間は自習時間にしてよ」 と、次々に クラスのみんなは声を上げた。
谷先生は 「6月に修学旅行も行って、10月は
体育祭があるけど、それは中学3年の学年全体や、学校の生徒みんな参加の行事でしょう。 だから、このクラスだけの何か、
思い出ができれば良いなあと思ったの。」
「マジで、俺ら忙しいんだけど。」
「そうだよ、学校以外の模試もあるし、塾もあるしさ」
谷先生は、あきらめない。
「だから、11月までの週1回のホームルームの時間で、何かクラス会の出し物を考えて
。 クラスが40人だから、出席番号順に、男子5人と女子5人がひとつのグループで、
4つの班で、それぞれ計画してね。」
「メンバーは、交代してもいいから、
とにかく10人が一組で、なにやってもいいよ。グループで、好きな歌を歌っても、
コントや寸劇、何か、簡単な研究発表とかでも。今から、11月の最後のホームルームまで、8回あるから、その時間を使ってね。」
「じゃあ、今日のホームルームは終わり。
みんな、気をつけて帰ってね。」
谷先生は、中年を過ぎていて、社会科の先生で、授業は分かりやすい。
いつも、教科書とは別に、自分で作成した、
プリントで、ポイントを分かりやすく教えてくれる。男子にも、女子にもフラットで、
えこひいきしたりしない。
だから、私のクラスは、比較的まとまっていた。 クラス内で、いじめもない。(と思う)
しかし、中学3年生の2学期といえば、
私立高校は、専願で早くに結果が出る頃で、
公立高校の一般入試を受ける生徒は、
もはや受験勉強の追い込みの時期である。
実は、知らず知らず クラスの雰囲気も、
冷たい、サツバツ?とした感じになりかけていた。 夏休み前は、笑い声が多かったのに。
次のホームルームで、4つの班に分かれて、
それぞれの出し物のアイデアを出すことになった。
「うちは どうする?」
「マジで、ウザいわ」と、口のわるい、
バスケ部の新井くんが言う。
「いいじゃん。15分くらいの短い出し物でいいんだからさ。」
「中学最後の、思い出作り。適当に、
楽しもうよ。」と、クラス委員の
佐藤くんは新井に、諭す。
「みんなで、流行りの歌を練習して、
披露するのもいいけど、何か寸劇かコントにしない?」
「はあ?コント、何だよ、それ」
「今さ、お笑い番組で、また、マジメなコントやってるじゃん。演劇仕立ての」
「短くて、済むし。マジメな台詞が笑えるって、最高じゃん」
「だれが、台本書くんだよ」と、新井くんはまた口を出す。
「僕、書いてもいいよ」と、クラス委員の佐藤くんの隣にいた、松田くんが手を上げる。
「僕、お笑い番組好きで、すごく見てるし、
実は、ネタ帳も作ってるんだ」
「ほんとに、できんの?松田くん」と、
クラスのおかん的存在の、ナミが聞く。
「ま、やってみるよ」
「これで良い?かな。みんな」と、クラス委員の佐藤くんは、グループみんなの顔を見る。 みんなは、「オッケー」
「まあ、いいじゃん」と言って、頷いた。
後日、松田くんが書いてきたのが、
「ロミオとジュリエッタ」だ。(ジュリエットを少し変えた) あらすじは、
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を下敷きにした、ショートコントのお話である。簡単に説明すると、最初に両想いで恋人同士だった、二人が、恋の相談をしていた、
教会の修道僧さまに、ジュリエッタが恋をしてしまい、ロミオは振られてしまい、
1人旅にでて、「ああ、ジュリエッタ!」と
砂漠で叫んでいるラストで終わる。
「ロミオがかわいそうだよ」と、ナミ。
「だって、ロミオは実は、短気で頼りないしさ」と、松田くん。
「男から見ると、カッコ悪いんだよね」
ロミオは、純粋で一途で、いいやつだと私は思うが、確かにシェイクスピアの原作でも、早とちりして、ジュリエットの後を追って、自害する。
「ロミオの最後の台詞で、笑わせようとおもうんだけど、どんな言葉がいいか、
みんなの意見を聞こうと思って。」と、松田くん。
「なんで、あんな陰気なやつがいいんだよ!」(修道僧は、質素)
「俺より、おじさんじゃないか~!」
(実は、5才上くらいの年齢差の設定)
「俺の方が、運動神経がいい!」
(修道僧さまは、実は文武両道)
「俺は、初めて会った時から、ジュリエッタひとすじなのに、あいつは、誰にでも優しいじゃないか!」(修道僧さまは、みんなの相談にのる)
「ジュリエッタはお嬢様だから、落ち着いて優しい、懐の深い、修道僧さまに惹かれてしまったんだね」と、クラス委員の佐藤くんは、しみじみと言った。
「ジュリエッタみたいな、浮気おんな、俺はごめんだね。」と、新井はつぶやく。
[1人ぼっちのロミオがひたすら、砂漠で叫んでたら、通りすがりの駱駝を連れた、アラビア人に会い、駱駝に顔をなめられ、「ギャあ❗️」とロミオは叫ぶと、アラビア人から、
「この駱駝は、貴方に恋したみたいです」
「だって、この駱駝は女の子ですから」と、
いわれる みたいな、ラストはどうかなあ?]
と私は、初めて発言した。
実は、私も松田くんと同じで、お笑い好きでよく、番組を見ていた。
しかし、いわゆる喋るだけで、[いじり]みたいなお笑いは、好きではない。
ちゃんと台本があり、みんなが大まじめに演じながら、笑えるコントが好きだ。
「それ、すごくいいと思う❗️」と、松田くん。「うん、いいんじゃないかな」と、
クラス委員の佐藤くんも賛成した。
「そういや、お笑い好きだったね」と、ナミ。
新井くんが「おまえも、たまにはまともなこと言うな」と悪態をつきながら、ほめた。
他のグループのみんなも、顔を見合わせて、頷く。「よし、決まり。ロミオは、砂漠で駱駝に顔をなめられて、泣き笑いのシーンでラスト!」と、松田くんがまとめた。
次のホームルームの時間は、配役をどうするか?の話になった。ここで、とんでもないことになった。なんと、主役2人が女子!になったのである。グループの中に、中学生にしては、大人びた雰囲気で、美人?タイプの、ゆりがいた。ジュリエッタは、すぐにゆりに決まった。じゃあ、ロミオは男子が、と思いきや、グループ全員の男子が「こんなカッコ悪いロミオは、やりたくない」と断った。
じゃあ、どうするか?その時に、おかんのナミが言った。「クラスで一番、女子で背が高いし、髪もショートだし、スポーツしてるし、ゆりと仲良いし、カンちゃんがやったらどうかなあ」と。(私とナミは、バレー部だった)「はあ?なんで、わたしなの?」と、私は、すぐに反対した。私の本名は、[かりん]だから、カンちゃんとか、カンと呼ばれてる。(なぜか、りを抜かす)
しかし、誰かがロミオをやらなければならない。わたしも松田くんの台本は、とても面白いと、思っていた。
そして、ゆりの「カンちゃんがロミオをやるなら、私もジュリエッタをやる」との一言が、だめ押しとなった。
「わかった。ロミオをやる。ゆりが相手役なら、私も文句はない。」
「決まり! あとは、修道僧さまか。やっぱり、これはクラス委員の佐藤くんだね。
イメージにぴったりだよ。」と、松田くん。
「中学最後の思い出のために、引き受けるよ。出番も少ないし。意外と。」と、佐藤くん。 「途中で、ロミオと1対1でケンカする、ティーボルトは、新井くんでいいよね。」と松田くんが、新井くんに話しかける。「おう、かんとケンカするのか、上等だ。やってやろうじゃねえか」
(新井くんは、ゆりに片思いしていると言う、噂がある)
グループの、他のメンバーは、小道具などの裏方担当になった。
かくして私は、ゆりと恋人同士を演じることになった。
なんでやねん、とこころの中で自分に突っ込みを入れて、私にロミオを推薦した、ナミを一時、呪った。(マジではないけど)
それから、11月のクラス会まで、それぞれのグループが、いろんな出し物をホームルームの時間に、自由に練習することになった。
9月から、8回あったけど、実質は4回くらいしか練習や準備ができなかった。
やはり、私たちは受験生だ。
三年生は、定期テストの他に、実力テストもあり、授業によっては、小テストもある。
さらに、大手学習塾主宰の模擬試験を受ける生徒も多い。だから、受験勉強が最優先だ。
私たちの中学は、地区の中では、進学校だった。しかし、先生たちはなぜか、学校行事も大切にしていて、「よく学びよく遊べ」の方針だったように思う。
来週は、いよいよクラス会だ。
なので、その前週の、ホームルームの今日は、「ロミオとジュリエッタ」の最終打合せとなった。(能の世界では、申し合わせと云うらしい)
最後に出てくる、アラビア人は、おかんのナミになり、ラクダ役は、また誰も希望者がなく、仕方なく、脚本兼演出の松田くんが
「僕が、責任取るよ」と言って、決まった。
各グループの持ち時間は、15分なので、
(60分の授業時間内に終わるため)、
衣装や、小道具もお金をかけず、簡単なものにした。 ゆりのジュリエッタは、無地のジャケットとスカートのいつもの制服姿。可愛く見えるように、いつもは、無地のゴムで髪を止めているのに、ピンクのサテンのリボンをつける。 私の、ロミオは、上は制服のジャケット、下のズボン(パンツ)は、男子から借りるのは抵抗があり、家から、自分のデニムを持ってきた。お気に入りの、シンプルなブルーのデニムだ。男子っぽく、シャツの第2ボタンまで、外してみた。
ナミに、「いいよ~かんちゃん、イケメンに見える。少しだけ」
「ありがとう。がんばるよ」(イケメンという、響きはなぜかうれしい)
修道僧さまの佐藤くんは、いつもどおりの、
ピシッとした制服姿で、片手に聖書を持つ。
ティーボルトの新井くんは、ジャケットを脱いで、第3ボタンまで外し、ただの不良少年?みたいになった。
アラビア人役のナミは、班の女子が家から持ってきた、お母さんの無地の薄いベージュの、大判ストールを頭から肩に巻き、イスラム人の女性風にした。
最後が、ラクダ役の松田くん。試行錯誤して、悩んだ末、なんと❗️お父さんの茶色の、
ラクダ色のシャツ(下着)を、制服のシャツの上に着て、頭には、大学で演劇サークルに入っているらしい、お兄さんから借りた、茶色の犬の被りものをした。(ラクダの代わりに)
役の衣装を着て見せたら、松田くんは、グループのみんなに爆笑された。他のクラスメートには、見えないように、教室のすみっこで、こそこそして、準備した。台詞合わせは、実は、2、3回昼休みに、自主的にやったりした。新井くんは、
「俺は昼休みは弁当食って、昼寝すんだよ」と言って、参加しなかった。
だから新井くんの台詞は、一言だけ。
「ロミオ、おまえを叩きのめしてやる!」だ。
私は、ゆり(ジュリエッタ)に愛の告白をするシーンを何回も練習することになった。
「ジュリエッタ、窓辺に出てきてくれ」
「ジュリエッタ、ああ、なんて君は美しいんだ!」「今夜の月よりも、どんな輝く星よりも、君は美しい❗️」
「ジュリエッタ、愛してるよ。君のそばにいたいんだ」
歯が浮くのを通り越す、台詞の数々である。
ゆりのジュリエッタは、
「ああ、なぜあなたは、ロミオなの」
「あなたと出会って、私の胸はいっぱいよ」
「私も、あなたを愛してるわ」
「ロミオ、いつも、いつまでもわたしのそばにいて」 女子でも、やはり恥ずかしい台詞だ。こんな台詞をよく松田くんは書いたと、驚きを通り越して、尊敬に値する。
11月のクラス会で、クラスメートと谷先生に「ロミオとジュリエッタ」の御披露目となった。あとで、わかったことだが、私たちの班が、一番手の込んだ出し物をした。
他の班は、流行っている歌をただ、歌ったり、班の一部のメンバーだけ、好きなものを発表したり(宇宙や、料理など)で、なにより、班の全員で参加したのは、私の班だけだった。
4番目にやったコント(寸劇)「ロミオとジュリエッタ」は、クラスの大爆笑を浴びた。
ロミオがふられて、砂漠で、泣き言と文句を叫ぶシーンは、特に受けた。
ラクダ姿(犬にしか見えないが)の松田くんは、さすがに、ホントに私の顔をなめられないので、ナミが「ピアノなんかのほこりとり(羽根つき)を手にもって、それでかんちゃんの顔をなでたら?」と提案した。
ラストに私は、アドリブで叫んだ。
「ジュリエッタより、可愛い子を見つけてやる❗️ラクダじゃなくて~」
あれから、どれだけの時が過ぎただろう。
先日、ゆりからハガキが届いた。
[おハガキ、ありがとう。
私は、元気にしています。
よる年波には、勝てないけど。
またいつか、会える日を楽しみにしています。 なんちゃって、ジュリエッタより。]
(了)
10年ぶりに、お話を書いてみました。
読んで頂ければ、幸いです。