【医療コラム】 地方医科大学生、研修医そして医師の中古車遍歴
■実は車にこだわりを持っている私
私の密かなオシャレ術は「車」です。見えていると言えば見えていますが、自慢しているわけではないので「見えないオシャレ」でしょう。
私の初めての車は20歳のとき、今から30年前に医学部の先輩から3万円で譲り受けた10年落ちのトヨタのMR2でした。車検スレスレの改造をされたスポーツカーは車高が低く、トラックが横に並ぶと怖さを覚えました。というのは、すでにボロボロで異音を放っていたからです。助手席に初めて乗った友人を大抵、「ヒー」と最初声を上げていました。
しかし、ミッドシップで2シーター。ルーフが一部外せるトンがった車は、今でも忘れることはありません。学生だからお金もないので、休みの日は1日かけて掃除したり、洗車したりしていました。まさに恋人のように一緒にいました。医師の先輩に誘われて、食事に行くときも乗っていました。ですが地方の私立医大の裕福な子が多い学校では、医師も医学生がそんな車に乗ることなどなかったため、私が思っている以上に目立っていました。医学生で病棟実習に出た時に、「あの無茶苦茶な車に乗っている学生だよね」など言われたものです。
■初代の車からずっと変わらずこだわっていること
2年して車検のときに買い換えましたが、私に譲ってくれた先輩も、「2年も乗ってたの・・?」とびっくりしていました。なんだかんだ言っても注目されるのは悪くなかったので、私自身は気に入っていたというのもあります。
その後はというと、目立つ車ばっかり乗りました。ただマニュアル車はこれだけです。オートマ車に乗って驚くほどの楽さを覚えてからは、もう戻れませんでした。それから中古で20年落ちのポルシェ928、三菱のエクリプススパイダー、スバルのインプレッサそして三菱ランサーエボリューションと医学生から研修医まで乗り継ぎました。医学生の頃は、親のお金ですから高額なものなど買ってもらうわけにはいきませんでした。地方医科大学、雪のある石川県では生活と実習のために必要なものでした。
だいたい都内の大学病院の職員駐車場にズラーっと高級車が並んでいるのとは違い、私の大学では雪道を走破するための当時は三菱のRV車ばかりでした。
ポルシェは子どもの頃から憧れていた、ポルシェ911に乗りたいと思っていましたが、とても手が出ないほど高額だったので、ボロボロの中古車を購入してようやく手に入れました。しかし、あっちを直せばこっちが壊れる。国産車のときにはなかった不具合ばかりです。ポルシェのディーラーに修理ばっかりだというと、「20年前の車なんて、もともとぶっ壊れているもんだよ。直しながら乗るのさ」と言われて、なぜか格好いいと思い、車のことを勉強して自分でも直しながら乗りました。
結局はオーバーヒートして廃車。これはリッターあたり4㎞しか走らないとんでもない代物でした。ポルシェ928から乗り継いだ車は、医学生のときにお付き合いしていた奥さんとともに歩んでいます。
■車に乗る人間にしかわからないこと
車を買うときには私がすべて決めるのですが、やっぱり通勤に使用していますと、この病院に非常勤勤務していた時にはこの車だった、いろいろ旅行に行ったり、子どもが生まれて、あの時はこうだったと思い出があるものです。
車は走ればいいんだよ、何でもいいんだよ、という人もいますが、私のように車での移動時間が長いと、車にはお金をかけたいと思うものです。私にとっては車で過ごす時間が、とても重要でもあったからでしょう。これが私のステイタスであり、オシャレなのです。
医師になってから、相変わらず中古車で購入するばかりですが、シルビアヴァリエッタ、ベンツCクラスから、BMWに乗り換えた時もありましたが、それからはベンツEクラスをずっと乗り継いでいます。電子制御となり、さまざまな装備がついた私の車に友人を乗せると、彼は「まるでコックピットじゃないか…」と言ってきたりもしますが、私は「そうか?」と言いながらも、何とも言えないような照れ隠しというか、自分を褒められたようにうれしくなるのでした。
一緒に食事に行くときなど、ついつい気持ちも高ぶって色々話してしまったりして、帰ってからは普段の自分ではなくなり反省することになるのですが。
私の見えないオシャレはそういうわけで車です。特に内装は革シートで、LED装飾もされています。これは乗る人にしかわからないことでしょう。でも私の見えないオシャレは、結局は誰かに見てもらいたかったりもするのです。