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【研修医日誌】㉙  一生の友達

■子どもの頃のようにはいかない「話しかける」ということ

私は地方医科大学出身で、そのまま地方医科大学で研修医になりました。当時それが当たり前だと思っていましたが、地元の神奈川県に戻り、当時を振り返ると、あれは異常だったのだと気づかされることが多々ありました。

例えば地方の基幹病院、大学病院で救急外来をしていたときです。長時間労働、睡眠も食事も取れないのが当たり前。私生活においても食生活はひどいもので、自分の勉強さえままなりません。日々をただ、こなしているような毎日でした。

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