見出し画像

 いじめを受けた子どもは、「お前がやり返さなかったから、いじめになったのではないか」「これって本当にいじめなのか?」「こんなことは忘れてしまえばいい」というような言葉を投げかけられている。しかも本来であれば、近くで支えてあげなければいけない保護者や教師に言われている。
 そんな経験をした子どもが、その後いじめで辛い思いをしても、他人に伝えることができるだろうか? 伝えたところで、悪いのは「お前だ」と周りからも言われてしまうのだから、言えるはずがない。
 そもそも、いじめを受けている側は、辛いし悲しい、そして恥ずかしいという気持ちも持ち合わせている。だから、人に伝えるのは勇気が必要だし、決意が必要なのだ。それなのに、周りの大人は子どもの気持ちを理解せずに踏みにじる。何とも酷な話だ。
 さらに、信用をしていた保護や教師に、「いじめられたのは、お前が悪いからだ」と言われていると、自分自身でも「自分が悪いから、いじめられていたのかもしれない」「自分はダメな人間なんだ」「誰も信じられない。誰にもわかってもらえない」という風に思い始め、やがて自分の殻にこもってしまうようになる。いじめられているということを、口に出せる時の方が、まだ傷は浅く、口に出せなくなった方が、より深刻ともいえる。だから、支えなければいけない立場の人間が、「いじめられている」と言われた時に、何とかしなければならないのだ。
 しかし、それは理想であり、現実はそうではない。私は児童精神科医をしているからよく知っている。現実というのは、あまりにも無知で残酷ということを。
 いじめを受けた子どもは、さまざまな影響を受けるおそれがある。例えば心理的影響。自尊心や自己評価を低下させ、場合によってはうつ病や摂食障害など心理的な問題を引き起こすおそれがある。また、トラウマになる場合もある。また学業への影響も懸念される。学校へ行きたくなくなり、学習意欲がなくなったり、学業成績が落ちる。そのせいで、大人になった時に、選べる進路が減ってしまう。さらに対人関係への影響もある。人を信じられなくなっている場合、学生の頃だけではなく社会に出てからも仲間を作ることができず、ウツになったり、仕事を続けられなくなる可能性もあるのだ。
 いじめは、いじめに遭っている期間だけではないし、子どもの頃だけの問題だけではない。その子が大人になり、社会に出て行った時にも影響する。その後の一生を左右することになるということを忘れてはいけない。
 では、こういったいじめをなくすには、どうしたら良いのだろうか。まずは、オープンなコミュニケーションを取ることだ。何かが起きた時に、すぐに子どもが話せる場所があるといい。子どもに気を遣わせるような空気感は作ってはいけない。また、普段からフラットなコミュニケーションを取っていれば、大人側も子どもの変化に気づきやすいという利点もある。オープンなコミュニケーションは、双方にメリットがあるので、ぜひ目指してほしい。
 次に、見本となるべき保護者や教育者の態度だ。子どもの前では特に、人を卑下するような言葉を使わず、誰に対しても思いやりのある言動を心がけること。そして、何があったとしても、いじめは絶対してはいけないということを、見本として見せることが大事だ。
 またいじめの現場には、目撃者が必ずいる。自分が目撃者になった時に、傍観者になれば、それはいじめの加害者に加担しているのと同じだということも、子どもに教える必要がある。いじめの傍観者は、自分がいじめられたくないから、傍観しているという場合がほとんどだが、自分がいじめている側に回っていることには気づいていない。そこは、大人として子どもに、しっかり伝えておかなければいけないことだ。
 あとは、冒頭にも書いたが、いじめを受けたことがある子は、相談をしても「それぐらいで……」と言われていることが多い。どんな些細なことでも、いじめはいじめだ。いじめを受けた子にしか、それがいつまで心理的に影響をしてくるのかは分からないのだから、大人の視点で勝手に子どもの辛さを計ってはいけない。
 私は児童精神科医をして、いや一人の人間としても言える言葉を持っている。それは、いじめはする方、加害者が悪い。どんな事情があったとしても関係なく、いじめたほうが悪いのだ。これが真理だ。
 だから、いじめられて自尊感情を損なってしまった子どもたちがいたら、私はその子どもたちの心に寄り添い、支えていく。いじめられた子が少しでも、前向きな人生を歩むことができるように。

いいなと思ったら応援しよう!