【医師エッセイ】先輩のバイト
■今の研修医と20年前の研修医
厚生労働省の発表する「臨床病院における研修医の処遇」では、研修医の年収の平均は458万円とされています。最小が184万円、最大が2年次研修医の1026万円となっていますから幅もあります。とはいっても、私が研修医だった20年前とは雲泥の差です。
ただ、当時は認められていたバイトが、今では初期臨床研修医は不可ですから比較をすることはできないと言えるでしょう。それでもやっぱり、バイトをしなくては生活できない状況だった20年前を思うと、今の時代は良いなと思ってしまうのです。当時のバイト代は、大学病院から支給されている額をはるかに上回っていましたから。
ですが当時と変わったのは、それだけではないでしょう。
プライベートと仕事を分ける風潮。これはいつからなのでしょうか?
この風潮も今の研修医が羨ましいと思う時もあります。
■ちょっと特殊なバイト
当時はネットもまだまだな時代ですから、Tokyo Walkerならぬ地元紙や、店舗紹介みたいなTVやラジオ、もしくは自分の足や友人からの情報でいい店の情報を手に入れるしかありませんでした。
だから先輩から、「今度さー。病棟の◎◎さんと食事に行くんだけど、寿司の美味しい店知らないか?」と言われることがありました。この「知らないか?」は先輩の空いている時間に予約ができて、予算が●●円で、その後、どうするか、までを準備しないといけません。
幸いなことに私は医学生の頃からおつきあいしている彼女がいましたので、ダブルデートのだしに使われ、少しはそういったことに明るいところがありました。先輩と看護師がデートをするのに、2人きりだとちょっと・・と言われてしまう、もしくは言われてしまいそうだと私たちが呼ばれるというわけです。
ただそれによって、私たちカップルも得をすることもありました。ちょっと高いお店だったとしても、お会計はすべて先輩がしてくれるからです。しいていうなら、現物支給のバイトでしょうか。おかげで彼女と、美味しいものをたくさん食べることができました。
研修医の友人は、時間もなければ暇もなく、ましてや外食自体が苦手でした。そんな彼は、常に手帳を持ち歩いて、MR(Medical Representative:医薬情報担当者)さんを見つけるとデートに使えそうな店を聞き出してはメモしていました。
「今度、飲み会しようよ。幹事お前な」と言われれば店をセッティングして、集金する。でも、幹事の分は先輩が出してくれるのだから、これもバイトでしょう。飲み会ではなく、病棟看護師との合コンの準備なら我々も喜ぶバイトでした。
ただ先輩はすぐに看護師を口説こうとはしません。私たちに「情報を聞き出して来い」と命令してきます。そして聞き出した情報を先輩に伝え、それがヒットすると謝礼を貰えました。何とも言えないバイトです。
■先輩バイトでの達成感
ただただ怒られてばかりの研修医生活。仕事でへとへとになってアパートに帰る。1人で夜中にインスタントラーメンを茹でて、テレビを見ながら鍋から直接ラーメンを食べていると、本当にこれでよかったのかな、と何度思ったかはもう覚えていません。おそらくとても孤独な気持ちで寂しかったのだと思います。だから現実逃避をして、別の仕事についていたら……なんて考えたりもするのですが、他の仕事をしている自分を想像できず、やっぱり私には医師しかないという結論に至りました。
お金に窮する我々は、食事や先輩の趣味やら恋愛のバイト……いわゆる先輩バイトは、病院の中とは違い、簡単に褒められるし達成感もありました。先輩も私のようなダメ研修医を、褒めたかったのかもしれません。
先述の先輩と看護師は交際し、結婚しています。私は、厳しい「■■先輩に認められた研修医」として称えられました。
常識がすっかり変わり、今では後輩を誘うにもプレッシャーをかけてはいけない世の中です。生活するにもバイトをしなければお金に困っていた私の研修医時代とは、常識さえも変わってしまったのでしょう。それが良いとか悪いとかはありませんが、時代はもう違うのだなということだけは確かです。
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