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【医師エッセイ】あの日の秘密

私が大学医局にいたときの話です。

医局長の男性医師が小児科の予算、看護師や看護助手といった人員を病院経営陣に交渉して引っ張ってきたり、医局内での外来勤務表や当直勤務表の作成、医師派遣病院の選定、医局人事など最終決定は教授が行うものですが、医局費の分配や新年会忘年会の手配、医局旅行の手配など。小児科医は割と引っ込み思案の大人しい集団でしたので男性精力的な医局長にはまさにうってつけの仕事でした。
しかし彼は口がうまく何とか切り抜けては来ていましたが女性問題や医局費など金銭にまつわることで黒いうわさは絶えませんでしたが10年以上医局長としての仕事はこなしていたと言えるでしょう。

彼の奥さんは元看護師で美人と評判の方でした。医局秘書、外来受付クラーク、外来看護師、病棟看護師などの中から妻の座を勝ち取った方でした。彼の机の上には家族写真が置いてあり、また彼の持ち物には奥さんのイニシャルである「T.Y」という刺繍などが施されていました。
愛妻家なのかな?というとそうではなくて単純に嫉妬深い奥さんのようでした。
医局に所在確認の電話がかかってくることもしばしば。勤務中なのに医局秘書が誤って「今日は帰られました」といったときにはもう大変、いろんなところに電話を掛けた挙句病院へと乗り込んできました。

医局長はそんなとき医局秘書を怒るのではなく、
「よくやった。俺が病院にいるのが分かればポイントむしろ上がるからな。でもこの埋め合わせは朝までデートだな」などとかる口を叩いたりしていました。

ある日の私が当直のこと。「おい、○○。このGPS、当直中持っててくれよ」とGPSを渡されました。医局長に何ですか?とも聞けず。GPSを預かりました。その日の当直は忙しくすっかりGPSのことは忘れていましたし預かればいいのかと思って机の上に置きっぱなしにしていたいたところ、23時ごろ奥さんがふらっと医局に。
「◎◎いますか? 今日当直ですよね?」 
えっ?こんな時間に?と思いましたが、いませんよと私はばか正直に答えてしまいました。
GPSが当直中にずっと動かないことに怪しんだ奥さんが乗り込んできたのです。そんなこともつゆ知らず。医局長は浮気がばれてこっぴどく怒られたようです。それから医局長にGPSを渡されたときには、常に携帯して持ち歩く。電話がかかってきたら当直だと答えるということが医局内の公然の秘密となっていました。

医局長はマメです。贈り物も行事には怠りません。常にメモを取っています。あの手帳には医局のことも女性のことも金のことも全部書かれているのだと噂していました。

年末のある日、研究のため深夜に医局を訪れた私は目を見張りました。思わず声を挙げなくてよかったのですが、医局長と同期の女医が裸で抱き合いソファで情事に及んでいました。私も見て見ぬふりをしてもよかったのですが私の名前が聞こえてきて思わず立ちすくみました。「ねー。絶対、〇〇じゃなくて私を昇進させてくれるって言っていたじゃない。なんで〇〇なの?」泣き声というか絶叫に近い声でした。「うーん。〇〇はみんなのやりたくないことやっているから〇〇にしろって教授が言うんだ」「信じらんない!! こんなに尽くしているのに!! 女は当直しないし、産休育休あるから昇進難しいけれど、俺が何とかするって言ったじゃない」「いや。そんなこというなよ。俺に任せろって!!」っと言っていたときに人の気配に気づいたのでしょう。

聞き耳を立てていた私は一目散に逃げ去りました。
しかしこんな悪事も続かないもの、度重なる不倫に医局長は奥さんから離婚調停となり、医局費のつじつまが合わないことを教授や病院経営陣に指摘され、医局員からもそっぽをむかれてしましました。
それは私が奥さんと教授に情事について話したことがきっかけかもしれません。
しかし、痛い目に合わなくてよかったです。
医局長はこれまでの労が評価されて、派遣病院の小児科部長に、同期の女医は地元の病院へと追放同然に医局を辞めて、転勤しました。
私と教授だけの秘密です。
しかし私の秘密というのはそれだけにとどまらず。実は同期の女医に恋していたのでした。
私も嫉妬深かったのですね。

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