DIABOLOS 第2話
柘植基博警部は今日もデスクで眼を醒ます。彼は今日も警察署泊まりだ。このところ仕事漬けでろくに家に帰っていないうえ、風呂にもろくに入っていない。昨夜の睡眠だって3時間程度だ。柘植警部は今日もシケモクを咥えながら頭をポリポリと掻く。机の上には、山積みにされた書類とコーヒーの匂いが充満している。
「おはようございまーす! 警部!」
静寂を破る明るい声……
「おはよさん、蝶野くん。今日も朝からキビキビしていて元気が良いね」
彼は蝶野貴、柘植基博警部の後輩で部下で相棒だ。
「 お褒めいただいて光栄です♪」
蝶野は満面の笑みで応えると軽く敬礼してみせたので、柘植も返礼としてダルそうに敬礼を返す。柘植はシケモクに火を着けた。肺に大量の有害物質を含んで燻りながらゆっくりと上品に吐き出す姿が、蝶野にはなぜか様になっているように見えた。
「そういやこの報告書の取り調べ、蝶野くんが担当だっけ?」
柘植はタバコを口に咥えたままで、報告書をヒラヒラと揺らしてみせながら問うてきた。
「え? あ、はい!」
その仕草はまるで、何か意味あり気なようでいて実は、なにも意味はないかのようなそんな振る舞い方であった。
「今回の溝呂木事件、興味深いね。今回のガイシャを担当した介護士、カオリって娘、溝呂木と福祉専門学校時代の同期なんだってね」
「ええ、でも、それ以外に接点はありませんし、溝呂木のカオリさんへの接し方に不審な様子もありませんでしたしね。でも溝呂木さんが介護士だったなんて、とても信じられないですよね」
柘植は報告書に目を通しているフリをし、その実まったく読んでおらず、まるで独り言を言うかのように呟く。
「このカオリって娘、溝呂木が専門学校を出た後のことは知らないんだろ?」
「? はい、そんな素振りはなかったですが」
「ふーん……」
柘植はタバコをくわえ、報告書に眼を落としながら興味なさ気に生ぬるい声をだす。まるで興味がなさそうであるが、それが彼のスタイルなのかも知れない。
取り調べを終えたカオリは、今、自分がどこに立っているのかわからない。まるで雲の上を歩いているようで足元がふわふわしている。カオリは自分がどこにいるかわからない、まるで夢の中に漂っているように感じたがそれも悪くないような気がした。なぜなら彼女はもうすでに、現実との境界線がわからないところまで追い詰められてしまっていたのだから……
「おはようございます」
それでも彼女はいつものように海百合園へ出勤せざる得なかった。このところ毎日のよう繰り返される同じ風景……それは海百合園で起こる数々の出来事だ。彼女はいつものように、介護記録やシフト表の整理を行いながら、朝礼を待つ。そして今日もまた、いつものように一日が過ぎてゆく……そうカオリには思われた。
いつもの過酷な仕事が重なり、疲れきった眼で自分の職場を見つめる。車椅子に一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し保護者が絶縁状態にあることも珍しくない。何もできない者、歩きながら排尿・排便を漏す者、穴に指をつっこみ糞で遊ぶ者。奇声をあげて走りまわる者、いきなり暴れ出す者、自分を殴りつけて両目を潰してしまった者……様々な患者たちに振り回され、心身ともに衰弱する毎日。海百合園の厳しい現実に疲れ果てていた。だからなのか介護士の多くはいつも命令口調で、利用者を人として扱っていないようだった。暴力について注意したら『お前も2~3年やればわかる』と言われた。カオリもしつけと称して小突くくらいはした。だがそもそも人の為に働きたくて、介護施設で働き始めた、むしろその暴力は障害者の将来にどんな悪影響を与えるのかを考えれば当然、許されるハズがないはずだ! だけれども現状は何……!? そう考えてしまうと日々の生活に不満な思いが募り自分の頭がおかしくなっているのではないのだろうかと考えてしまい苦しくなる。ただそれでも目の前のことに忠実になれることは幸いだと思った。もしこのまま自分の思考がおかしくなってしまったり、麻痺していったりしたらきっと取り返しのつかないことになっているような気がしたから。いや、あるいはもう既に自分はどこか壊れてしまっているのではないだろうか……だからこそこんな生活でも続けていられているのかも分からないではないか……。だがそう考えれば、それは本当に自分の思考の限界が近づいてきているのではないかと思ってしまって、カオリはそれが何よりも恐ろしく感じてしまったのだ……! しかしそんな生活もやがて終わりが訪れるだろう……いずれ自分がおかしくなってしまった時はこの仕事を辞める時が来るのだろうかとカオリには想像できなかったし考えても無駄だろうと思えたのでそれ以上深く考えることは止めてしまったが、おそらく自分はもう既にどこか壊れたり麻痺してしまったりしているのかもしれないと思うのだ……なぜなら彼女はもうずっと、『愛や正義を叫ぶこと』について真剣に向き合ってこなかったからだ。つまり、それは彼女自身の中に在る何か大事なモノを失ってしまったからではないか……?だから海百合園という過酷な環境の中で、自分自身も壊れてしまっていることにさえ気ずかず、いつしかただがむしゃらに毎日を生き抜く事のみ考えてきたのではないか……その考えに辿りついた瞬間、カオリの全身から力がどっと抜けていくのを感じた……それは今まで自分なりに生きてきたという誇りが崩れ落ちてしまうような……なんとも空虚感に満ちた喪失だった……
「はぁ……」
夜道を歩くカオリは思わずため息を漏らす、それはまるで魂まで抜けていってしまいそうだ。そんな自分に苛立ちを覚えると同時に、どこかもうどうでもいいとも思えた……だがそれでもまだ彼女は諦めずに生きているし生きたいと思っている! そんな自分が情けなくも思えていた……しかし、カオリはそれでも、まだ自分が生きていることを感じ、また何か出来るのではないかと感じていたのであった。
そんな彼女はアパートにたどり着き玄関のドアを開けようとドアノブに手をかけた。
ガチャリ……ん? 何か違和感を感じた気がしていたのだが、よく判らぬまま玄関を開けた。カチャ……暗い部屋に灯りを灯す。いつもと変わらぬ部屋だ。四畳半の風呂なし台所なしの部屋。畳の上に布団をしいて寝起きするだけの部屋だ。ただ、いつもと違い、なにか違和感があった……その理由はわからない。もしかしたらこのアパートで一人暮らしを始めた時のような新鮮な気持ちを想い出したのだろうかいう思い至ったのだ……。
カオリは冷蔵庫を開け、ビールを取り出した後、コンビニ弁当の温めを開始しながらテレビをつけようと立ち上がった時のことだ、その時だった!
「!?」
……カオリの背中に悪寒が走った……違和感の理由が判ったのだ。
「あ……ああ」
どうして早く気付かなかったのだろうか。
「溝呂木くんの……におい」
懐かし過ぎるにおいが薄らと鼻腔の奥に染み込んでくるようだった。
「この部屋にいた……だいぶ前か、ちょっとだけだけど」
一瞬カオリはゾッと背筋が凍るような感じがしたのだが、その反面、懐かしさを感じもした。
「なんでだろう……?」
とカオリは思い、部屋の周りを探ってみた。におい……それ以外に彼が残した痕跡は?
「あった、これって……タバコ……?」
それは溝呂木聖也がくわえたままにしていたタバコの吸殻だった。そしてもう一本だけ吸い掛けがあった……カオリはその灰皿から煙を吸ってみた、しかし特に変わった様子はない……そこでさらに匂いを確かめようとゴミ箱を覗き込み中身を出してみた。すると底の方に一枚の便箋を見つけたのだった──
「……え?……こ、これは……手紙……?」
そこには懐かし過ぎる文字があった。確かに溝呂木の字だ。カオリは心臓が止まりそうになった。そこには
「!?」
ーー明日、K楽園の秋原孝を安楽死させる。
「……」
シンプルにそのひと言だけ綴られていた。
「なんで……」
カオリは
「なんで、私なの?」
と自問した。すると、その瞬間にはもう心の奥に大きなシコリができていることに気がついたのだった。それはもはや疑いようの無いもので、自分自身で確認を取るまでもなかった……
K楽園は、大都会にあるのに緑豊かな広い公園のような場所に建っている大きな施設だった。ここはいわゆる特別障害者施設と呼ばれる場所であり『介護』と名のついたサービスが提供されているのである。その施設では重度重複障害者や身体障害などの人たちを対象として身体的な介助、日常生活援助、精神的な介助などが行われており、それは一般の介護施設とは比べ物にならないほどのハイレベルなものだという。そしてその管理運営にあたっているのは社会福祉法人のK財団であるのだが……
「だから、プライバシーの関係で無理なの!」
K楽園の受付はそう突っぱねた。
「どうしてもですか?」
とカオリは喰い下がるが、それでも受付の男性は首を横に振りながら頑なにダメだと言うだけである。
「でもこのままじゃ、秋原孝さんが……!」
カオリは大声を出してしまった。周囲の人達の視線がこちらに向く、カオリはハッとした、そして恥ずかしさから俯いた。
もう話など何度目になるかもわからなくなっていたのである……それはまるで暖簾を押し売りするかの様で、その度いつも最後にはこうなってしまうのだった……
「大体その溝呂木聖也とあんたはどんな関係なの?」
「それは……」
カオリはその問いには答えることが出来なかった、いや正確には出来なかったのではないが言葉が出なかったのである。とたんに想い出される様々な感情に、言葉が詰まるのを感じずにはいられなかった。溝呂木の言葉、声、ぬくもり……それらを思い出す度、胸が締め憑けられるように痛むのが解った。それは決して不快な感情ではなかったしむしろ心地よささえも感じられるものであったが、カオリにとってとても耐え切れそうに無いほどに辛かったのだ……
“二人目でよければ……”
「!?」
カオリはハッとして、
「失礼します」
そのままK楽園を後にした。なんだかいたたまれない気持ちになったのだ、いやもっと正確に言うなら罪悪感のようなものだろうか、とにかく胸が苦しかったのは確かで、それは溝呂木と最後に逢った夜と同じような感覚だ……そうあの日もこんな風にとても苦しい気持ちになった。そしてそれが今も、まるで呪いみたいにまとわり憑いてきていたのだ。 でももう今更何をしようが無駄ではないか? 溝呂木はもう秋原孝を殺してしまい、カオリが何をしようと無意味な事なのだ……いやそもそもそんな必要なんか無いのではないか……?
「ううっ……」
しかしそう考える一方で、本当にそうなのかと問い掛けてくる自分自身がいた。その問いは、今まで自分が歩んできた道のりを根こそぎ否定し否定するかのような行為に思えたしまた、そんな行為に及ぶ自分自身に怒りが湧いて来たのも事実である。
「……」
そんな想いをはせながら、K楽園の自動ドアを抜けると
「!?」
すれ違い様の男から、懐かしいにおいがした!? それは紛れもなく溝呂木自身のにおいだった。いやそうではなく間違いなく溝呂木本人だった! 思わず振り返ると男はこちらに見向きもせず、K楽園の中へと入っていってしまったのだった。だがそれでもカオリには判るのだ!
もうほとんど視界から消えてしまっている後ろ姿だが間違いない、あの背の高そうな痩せ気味の男が溝呂木聖也あることに間違いはない……しかしそう考える間もなく、次の瞬間には、もうその姿はなかった。それでも彼の姿が脳裏に焼き憑いたかのように鮮明に思い出され、しばらく呆然と立ち尽くしてしまったていた。
その夜、K楽園304号室。秋原孝のいる部屋に男がやってきた。カーテンから漏れる月明かりにその男の顔は白く不気味に見えるが、彼は紛れもなく溝呂木聖也だった。
「……」
溝呂木がジッと秋原孝を見降ろす。その瞳は何処か暗く、虚ろで、哀し気だった。
「秋原孝……交通事故以来、呼吸以外の自発行動が出来なくなった」
秋原孝は眠っている、まるで生気を失っていた。呼吸はか細い寝息、心臓は不整に脈打っている。彼は植物人間になっていた。
「だが呼吸、そして心臓さえ動ているならば、人は生き続ける。いや生かされている。これはもうただの生きる人形でしかない」
秋原孝は生きているが死んでいるような代物と化して、この楽園に預けられた。だが彼の場合、もはやその心臓や自発行為すら、人の手に拠るものだったのだ……
「そして妻にも娘にも、まるで棄てられたように、このK楽園で延々と延命治療をうけ続けている」
秋原孝は何を想い、感じ、生きているのだろうか?
「妻や娘の綺麗事……やれ心臓は生きているだの、やれ温もりが在るだの、やれ命は大切だのその人なりのコミュニケーションがとれるだの……自分が秋原孝の立場ならどうだ! 殺してほしいと願うだろ!」
溝呂木聖也はつい感情的になっていた。彼は記憶からあの日のことを想い出していたのだ。想い出す度に、胸が潰される記憶を……
“私は、あなたがいてくれるだけで、嬉しいわ”
「命に平等などあるワケがない」
溝呂木聖也は、秋原孝を見下ろしながら言った。その顔はどこまでも冷たく哀しかった。
「平等なのは死だけだ」
溝呂木聖也の、淡々とした声音に迷いはない。
「オレは、生かされている存在の者たちを救うべきだとさえ思っている」
そうして溝呂木聖也は注射器と薬品を取り出した……安楽死を始めるのだ。彼はまるで手慣れた作業の様にスムーズな手つきで秋原孝の首元を消毒し、薬剤を注入した。そして最後に、安楽死の準備が整い……
「お疲れさま」
と言って注射針を秋原孝の首元に突き刺した……
「……」
秋原孝は
「」
ニコリと微笑んだ。不思議と……そう見えた。
「……」
溝呂木聖也は彼の表情に、自分自身で驚きながらその笑みから眼が離れなかった。溝呂木はしばらくそのまま動けずじまいだったのだが、やがて我に戻ると彼の顔を見降ろした……
彼の眼はもう既に虚ろになっており光もなく、まるで深い水の中にでもいるようだ……呼吸音すら聞こえてこない……ただそこには安楽死の証として、注射器を持った死神だけがいた。
月明かりに照らされた溝呂木聖也の横顔は、何処と無く物哀しく見えた。カーテンは風に揺れ、窓から吹き込んでくる風は冷たく、死神のシルエットがまるで本物の悪魔のようだ。
「……」
溝呂木聖也はゆっくりと歩く。緑色の非常灯に妖しく浮かび上がる影法師、それはまるで死神のそれのようである。だが彼の瞳に迷いはなくまっすぐな瞳をしていた。その立ち姿も堂にいっており堂々としたものである。溝呂木聖也は、そのままゆっくりした足取りで非常階段を下っていき、非常口の扉に差し掛かった。
「ウーン! ウーン!」
結束バンドで拘束され、猿轡を咥えさせられた夜勤警備員が、床に転がった状態で、必死に呻き悶えている。それを横目で見つつ溝呂木聖也は非常口を抜けてそのまま外へ出ていった。
「……」
溝呂木の瞳には光を宿していない。だが彼の足が止まる事はない、その行く末はまだ闇の中なのだ。だがそれでも彼は進み続ける、そうしなくてならないのだ……
「溝呂木くん?」
「!?」
闇の中から声がした。懐かしい声に振り向く……闇の中の微かなシルエット、それだけでもハッキリと誰なのかが解る。彼女は……
「カオリか……」
そこには学生時代の面影を残した……カオリがいた。彼女は、学生時代と同じくショートカットで黒髪だった。服装も学生時代と同じように地味なシャツとズボンだ。
「久しぶり……」
そう一言、言った彼女の瞳は暗い。とても虚ろな瞳をしている……だがその瞳には光が灯っていたような気さえした……不思議な瞳をしていた……でもそれは一体なんなのか? と問われるとするならば答えに詰まってしまうような……そんな眼だ。その返答に困っていると彼女の瞳がより一層闇を深めていく気がしたのだ。
「殺ったの? 秋原孝さんを?」
彼女がそう訊くと、少ししてから溝呂木聖也は頷いた。
「どうして……」
その頷きを見た彼女は、なんとも言えない表情を浮かべた。
「どうして私なの?」
哀しみと戸惑いと複雑な色が混ざったような、そんな曖昧な表情だ……
「君に」
しかし彼女のそんな表情を直視した溝呂木聖也は、
「見届けてほしい」
一瞬ではあるが苦しそうな表情を見せた。
「そして見定めてほしい、善と悪を」
理由は解らないがその表情からは苦しみだけが伝わるのだ。
「裁かれるなら君に裁かれたいんだ」
そしてその後すぐ元の顔に戻ると、
「!?」
翌日……K楽園を混乱と恐怖が襲った。おびただしい数の人集り、警察と記者、マスコミ、施設の管理者と従業員、警備員、そして野次馬。
誰もが事件の目撃者になろうとしてやって来たのだ。それは、とてもじゃないが普通とは言えない異様な光景である……
そう、ここはまるで見世物小屋のようになった。「殺人現場は此処だ」と言わんばかりに野次馬たちが押し寄せてきたのだから無理もない……この施設にとって最悪のタイミングで起きた出来事だった、だがもう取り返しはつかないだろう……なぜならこれは、すでに起きてしまった現実だから……そう「事実」なのだ!!
「失礼」
柘植警部がKEEP OUTのテープを跨いで中に入ってきた、野次馬の喧騒の中に、靴音を刻む。
「待ってくださいよ~警部」
その後ろを蝶野貴が続く。おっちょこちょいの彼はよく転ぶ。今もまた足を縺らせてコケた彼だったが、直ぐに立ち上がった。
「ガイシャは?」
「秋原孝、38歳男性で、施設の利用者です」
「植物人間……か。なるほど」
柘植警部は喰えない無表情のまま、そう頷くと煙草を一服くわえた。
「ウチの旦那を返してください!」
施設に預けたきり今までロクに見舞いにも来なかった秋原孝の妻……彼が殺された今になって泣きついてきた女が、秋原の眠る事件現場で金切り声をあげた、まるで悲劇のワンシーンのように。
「……」
柘植警部はまるで何かを確かめるように、深く吸い込んだ煙草の紫煙を吐き出した。その目はどこか遠くを見てるようで何かを見据えているようにも見えるのだった……
「第一発見者は?」
柘植警部がそう言うと、
「ハッ、それが」
現場の若手警官は、少し緊張しながらも口を開いた。
「彼女です」
「!?」
カオリはただ茫然と立ちすくす。この現場に来て感じた生々しさ、それはまさにこの空間がリアルだということだ。これは本当に起こった現実であり今現在も進行している。だからこそ怖い、その恐怖が彼女の思考力を鈍らせてしまう。
「やっぱりな」
柘植警部は一瞬口元をニヤリと歪め、ボソリと呟く。それはどこか確信めいていた。彼の瞳は、いつものように無表情無関心であるが、今はどこか愉し気で挑戦的な、挑発的にも見える光を宿していた。それはまるで何かに取り憑かれたかのような瞳であったが……柘植警部は煙草に火をつけた。紫煙がゆっくりと立ち登り空へ消えていく……そんな様を見届けた彼の眼は鋭く尖るのだった。
つづく
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