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小説無題#24 語るべきこと、語らざるべきこと

どこにでもあるファミリーレストランの店内。ドリンクサーバーに程近いテーブルの脇を、配膳ロボットがけたたましい音楽と共に通りすぎて行く。
柳は向かいに座る奥村を見、そして食べ終えた皿に目を落とす。

「俺は悪人かな?」
柳は奥村に尋ねた。

奥村は額に手を当ててわずかに間を取った。

「いいえ。推定無罪の原則がありますから。」

「じゃあ有罪になれば悪人?」

「そういう事になるでしょう。客観的事実として。」

柳は皿の上に残ったグリーンピースをスプーンですくい、舌の上でころがした。この食べ物は、どんな調理をしても自分を主張し続けるような強さがある。

「でもわたしは柳さんを悪人とは思いません。あなたには信念があった。この裁判は革命家を裁くようなものです。」

柳は静かに豆を噛み潰した。奥村弁護士は回りくどい表現をしたが、それは彼が感情論と論理を分けて考えているからだ。

二人に不調和なフレーズを振りまきながら配膳ロボットがこちらにやってくる。追加伝票とデザートを受け取ると、二人はそれぞれのスイーツをテーブルに並べた。奥村が『抹茶の和風ティラミス』、柳が『なめらか濃厚プリン』だ。空いた皿を持たされた配膳ロボットは踵を返し、厨房へと帰っていく。

「わたしは柳さんを支持します。ただ、医者であるあなたが医師の倫理に反していると取られかねない事をした経緯をお聞きしたいんです。今後の裁判の為にも。」
奥村はデザートスプーンでティラミスの角を落とす。

「落ちこぼれの俺が語る経緯なんて、大層なもんじゃありませんよ。世間じゃ、憂さ晴らしだのサイコパスだのと書かれてますけどね。」
柳はグリンピースのスプーンでプリンの山頂をごっそりとすくった。

そうやって自虐してみたものの、柳にだって理由はある。これまでの人生で積み上げ、壊され、それでも再び構築してきた信念。それが、今の柳を形作っている。

奥村はティラミスを嚥下しながら、柳をじっと見つめた。
「それでは罪を認めてるようなものです。やけくそになるのはあなたの悪い癖だ。」

痛いところを突かれた柳は咀嚼を中断し、頭を抱えた。
「申し訳ない。ごもっともですとも。」

奥村の求める経緯を説明するためには、柳はこれまで封じ込めてきた記憶を掘り起こさねばならない。それは、柳にとって最も触れたくない過去だった。柳は話を逸らそうと思ったが、奥村は柳から目を逸らさなかった。誤魔化して終わりとはいかないのだろう。

「俺、今でこそ終末期医療が専門だけど、元々は救急医で。正直…あまり腕が良くなかったんだ。」

そう。本来であれば救えたであろう命を何度もこの手で取りこぼしてきた。実際、難易度の高い手術ばかりで、必要以上に自分を追い詰めていたのかもしれない。とある出来事が決め手となって、柳の中で何かが折れた。そして救急医を辞めてしまった。

不意にLINEが「ラーイン」と言う。
携帯電話を見ると、バナーに美幸からの新着メッセージが表示されている。「どこにいるの?」とだけ書かれた短い文章は柳の身の上を案じているようだった。ここにいる事を柳は伝えていない

「それで?」
奥村がおだやかに聞く。

柳は携帯を置き、祈るように目を瞑った。身の回りの様々な事がおざなりになっている。それは元からの性分なのかもしれないし、ここ数年で染み付いた癖かもしれない。単に歳を重ねる毎に顕現する痣のようなしろものの可能性もある。どちらにせよ柳にとって好ましくない状態に変わりなかった。

「すこし尋問じみてしまいましたね」と柔らかな口調で奥村が言った。

「別に無理に話す必要はありませんよ。柳さんが話したい時に話したいことを自由にお聞かせください。」
そう言って奥村は笑ってみせた。

店内は慌ただしい時刻を過ぎ、客もまばらになってきている。時折顔を出す配膳ロボット以外には騒ぐ者も居らず、レジ前に立っている店員は禅の心を持て余して瞑想している。

柳はありのままを自らで紡ぐ言葉によって奥村に伝えねばなるまい。二次情報で歪曲され曲解された報道ではなく、一次ソースたる柳が放つ言葉。その言葉を奥村は重要視しているのだ。

「手短に話そうとすれば誤解が生じるかもしれない。」
柳は寝癖のついた頭を掻いた。

「長くて結構です。コーヒーはいかがですか?。」
奥村は注文用タブレットを手に取る。二人はエスプレッソを注文した。

程なくすれば配膳ロボットがまたこちらにやって来るだろう。彼らには彼らの目的があり、我々には我々の目的がある。それぞれに異なった事情があるからこそ人は説明をし、理解を得ようとするのだろう。柳もまた柳で奥村に理解されたいと胸の奥で望んでいたのだと自覚をする。そして過ぎゆく時間なぞ忘れ、柳は語るのだった。

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