時に依存することがあっていい。それは渡り鳥の羽根やすめよ!と開き直る。
依存はいかんと強く言い切る方いるのですが、本当に依存したことがないのでしょうか。
それより、いいじゃないですか。
依存し合っても。
ただ、その依存度の問題ですね。
中毒性になるから依存症という病気も存在します。
このあたりは検索すると出てくるので、ここでは触れません。
渡り鳥は、長い旅の間に、なんどか羽休みをするといいます。休める場所があるって私達にも必要です。
なにかに頼る時って、一時必要だと思っています。
それが依存という言葉になるとは思いません。
一旦身を委ねて、体力を温存する。これは生きるために必要な本能です。
私も、遠慮なく傷ついたり、落ち込んだり、くたびれた時は、すっからかーんと思いっきり依存して委ねます。
そして、恩返ししにまた元気になって飛び出して生きます。
依存されても、委ねられても、寄りかかってきても受け入れ合う。
そんな社会であってほしいです。