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【バレエ】Sergei Polunin、あなたは今でもまだPutinの支持者なのだろうか?

皆さんはSergei Poluninというバレエダンサーをご存じだろうか?
彼は、ウクライナで生まれ、Putinに救われた、高いジャンプ力を持つバレエダンサー、兼モデル俳優である。


※Sergei Poluninとは

Sergei Polunin(ウクライナ語: Сергій Володимирович Полунін; 1989年11月20日 - )
ソビエト連邦ウクライナ・ソビエト社会主義共和国(現ウクライナ)出身のバレエダンサー、俳優、モデル。ウクライナ、ロシアおよびセルビアの多重国籍者だが、本人の民族自認はロシア人である。

当初は体操に取り組んでいたが、8歳でバレエに転向し、キエフ国立バレエ学校で学んだ。2003年に13歳でロイヤル・バレエ学校に入学。2006年のローザンヌ国際バレエコンクールで入賞するなど数々の賞を受賞し、2007年にはヤング・ブリティッシュ・ダンサー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。2010年、史上最年少の19歳でロイヤル・バレエ団のプリンシパルとなった。

Wikipediaより抜粋

ここまで読むと、素晴らしい技術を持つバレエダンサーだということはわかる。しかし彼は、2年間ロイヤル・バレエ団で活躍した後、2012年1月24日に「全く幸福感を感じなくなった」と言い突如退団を発表した。
その後紆余曲折あり、Putinに救われてロシアで活躍をしているPolunin。ロシアは芸術家を大切にする国なので、他にもPutinに救われたアーティストは数多くいるであろうが、Poluninが異なる点は、Putinの顔のタトゥーを胸に入れていることだろう。

※Poluninのイメージ写真

イメージ: Polunin①
イメージ: Polunin②

※Poluninを知ったきっかけ

私がPoluninの存在を知ったのは、2016年公開の「Dancer(邦題: ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣)」という彼のドキュメンタリー映画がきっかけだ。
私は子供の頃と大人になってからと分散して、5年ほどバレエを習った経験がある。ダンス歴が人生の半分以上になった今、5年はほんのわずかではあるが、一番最初に取り組んだダンスがバレエで、55歳か60歳を過ぎたらまたバレエに戻ろうか、と思っているので現在でも常にバレエダンサーの肢体、バレエを見るのが好きだ。
そんな中、Poluninの生い立ちや世界に羽ばたくまでの過酷な人生を描いたこのドキュメンタリー映画を観て、心を強く打たれ、一気にファンになってしまった。

ポスター: 「Dancer」

この映画が公開された頃は、彼の胸元にはまだPutinのタトゥーはなかったと思うが、その後、様々な映画出演を通し、ある時、ふと、Putinの顔が彫られていることに気付いてしまった。

※私が観た、Poluninが出演しているその他の映画


The White Crow(邦題: ホワイト・クロウ 伝説のダンサー) 2018年
 Poluninは主役のダンサーと相部屋で、出演シーンも多いので、彼の踊りが堪能できると思う。

【あらすじ】
ソ連から西側に亡命した伝説的バレエ・ダンサー、ルドルフ・ヌレエフのスリリングな半生を映画化した伝記サスペンス・ドラマ。

ポスター: 「The White Crow」

ルドルフ・ヌレエフ(Rudolf Khametovich Nureyev 1938年3月17日 - 1993年1月6日)
ソ連生まれのバレエダンサー、父親の赴任地に向かう途中のシベリア鉄道の車内で生まれる。幼少の頃から舞踊に興味を示し、11歳からバレエの手ほどきを受け、才能を注目されるようになる。
17歳でロシアバレエの名門校、ワガノワ・キーロフバレエ学院に編入し、本格的なバレエを学ぶ。
名教師プーシキンに師事した後、ソリストとしてキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)に入団。ニジンスキーの再来とまで言われるようになる。反面、激しい性格と反抗的な態度から政府に警戒されるようになる。
1961年に、海外公演の途中に亡命。
1980年代にはパリ・オペラ座バレエ芸術監督に就任。
1993年、AIDSによる合併症のため、54歳で死去。

Wikipediaより抜粋


Red Spallow(邦題: 同名) 2018年
 大好きな俳優Matthias Schoenartsが出演しており、本来はMatthias目的で観たが、ジェニファー・ローレンスの相方として踊ったのがPoluninで、おっ、と思った。但し出演シーンはごく限られている。

【あらすじ】
バレリーナの夢を断たれた美女ドミニカは、母の病気の治療費を稼ぐため、ハニートラップや心理操作を駆使するロシアの諜報員「スパロー」となる。やがて優秀な諜報員として成長した彼女は、CIA捜査官を標的とした自身の命運を分ける任務に挑む。

ポスター: 「Red Spallow」


Passion Simple(邦題: シンプルな情熱) 2020年
 Annie Ernauxの同名の小説が映画化された作品で、私は本を先に読んで、「さすがErnaux、このエロスは何ぞや」と思っていた。
日本ではわからないが、イタリアではモザイクが入っていないので、主役の中年女性エレーヌも、アレクサンドル役のPoluninも揃って裸体の全てが丸見えで、かなりきわどい作品だった。
ただ、独り身の中年になるとわかる良さがこの映画にはたっぷりあるので(例えば、10歳近く年下の若い男にちょっとだけ溺れてみる、とか遠距離で滅多に会えない等の困難がある関係に憧れ、会わない時にはその男にあらぬ妄想をする、とかセクシーな下着をついつい買ってしまう etc etc etc)、40を超えた独り身の女性には是非観てほしい作品である。

【あらすじ】
パリの大学で教授を務めるエレーヌは、ある日パーティーで出会った年下のロシア人外交官・アレクサンドルに激しく心惹かれる。アレクサンドルには妻がいることをわかっていながらも、彼の存在に溺れていくエレーヌ。そんな彼女とアレクサンドルの関係は、次第に変化を見せる。

Annie Ernaux作「Passion Simple」
ポスター: 「Passion Simple」


映画はDVDを借りないとならないし面倒だという方は、まずはHozierの"Take Me to Church"で踊っているPoluninの姿をご覧いただき、納得されてから、レンタルビデオ屋かネットで検索いただければ、と思う。


なぜ、今時期になってPoluninとかPutinとかについて書こうと思ったか。


それは先日、Alexei Navalnyが殺された(としておこう)後、映画館の近くにある割と新しくできた公園という名の広場Giardino Anna Stepanovna Politkovskajaに彼を悼む花束や写真、手紙がたくさん寄せられている光景を見たからだ。
そして、こんなに多くの人を悲しめ、苦しめ続けるPutinの支持者など、果たして、世の中にはどれほどいるのだろう、と考えた時、ふとPoluninのことが頭をよぎったのだった。

ある日のGiardino Anna Stepanovna Politkovskajaの様子

ちなみに、Anna Stepanovna Politkovskajaは、下のような人物である。

アンナ・ステパノヴナ・ポリトコフスカヤ(Anna Stepanovna Politkovskaya、1958年8月30日 - 2006年10月7日)
アメリカ系ロシア人のジャーナリスト、作家、人権活動家であり、ロシアの政治的・社会的出来事、特に第二次チェチェン紛争(1999年-2005年)について報道した。
彼女の国内的、国際的な名声を高めたのは、チェチェンからの報道だった。 7年間、彼女は数々の脅迫や暴力にもかかわらず、戦争に関する報道を諦めなかった。彼女はチェチェンでロシア軍に逮捕され、模擬処刑を受けた。2004年のBeslan学校人質事件解決のためにモスクワからRostov-on-Don経由で飛行機で移動中に毒を盛られ、引き返さざるを得なかった。

アンナ・ポリトコフスカヤ暗殺事件】
2006年10月7日、モスクワ中心部の自宅アパートのエレベーター内で射殺された。彼女はチェチェン紛争に反対し、ウラジーミル・プーチンを批判したことで知られていた。2014年6月、5人の男が殺人容疑で実刑判決を受けたが、誰が殺人の請負を命じたのか、あるいは金を支払ったのかはいまだに明らかになっていない。

Wikipediaより

実は、Poluninのミラノでの公演を2020年にウクライナ人の友達と観る予定だった。2019年に申し込み、2020年はコロナで公演が延期されて翌年になり、それが更に延期になり、ということを合計3度繰り返した末、遂に中止になってしまった。あまり良い席ではなかったけれど、80ユーロ以上払ったし、3年越しで返金してもらうか他の公演に振り返るかを相談し、結局、私たちはRoberto Bolleというイタリアでは有名なバレエダンサーの公演を見ることにした。3年前に払っていたから、タダ見した感が強く、お得な気分でBolleを堪能したが、やっぱり、私達としては、いつかPoluninの踊る姿を自分たちの目で見たい、と願っている。
そしてもし、そのような機会が訪れた際には、戦争も終結していればいいな、と思っている。


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