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朗読から見えたもの
先日、とある画家の個展のイベントの一環で、本と詩の朗読をする機会に巡り合った。
大学時代、何を隠そう、かの故.逸見政孝さんが所属していたアナ研に半年ほど属し、アナウンサーを目指していた時期のあったシマ子。
しかしお題を与えられ、〇分のうちに原稿を頭の中で構成し、それを△分で語る、という訓練をする中で、「私、話すのが苦手」という事実に直面する。
加えてサークル内でストーカーをされ、「私、がり勉タイプの男は不気味で苦手、やっぱり踊る方がいい、自由に踊りたい」という童心が再熱し、サークル通いは自然消滅、人前で取り立てて話す機会もなくなり、ストーカー行為から無言電話に変わったその嫌がらせだけ、その後数年に渡って受けていた(固定電話が主流だった時代である)。
社会人になっても、日本では人前で話したり交渉したりという類の仕事をしてこなかったため、こちらに来て初めて、イタリア語で交渉やら通訳をするようにはなったが、それでも、誰かが書いたものを日本語で読み上げる、という行為はした記憶がなく、ゆえに40代も半ばを過ぎて、私という人は、初体験をしたわけだ。
ところで、私がNoteを始めて、初めて「この人の文章、いいな、好きだな」と思いフォローをしたカンナさんが、ここ数か月、様々な視点からの朗読をされており、「朗読」という行為に興味を持ち始めていたのは事実だ。
私が好きなカンナさんのラップはこちら👍
今回のイベントをするに当たり、画家から依頼を受けたのが確か春のことで、それはカンナさんの朗読を拝聴する機会を得る前だったと思うが、以来、どなたかの朗読の録音や、詩の朗読会(イタリア語だが)、エロティシズムの小説のみを扱った朗読会など(そういうのをたまたま見つけてしまった😂)、機会があれば積極的に聴いたり参加をして、この日に備えてきた。
当日は立ち位置の打ち合わせのみで、他の出演者とのリハーサルなし、ぶっつけ本番で、各々、小さなミスはしたが、それでもピアノの発表会ほどには緊張することがなく、始終理性を保つことができ、貴重な経験だったな、と思っている。
話は変わるが、先日、フランス語のレッスンの後、先生に「どうやったら会話の能力が上がりますか」という質問をした。
というのは、私の会話力や速度はクラスメイトに比べてかなり劣っているため、何とか年末年始を境に少しでも挽回しようと思ったのだ。
質問への回答の一つに、「話した内容を録音して聴く」というのがあった。
質問した際には、「えっ、録音して聴くの?それで向上は見込めるの?」という疑問があったが、今回のイベントの後、改めて自分の朗読の録音を聴き、他人に聴かせ、思いがけず大学時代からの旧友に「シマ子の声、低くて好き、朗読にぴったり」と褒められた。
「もしかしたら、フランス語も録音して聴いてみたら、そのうち、話すのも悪くないな、私の発音、なかなかいいな」と思える日も来るのかもしれない、ちょっと週末に試してみようかな、という興味と、将来への希望の光が一筋、見えた気がした。
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