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ファーストクラスの話

この駄文を読んでくださる物好きな方の中に、飛行機のファーストクラスに乗ったことある方はいるだろうか。自慢じゃないが私は何度かある。と言っても国外線でではない。通常運賃に1万円ほど追加して乗れる国内線のファーストクラスに乗ったことがあるのだ。

初めてファーストクラスに乗ったのは、空港が大混雑していた時のことだった。私の住む沖縄に高校野球の強豪校が100人単位で練習に来ていたらしい。バットや道具を持っての荷物検査に時間がかかり、搭乗手続きに長蛇の列ができていた。

混雑を解消しようとグランドスタッフの係員が、「ファーストクラスに席を変更すると待ち時間なく搭乗できます」と案内して回っていた。私はそれに応じたのだった。

初めてのファーストクラスは緊張の連続だった。座席につくと、まずCAの親玉のようなベテラン乗務員がかなりかしこまって挨拶をしてきた。そして飲み物を勧めてきた。仕方がないので、心を落ち着けようとアルコールを注文した。

酒を飲み落ち着いた頃、改めて周りを見渡してみると左隣には、上品な老夫婦が座っていた。一方、右隣には私と同じように緊張して座っている同年代の男が座っていた。恐らくこの男も混雑から逃れるため、初めてファーストクラスに乗ったのだろう。

離陸から1時間ほど経った頃だろうか。大層なメニュー表とともに豪華なランチが運ばれてきた。

「これはマナーが問われる」

焦った私は左を見た。件の老夫婦は、和やかなムードで食事を楽しんでいた。「大丈夫、よほど変なことをしなければマナー違反ではないだろう」。顔を引きつらせながら私もなんとか食事を始めた。

あの男も上手いこと食べられているだろうか。右を見ると男はオドオドしながらランチを拒否して、カップ麺を啜っていた。よほど腹が減っていたのか、男はカップ麺を2つも平らげていた。あの男は緊張に負けたのだと思うと、思わず口に含んだスープを吹き出してしまった。

さて快適な空の旅もいよいよ終わりを迎える。目的地に到着すると老夫婦はCAの親玉に、「食事、良かったよ」と礼をし颯爽と去っていった。私も真似して「食事、良かったです」と言おうとしたが、緊張で噛んでしまった。男もなにかモゴモゴとしながら謝意を示していた。

後に私はこのときの話を持ちネタにした。だがよくよく考えてみれば男からすれば、私もかなりおかしなやつだった。彼はきっと仲間にこんな話をしているだろう。

「この間、ファーストクラス乗ったんだが、隣にいたみすぼらしい男は初めて乗ったんだろうな。キョロキョロしながらランチを食べてたよ。緊張でスープもこぼしていた。見栄を張って乗ったんだろうな」

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