Enter the blue spring(小説)#12

2019年 2次元世界 生徒会会議室

放課後の時間、快人たちが所属する生徒会で、体育祭の企画会議が開かれた。

快人「来たるべき体育祭に備えて、種目決め、パフォーマンス部門のネタ、当日プログラムの作成や準備の流れを、今回は決めていただきたいと思います。
Aグループは種目決め、Bグループはネタの収集、Cグループにはプログラムの作成と準備の流れをお願いしたいと思います。では、総員活動開始。」
快人は生徒会をまとめて的確な指示を出し、効率良く仕事を進める。

零斗「やれやれ。あいつ、生徒会長の才能があるんじゃないのか?」
玲奈「かもね。あんたのよく分からない思考回路のせいで生徒会長になったみたいだけど、ある意味これでよかったのかもしれないわね。」
未来「うん……何ていうか、あいつはこういうのが向いてる気がするんだよなぁ……」
奈義子「ですね。あの感じを見てると、実はやりたかった、とか?」
一花「ああ確かに(笑)現実だと目立たないものねー。」
レオン「そうだな。あいつはいつも教室の隅で弁当食ってるような陰キャだしな。」

現在Aグループで種目決めを担当している未来人たちは、生徒会長という役を完璧にこなす快人のことを、揶揄うような悪戯な声で口々に言い合った。

快人「ほう、誰が陰キャだって?」

一花「いっ!?」
不意に一花の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
そう、快人は一切の気配を見せずに一花の背後まで来ていた。そして未来人たちが話し合っている丸型テーブルに近寄り、零斗の隣のパイプ椅子に静かに座った。
一花「わっ!?いたの!?」
零斗「お前だお前。他に誰がいるんだ。」
一花「ちょっと!何で火に油を注ぐような事言うの!」
快人と向かい合って座っている一花は零斗の空気の読めない発言にハラハラする。
快人「あのねえ!言っとくけど、君たちが生徒会の権力が欲しいとか何だとか言うから」

零斗「それはそうと、ただいまより『PVP音邪対策会議』を始める。」
一同「賛成ー!」
快人「ズコッーー!」
空気が冷え切って追い込まれる中、零斗はそれ以上話を広げずに、強引に話題を音邪の話に切り替える。
快人「おい!いくら何でも話題の逸らし方が強引すぎるだろ!」

零斗「というわけで今回はゲストとして、音邪君の兄、清聴快人君にお越しいただきました。」

快人「よろしくお願いしまーす!」
レオン「よ!この世全ての善意!」
一花「圧倒的生徒会長!」
快人「ありがとう!皆ありがとう!って違う!何なのこの会議は!?」
零斗「この会議では、最近何かと話題で要注意な人物、清聴音邪が変身するサタンレイダーについて、皆で対策を考えていこうという会議です。
ではまず、個人の意気込みです。未来君からどうぞ。」

未来「はい!僕は、スピードに身を任せた攻撃で、清聴音邪を撹乱します!」
零斗「はいありがとう。明日から来なくていいよ。」
未来「は!?何でクビ」

零斗「では次、玲奈。」
玲奈「壁は作ってあげるわ。それ以上はしないけど。」
壁とは、玲奈のレイダーが使う攻撃から身を守る壁のこと。
玲奈はこの壁を作って攻撃を防ぎ、両手に取り付けてある剣のエネルギーを最大まで溜める時間を稼ぐことで、攻撃面において最強の剣を手に入れ、正しく無双状態となるのだ。

零斗「ああうん。もうそれでいいよ。じゃあ次、レオン。」
レオン「撃つ。」
零斗「◯ね。じゃあ次、奈義子。」

頭が悪い未来、負けることを嫌い、保身第一に立ち回る玲奈、敵を撃てれば何でもいいと考えるレオン。このメンツではまともな会話が続かない。
そんな中で唯一まともに答えてくれたのは奈義子だけであった。

奈義子「……そうですね。まあまず、私の影からの攻撃は必要でしょうかね。彼は一切隙がないですから。」
零斗「だろうな。」
奈義子「あとは、私は遠近両刀型なので、サポートに回って戦況を優位に保つために活動したほうが良いですよね。」
零斗「うん。」
奈義子「あとは……いざとなったら私が負けること覚悟で突っ込んで、そこに皆で特効で。」
零斗「そうだな。皆で一斉に突っ込むよりも、誰か一人に気を取られているところに他の奴らが突っ込んだ方が、有効打になり得るかもしれん。」
玲奈「ええ。前はあいつに特攻を察知されて、モンスターを囮にして逃げられたものね。」
未来「ああ。あいつは警戒心が強いからな。逃げ足も早いしよ。」
奈義子「……まあ、そんなわけで、私はそういう立ち位置で行きたいと思います。」
零斗「ナイス。あとで『たいへんよくできました!』のLOINEスタンプを送ってやろう。」
玲奈「いらないでしょそんなの。」

一花「ねえねえ!私も一言言っていーい!?」
一花はハツラツとした声で自分の意気込みを言おうとする。
零斗「お前のレイダーは近接に特化しすぎている割に、サタンレイダーと大幅なスペック差がある。せいぜい散っていくのが関の山だ。それじゃ。」
しかし勝てる見込みのない近接特化型のレイダーには用はないらしく、零斗は完全な塩対応だ。

一花「なんでさ!?」
快人「おい!何なんだこの時間!!種目決めようよ種目!」
延々と続きそうな『PVP音邪対策会議』に、快人が痺れを切らした。
零斗「おい。許可なく発言するな。それともう少し建設的な発言をしろ。」
快人「建設的でしょ!?うちの弟がどうのとか言う時間よりは!」
零斗「はあ……やれやれ。」
零斗は『こいつ何も分かってないな。』と言わんばかりの溜め息をついた。

零斗「分かったよ。じゃあ、最後に快人君。音邪を倒すためのヒントをどうぞ。」
快人「え?うーん、そうだなぁ…………無理、かな。」
零斗「無理?」
快人の発言に零斗は顔をしかめる。
"無理"とはどういうことだろうか。

零斗「……それはあいつに勝つ方法がない、ということか?」
快人「うん、何ていうか、あいつ強さがそもそも異常なんだよね。空手やってるし、音邪のサタンレイダーは度々強くなってるし。」
未来「え!?あのレイダーって強くなってんの!?」
今まで何度も音邪と戦った未来でも、音邪が裏で強化されているということは知らなかったようである。
快人「うん。特に理由とかなく、急に強くなるんだよ。例えば、あのレイダーの剣、『サタンブレード』なんかは……」

回想
音邪「ただいま〜。」

快人「お〜うおかえり〜。ってえ!?どうしたのその汚れ!?」

ある日の夜中、音邪が泥だらけで帰ってきた。
そのこびりついている泥は真っ黒で、意思を持っているような、蟲が這うような……そんな風に音邪の体にまとわりついて、うねうねと動き回っていた。
やれやれ、一体何があったのかと思ったよ。

音邪「いやー、何ていうか、目と目が合ったらモンスターバトル?あの文化止めたほうがいいね。」
快人「いやどういうこと!?」
音邪「それよりもさ、どういうわけか知らないんだけどよ、この泥みたいな奴さー、洗い落とせねえんだよ。困ってんだよなー、うるさいし。」
音邪も気色の悪い泥については不快に思っているようで、何とかしてほしいと思っているらしい。

快人「うーん、何ていうか、生き物っぽいし、キルコマンド使ってみる?」

説明しよう!
キルコマンドとは、マスターゲットレイダーに存在している、全てのレイドモンスターを特性、能力などに関わらず、確実に殺すための能力である。
故にもしこの泥が生き物だとしたら、泥は生命活動を停止し、死んでしまうということになるのだ!

音邪「おう。試してみてくれ。」

快人「オッケー。」

レイダーon、キルコマンド!

グシャッ!

快人「うわ!?」

音邪の体に張り付いてた泥が跡形もなく弾け飛んだ。

音邪「おっ、ラッキー!」
快人「ひ、ひいいい!やっぱり生き物だったんだ!」
あの時は本当に気味が悪かったなぁ……
で、明らかにおかしいから、音邪に何があったのかって聞いてみたら……

音邪「うーん。どう話せば分かるのか……まあいいや。順を追って説明する。

今日、俺はミッションをクリアして、ちょいと九州の方までマスターゲットレイダーで行ったんだ。
とあるレイドモンスターが島に現れるらしくてな。
まあ、残念ながら直前でいなくなったらしくて、無駄な移動になってしまったんだが……
それで、せっかくだし温泉にでも入りたいなと思いつつ、街中をブラブラしていたら……会っちまってな。
俺たちのような、『モンスターを引き連れている人間』に。」

快人「ええ?僕たち以外にいるの!?」

この発言には驚かされた。
この世界にモンスターを従えることができる人間は、僕たち未来人を除いてはいないはずだからね。

音邪「ああ。俺もそう思ったが、確かにいたんだ。何らかの理由で好かれているのか何なのか……それで、うっかりそいつと目を合わせちまってな。バトルになった。」
快人「ええ?どうしてだい?」
音邪「『目と目が合ったらモンスターバトル。』基本だろ?」
快人「いやだから何それ?何なのそのルール!?」

音邪「……そいつのモンスターはまあまあ強かった。
俺のモンスター達を軽々と追い詰め、圧倒した。なかなかやる奴だったぜ。まあ最も、俺の足元には流石に及ばなかったが。」
快人「え?質問無視?」
音邪「さて、まあまあ強かったモンスターに関しては、俺の天才的な戦闘センスでどうにかなったわけだが、そこからさらに問題があってな。」

あっうん、僕の質問は無視なのね……

快人はもう人生何度目かも分からない弟からの無視を食らった。

音邪「そのモンスター使いの名が『士郎』だった。」
快人「『士郎』?それがどうかしたの?」
音邪「ああ。次から次にと面倒事はやってくるものだと思いつつ……


俺は後ろから必殺技を叩き込んだ。」

快人「なんでさ!?」
音邪「?『士郎という名のつく奴はとにかく後ろから殴れ。』常識だろ?」
快人「だから何なんだよそのルール!?」
音邪「……あー、分かりやすく説明するとだな、『そういう奴はたいてい変なカードデッキを渡してくるから戦わなければ生き残れない!』ってこと。」
快人「偏見に満ちすぎてない!?」
この男、そんな意味わからない理由で人を殴ったのか!

音邪「まあその話は置いといて。」
快人「置いといていいの!?」
音邪「さらに大変だったのはそこからなんだよ。
その後温泉に入って、ちょっと体温まったから散歩しようかな〜なんて歩いてたら!
また遭っちゃったわけよ!モンスター使いに!」
快人「よく遭うんだね君という奴は。」
音邪「モンスター使いは惹かれあう!」

音邪は謎のポーズを決めた!

快人「うんごめんちょっと何言ってるか分からない。」
音邪「んでさあ〜、そいつのモンスターもマジで厄介でさ〜、攻撃バンバン撃ってくんの。もう〜、ウザさが究極。」
快人「じゃあ戦わなきゃいいんじゃ」
音邪「いや、話しかけられても目逸らし続けてたけど、モンスターに怪しいとか何とか言われて気づいたら死闘になってた。」
快人「そりゃそうでしょうね!!」

話しかけてんのに目逸らし続けたら、流石に怪しまれるでしょ……まったく。

音邪「まあ、でもあれだよね。そいつ、何というか、めっちゃ金ピカだったから……


やっぱり背中に必殺技を叩き込んだ。」

快人「どうしてだよ!?」
音邪「だって〜、『金ピカの奴は時間巻き戻したり瞬間移動したりするからとにかく後ろから』」
快人「もういいよそれ!!」
弟の後ろから殴ろう思考はどうにかならないのだろうか……
音邪「んで、あいつらを倒したら変な泥に見込まれて、ストーカーされてたって
わけ。あっ、そうそう。そんなことがあってバトってる時に、偶然空から降ってきたお土産がこれね。」

そう言うと急に音邪は玄関のドアを開けて、天に向かって手をかざした。

ソー◯ベント!

快人「ちょっと!今ダメな効果音出たって!」
音邪「ん?気にするなよ。これがそのお土産な。」
音邪は僕に禍々しい武器を手渡した。
快人「何?これ?」
音邪「『サタンブレード』。名前は俺がつけた。威力はそれなりで、俺のサタンプラグにも対応している。」
快人「えっ!?じゃあこれは……『レイダー用の武器』ってこと?」

レイダーの武器はプラグやデッキを取り付けることで必殺技を撃てるようになっているが、このサタンブレードはその類にあたるということだ。
つまりこれは『レイダーの武器』として、音邪の手元に降ってきた、ということになる。
音邪「いやー俺って、武器作る才能あんのかな?大変だったけど、何だかんだ収穫があったってところかねー。」
音邪は相当なナルシストであるため、この謎の武器は自身の力で手元に出せたと思っているらしい。

でも思うんだ。

音邪のサタンレイダーの武器の中に、そんな武器は存在しない。
いくら音邪でも、レイダーの機能の追加なんて、そう易々とできるものなのだろうか?
だから実は、『音邪も知らない何らかの理由で追加されたのではないか?』と、僕はそう疑っている。

音邪「快人、くうくうお腹が減ったぜ。飯をよこしな!」
快人「あー、はいはい。カップ麺でいい?」
音邪「ああ。いいぜ何でも。」

一体何が原因でこんなものが手に入ったのだろうか。
それについては謎だけど、こればっかりは音邪に聞いたところで仕方ない。
僕はこの疑問を胸にしまい、音邪を家に迎え入れた。

快人「……って感じで、メカニズムはちょっとよくわからないけど、ちょくちょく強化されているんだ。
そう言えばあの日から強化の頻度が多くなったなあ。
何か関係があったりして。」
零斗「……」
快人「ん?零斗?どうしたの?」
話を聞いていた零斗が押し黙ってしまった。
それどころか、側で聞いていた皆も皆黙っている。
快人「ちょっと、どうしたの皆?何で黙ってるの?」

零斗「……いや、すまん、あまりにも意味が分からなすぎて……皆して思考停止していただけだ。気にするな。」

サタンレイダー
HP 66600 耐久力1332 パンチ力666t キック力666t スピード 時速666km 

必殺技 サタンストライク!
パンチとキックによる打撃の威力を13発だけ2倍にする!!

零斗「……ちょっと話を整理するが、サタンレイダーは度々雑に強化されるし、変身者の音邪とレイダーのスペック自体も強い。だから音邪を倒すのは無理だ。こういうことか?」

零斗は冷静に今までの話をまとめる。
確かに音邪は多くの有利な点を持っている。しかしこちらは6人体制だ。
その程度のアドバンテージなら何とか超えられそうである。

快人「うん。あっでも、スペック差、技術差、洞察力……このあたりを埋めることができたら、もしかしたらいけるかもしれない。もしかしたら。」
零斗「ふむ、確率はどのくらいだ?」
快人「0.1。」
零斗「……すまん、今何と」
快人「0.1。」
零斗「……」
一花「あ、あのさ!1%!1%くらいはあるんじゃ」
快人「ないね、多分。一番恐れるべきなのは、音邪の成長性だよ。仮に音邪を倒すためにそこを頑張るとして、その頑張っている間にも音邪は強くなっていくわけだから相当厳しい。それにもし、対等な戦いまでこぎつけたとしても、多少苦戦する戦いになると音邪が成長しちゃう可能性があるから、結局負ける可能性は大いにある。だから、あるとしても0.1くらいかな。」
現実は一花の淡い期待を無情にも切り裂く。
スペックや技術の差を埋めて音邪に挑んだとしても、戦闘中に音邪の戦闘力が強化されていくということがかなりの確率で起こるので、最終的に大番狂わせが起こる可能性が高い。
むしろ挑めば挑むほど音邪を倒すハードルが上がっていくので、『不用意に刺激しないために勝負を挑まない方がいい。』という本末転倒な事態が起こっているのだ。
未来「じゃ、じゃあさ!お前の!お前のレイダーでどうだ!羽毛で何でも防げるし、スペックも上なんだろ!?」
快人「うん。でもほら、僕は中立だから。別に戦わないよ。」
未来「そ、そんな!そこを何とか!」

公式で最強と謳われるレイダーに変身できる快人に助けてもらおうとする未来だが、快人はPVPを端からしないつもりだ。
助けてもらうことなど不可能である。
快人「仮に同じくらいのレイダーのスペックで、同時にスタート、同じ速度で成長していくのであれば、まあやりようはあったと思うんだけど……色々な観点から見て最初から差がついている上に、成長速度さえも違うんだとしたら、それはもう絶望的だね。はっきり言って。」
レオン「なるほど。環境に恵まれてる『プレミアム努力するやつ』の方が、『ノーマル努力するやつ』よりも強い。そういうことだな。」
奈義子「何ですかプレミアム努力って……?」
快人「まあでもほら!運が味方してくれたらワンチャン、ワンチャンスあるかもしれないじゃん!さっきの、特効だっけ?まあ99.9%バレると思うけど、1000回に1回くらいの幸運を引くことができればさ!もしかしたらバレないでそのまま勝てるかもしれないじゃん!ね?」

未来「……」
零斗「……そんな幸運を、引き当てないと勝てないのか?」
快人「うん。甘く見積もって大体そのくらいかな。」
玲奈「甘く、見積もって?」
快人「うん。音邪レベルに強いなら多分気づくと思うよ、普通は。小細工を作る側だから見抜くの得意そうだし。」
レオン「……もちろん、チャンスは?」
快人「1回。それ以上になるとまた次のレベルに追いつかなきゃいけなくなる。で、多分そこでは大きな差が生じていると思う。」
奈義子「……」
一花「き、厳しいね、流石にム」

零斗「快人、陰キャと言って悪かったよそれと種目の方が大型決まってるんだ1に借り物競争2に台風の目3に!3にあの、ダ、ダ、ダンス?ダンスだったっけ?えと、えっとあの、あれだ!あの!」
快人「だ〜か〜ら!その無理に話逸らそうとするのやめろって!」
未来「強引にやり過ぎてしどろもどろになってるじゃねえか……ダンス最終種目だし。」
こうして、紆余曲折がありつつも、快人の班は無事に種目を決めることに成功した。
というより、この話が出る前に既に話は決まっていた。



一方、この生徒会を完全にバックレていた音邪は、

音邪「ふう、今日のミッションクリアだ。」
ミッションをクリアしていた。

ミッション
『友達と会食する。』 達成!

マスターゲットレイダーのスクリーンに大きくclear!の文字が表示される。

このゲームにはプレイする学生用に青春を味あわせるための『ミッション』が用意されており、マスターゲットレイダーはこれをクリアしないと使用不可である。
この仕様について、運営は「負のインセンティブでユーザーを動かすことは、ゲームとしてあってはならない。」と言って反対したそうだが、結局は文部科学省に押し切られてしまい、「仕方なくこの仕様をアップデートで導入する」という結論に至った。

音邪「やれやれ、不便な世の中だぜ。さて、いつものあれをやりますか!」
音邪はファミレスの駐輪場から自転車を出すと、自転車にマスターゲットレイダーの機能を行使した。

レイダーon、高速移動 対象 自転車

音邪はマスターゲットレイダーで自転車の物理法則を書き換えた。

音邪「よーし!出発進行!」
音邪が自転車に乗って漕ぎ始めると、まだペダルが回転し始めたばっかりだというのに、まるで登り坂を登ってしまいそうなほどの速度が出る。

音邪「うお!いつも思うけどやべえ!こいつはすげえぞー!」
音邪は広い道を漕ぎながらさらに自転車を加速させていく。
……一見この行為に大きな意味はないように思えるが、実はこれには大きな意味がある。それは
音邪「この異常な速度が出る自転車を運転して、新キャラの『世界の理』が守っている人間『特異点』を横切る。
『世界の理』は俺達が起こす世界の改変をすこぶる嫌う。
俺たちが『特異点』に『マスターゲットレイダーがなければ存在しなかった事象』を起こせば、世界の理は当然それを止める。『特異点』に自分の『マスターゲットレイダーを無効化する力』を分け与えてな。これで『特異点』にはマスターゲットレイダーの力が通用しなくなる。
しかしだ!今回俺は『特異点』でも何でもない『自転車』にマスターゲットレイダーを使った!
この状態の時に『マスターゲットレイダーによって成り立つ高速自転車が特異点の周りを走る』という現象を止めるためには、自分の力を分け与えるだけではなく、『自ら運転している人間を始末する』ということが必要になるわけだ。
そうすれば!いくら表舞台に出てこない、神様みてえな存在の『世界の理』といえど!俺の前に顕現しなくちゃいけなくなるわけだ!
今回俺は『世界の理』が産まれてくる『卵』を持っている!おそらくそいつが孵化する条件は、俺みたいな『本来世界に存在するはずがない事象を起こす』奴が現れているということだろうぜ!」

おい!私が解説しようとしているところに割り込んでくるな!音邪「うるせえ!やかましいぞこのクソナレーションが!」

……コホン!
と、このように、非常に回りくどい方法で『世界の理』を倒せる状況まで持っていこうとする音邪であった。

ちなみに、このような『自転車を漕いでモンスターの卵を孵化させようとするプレイヤー』のことを、世間では『モンスタークロック』(クロックは英語で廃人を意味する単語)、略して『モンク』という。

音邪「あぁ!?誰が廃人だとーー!?」

うるせえ!!!!


音邪◯ね……じゃなかった。

放課後の校庭
零斗「ようお前ら、今日は室内練だな。」
生徒会が終わり、部活動に戻った零斗。今日はどしゃ降りの大雨なので、野球部は室内で補強を行っている。
NPC A「よお〜零斗。見てくれよ。レアキャラを4体引き当てたぜ。」
スクワットをしながらスマホゲームをやる野球部の部員、龍我が狂気の笑みを浮かべて零斗を出迎えた。
零斗「お……おう。い、良いんじゃないか?」
NPC A「だろ?」
龍我は零斗にスマホを見せた後、またすぐにスマホをいじりながらスクワットを始めた。
一方の山梨は自分と同級の部員の頭のおかしい奇行を深刻な表情で見ている。
零斗「お、おい。あいつ、人として大丈夫なのか?トレーニング中にまであのザマなのは不味いと思うんだが。」
NPC N「あ、はい、もう彼は完全な依存症です。助からないでしょう。」
零斗「ま、マジか……」

NPC A「よし!スマホを持ったまま腕立て伏せするぜ!」
零斗・NPC N「!?」
零斗と山梨が振り向くと、龍我はスマホを両手に持った状態で体を支え、本当に腕立て伏せをしている。
零斗「あいつ……俺たちの世界から来てたり……してないよな?」
零斗は常軌を逸した龍我の行動に、一種の恐怖を覚えた。
零斗「まあ、あれだ。あいつはあいつの道を行く。俺たちは野球の道を行く。つまり、今は練習あるのみ、ということだ。」
NPC N「そ、そうですね……」
零斗「そう、それに、大切なのは形ではなく、中身だ。戦力さえあればそれでいい。ひとまずは……」
NPC N「そ、それで良いんですか?」
零斗「そうせざるを得ない。止められないからな。最善なケースがそれなんだ。」
NPC N「そっかぁ……できれば、心が通う状態で野球したかったんだけどなあ……」
山梨は友達のおかしな様子を見つめながら、静かな溜め息をついた。
零斗「よし。じゃあ始めるぞ。1!2!……」
零斗は軽やかにバーベルを上げ、完全なゾーン状態に入った。そしてその後も、室内練習のメニューを黙々とこなし続けた。


そして3時間が経過!
零斗「58623……58624……」
NPC N「いや長いって!もうそろそろ部活終わるって!」
零斗「ん?ああ、そうか。流石に一セット各トレ5万だと、もうそろそろ終わりか。」
NPC N「いやおかしいって!?そのメニューで3セットもこなせるのもおかしいって!」
零斗、3セット目にして、ついに部活が終了。

一方その頃龍我は
NPC N「NOーー!このクエスト周回するのだるすぎるーー!おかしいってーー!(精神的に)きついーー!」
スマホゲームの周回を発狂しながらも取り組んでいた。

零斗「おい、あいつだけおかしくないか?」
NPC N「両方おかしいっす!!両方!!」
零斗「ん?いいか山梨。こういう読者にとって絵にならなくてカットされるような努力が大事なんだ。そんなんだから名前が『山がない』なんだぞ。」
NPC N「名前関係ねえだろ!?」
零斗「というわけで、俺は友達をぶっ◯しに行ってくる。それじゃ」
NPC N「何で!?何で今の流れでそうなった!?」

山梨は、こんなカオスな人が部長という事実に一人打ちひしがれていた。
そして龍我は、それとは特に関係なく、心を無にしてゲームの周回をやっていた。


喫茶店
一花「おっ、見てみて。零斗の青春スコアの伸びが止まってる。」
下北沢にある、とあるお洒落な喫茶店。一花と奈義子は青春スコアを稼ぎにそこに来ていた。
奈義子「珍しいですね。雨だからでしょうか?」
一花「まあ、どうだろうね。青春って言葉を聞くだけで頭…………というか全てが壊れちゃうんだから、今日がたまたまその日だったんじゃないの?」

半分当たりである。

奈義子「でもチャンスですよね!いつも負けてますけど今日くらいは!」
一花「そうだよね!!青春スコア、今日こそ初めて零斗に勝てるかも!」

彼女らが言う青春スコアとは、その名の通り青春していると溜まるという何とも曖昧なゲームスコアのこと。
その存在は謎に包まれており、どういった行いをすると上がるのか、『青春』の定義がどうやって決まっているのかというところが、未だ判明していない。
公式の運営側もその実態は把握できていないらしく、曰く『青春のデータを持っているAIに、全ての判断を任せている』とのこと。
故にこのスコアを着実に上げることはかなりシビアだが、『上がる可能性の高い行動』というものは発見されており、多くのプレイヤーはその行動で何とか稼いでいる。
一花「よーし!じゃあここで何か話そう!wokiによるとそうしてれば上がるみたいだからー。」
奈義子「そう、みたいですね……えーっと、何の話をしましょうか?」
一花「そんなの、『いかに青春スコアを楽して稼げるか』についてに決まってるでしょう!」
奈義子(何かすごくスコアがだだ下がりしそうな内容!!)
もう既に成功しなさそうな人の発言をしているが、もちろん一花は総合青春スコアランキング最下位の常連である。
一花「ていってもあれだよねー。この手の話題で良い答えが出たこと、一回もないんだよねー。」
奈義子「そう……ですよね。」

このゲームの攻略班でさえ手を焼く値を楽に稼ぐなど至難の業。
当然二人の永遠の問いに答えなど出るわけがなかった。
一花「やっぱり素人がどう足掻こうと、あの値の仕組みを割り出すっていうのは不可能なのかな〜。出せたら大分楽なのに。」
奈義子「まあ分かっても、その結果が必ずしも良いものとは限りませんけどね……」
一花「だね〜。でも、ないよりはマシだな〜、やっぱり。頼れるものが何もないし……思うように、皆みたいに伸ばせないし……」

一花は自然な笑顔で奈義子に話かけているが、その様子はどこか寂しげだ。
性に抗えず、他人ができることができず、常に不安が付き纏っているのだから当然だろう。
そんな一花を見て、奈義子は少し切ない表情を顔に浮かべた。

一花「ん?あっ、ごめんね!?昔から感情がすぐ顔に出ちゃって。」
奈義子の表情を見て察したのか、一花は慌てたように奈義子に謝った。

奈義子「分かりますよ?私は一花ちゃんと似た者同士ですから。」
一花「奈義子ちゃん……」
奈義子は一花の心が少しでも癒えるように、優しい声色で言葉をかけていく。
奈義子「私たちにとっての意志って、きっと命みたいなものなんですよ。
侵されそうになったらどうしようもなく恐ろしくなって、意地でも抵抗して……きっと、そうやって皆必死に生きているから、青春とか、そういうことを考えたり、義務を遂行したりする時間がないんですよ。」

未来人たちの精神の中には、自己の方向性を決定づける『個性』がある。
そこから逆らっていける未来人はいない。
だからこそ、一花はいくら青春スコアを稼ごうと思っても、そうはできなかった。
彼女の中にはとても強力な帰巣本能が『個性』として備わっていたからだ。

奈義子「でも、いくら意志に逆らうことがあるからって、ずっと無視し続けることなんてできないはずです。いつかは向き合わなければいけない。だから、今できることを少しずつやっていく必要があるんです……あっ。」

一花の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。

奈義子「あっ、えっと!ごめんなさい!別に一花ちゃんを追い詰めたくて言ったわけじゃ」

一花「すごい!感動した!」

奈義子「えっ!?」
一花はボロボロと涙を流しながらいかにもジーンとした、といった感じの顔をしている。
奈義子「あっ……はい。それは良かったで」
一花「私は私のままでいいってことだね!!」
奈義子「はい!?」
一花はこれまた、盛大に自分に都合がいいように奈義子の話を曲解した。
奈義子「い、いやいや、別にそうは言ってないですよ?だって、何もしなかったら何も変わらないじゃないですか?」
一花「ん?ああそれはそうだね。じゃあ写真撮ろう!」

奈義子「はい!?」

一花「ハイ!チーズ!」

パシャリ

一花は奈義子を無理矢理自分の方に引き寄せると、自分のスマートフォンで奈義子とのツーショット写真を撮った。

一花「よーし!!これで一応"動いた"ぞー!もうこれで私は無敵!」

奈義子「いやどこがですか!?いきなり撮っちゃったので写真めちゃくちゃブレてますけど!?」
一花「細かいことは気にしないの!撮っておけばスコアの足しになるんだから。いやーそれにしても、ありのままでいいって思えてよかったーー!
ありがとう奈義子ちゃん!やっぱ個性を大事に!皆違って皆いい、だよね!?うんうん!」
一花は謎の曲解をした挙げ句、奈義子の話もろくに聞かずに勝手に現状に満足してしまっている。
奈義子「社会と折り合いをつけられない『個性』はむしろ害になり得ますけどね……」
一花「ん?奈義子ちゃん何か言った?」

奈義子「いえ、何も……」

奈義子はすっかり元気になった一花を見て、深いため息をついた。しかし一方で、何だかんだ元気に笑顔を振りまいている彼女の方が、一緒にいてほっとするとも思った。

そして一花とのブレているツーショット写真は今、奈義子のスマホの待ち受け画面になっている。

ゲームルール
世界には、まだ見ぬ謎が星の数ほどある。

次回予告

よっす皆!オラ音邪!
あれから頑張って、自転車漕いだんだけどよお!
世界の理ったら全然出てくれねえんだよ!おかしいよなあ、あのゴm……じゃなかった、つ、強い神様よお!本当イカれてるよお!
さて、次の話はオラが活躍する回だ!
次回 enter the blue spring 第13話
『伝説のスーパー未来人!!音邪の歌が世界に響く!』
絶対見てくれよな!



……やばい。久しぶりのモノマネすぎて前より下手になってるわ。


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