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毒あがき


私の両親は毒親だ。


「◯◯大学に行くのよ」
そのためにはこれをしなさい、あれをしなさい。
「こんなことしちゃダメ。バカになる」
親にゴールを決められて、それに向かって
2歳からスパルタのお勉強が始まった。


両親はどっちも自宅で仕事をしていたので、
私は四六時中親の監視下にあった。


恐怖の始まりは5歳のある日、
両親が珍しく家を空けた。
私にとって初めてのチャンスだった。
決められたお勉強をやらず、
気が済むまで遊び呆けた。

庭で遊んでテレビを見て自転車に乗って、
テレビを見ては寝転がって、、
めちゃめちゃ楽しかった。
普通の5歳の1日に幸せを感じた。

両親が帰ってきた。

ばれた。
勉強をしなかったことがばれてしまった。

鬼のような形相で罵られ、
漢字ドリルをビリビリにやぶられ、
大事なおもちゃは、全部ゴミ箱に捨てられた。

家の外の柱に3時間縛られ、
傘が壊れるくらいお尻を叩かれ、
夜中車に乗せられ、ひとけのないところに
置いてけぼりにされそうになった。

親の言いつけを破る=恐怖 がインプットされた。

それから
絶対服従の日々が続く。


中学になると
席次が7番だったのに
「なんで1番じゃないのよ!!!」
「お姉ちゃんはずっと1番だったのよ!」
と言われた。


90点台だったテストの点数も
なんで100点じゃないのか、と言われた。

結果がどうであれ、
やったね!もしくはドンマイ!と言いあって
笑ってハイタッチがしたかった。


両親は末っ子の私に賭けていた。
姉や兄が達成できなかった事を、
ヒステリックになりながら期待していた。

高校・大学生活、アルバイト先、就職先も、
全部親のお伺いをたてて決めた。
親の機嫌が全てだった。

自分の親がおかしいなんて気が付かない。
親がおかしいというより、
自分がダメな子なんだという認識で育っていった。


周囲にNoが言えない大人になり、
自分が嫌いになり、メンタルが崩壊していく。

39歳になった今もまだ苦しんでいる。



子どもは親の道具じゃない。
親の期待通りに生きていかないといけないのか。

私は、自分の親と同じことはしない。
勉強なんてスポーツなんてできなくてもいい。
学歴がどうとか、年収がどうとか
親が勝手に押し付けることじゃない。

我が子には好きな事を見つけて欲しい。
自由に育って欲しい。


毒は繰り返さない。私で止める。
ここで誓う事で、
私に存在するかもしれない毒親素質を
ゼロにできそうだからです。



読んでくださり、ありがとうございました。

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