「ピアノ界のジェンダーバランスへの取り組み」問題(リーズ国際ピアノコンクール2024)[3]
ピアノは男性に有利な楽器なのか?
今回のリーズ国際ピアノコンクール、ひとつ気になるのが、「ピアノ界のジェンダーバランスに関する問題」を取り組むべきテーマとしている点です。
長らくピアノ界で続いてきたジェンダーバランスの問題に今こそ真剣に取り組むべきだということで、予備予選でのブラインド審査、審査員への無意識のジェンダーバイアスについてのワークショップも行われたとのこと。
確かに20世紀の巨匠といわれるピアニストは、割合でいえば圧倒的に男性が多い。
外で働くのが男性だったという性役割分業的なことの影響もあると思いますが、そもそも現代ピアノが男性の体格向けに作られているから、体や手の大きい人の方が有利だというのもよくいわれることです。
もちろん小さければ、小さいからこその表現が可能なわけですが。
とはいえ、男性が秩序を取り仕切る業界で、男性がどんどん上に行ける構造が固定化していった、というところはやはりあるのかもしれない。
現代は昔ほどではないにしても、やっぱりいわゆる第一線でひっぱりだこのピアニストというと、男性の方が多いのが現状です。
特に日本の市場だと聴衆に女性の割合が多いから、男性ピアニストに人気が集まり、そうするとメディアも取り上げるので、露出が増えてますます人気が高まるという連鎖があります。
コンクールの場で男性の入賞者が多いのはなぜなんでしょう?
そして、男女ともにピアニストたちが注目されるきっかけの一つは、やはりコンクールでの成功です。そういった場で男性がトップに立つことは、やはりなぜか多い。
ふと気がつけばコンクールのファイナリスト6人全員男性だなんていうことは珍しくありません。この前のクライバーンコンクールなんて、最初の時点で、30人中女性は2人しかいませんでした。
さて、それではこの現象がどうして起こるのか? 本当に男性のピアニストが優れているからそうなるのか、それとも審査の過程で何かのバイアスがかかるからそうなるのか。
今回のリーズ国際ピアノコンクール、その問題に取り組もうということなのだと思います。
具体的にはこんなことがとり行われます。
一部のジェンダー絡みの審査ルールを抜粋してご紹介しましょう。
[音源によるプレセレクションの審査]
・演奏者の情報を明かさず、ランダムに並べた音源を聴く”ブラインド”審査となる。
[2次予選の審査]
・審査の集計結果をみて、セミファイナリスト10名が片方の性別のみになった場合、もしくは男性に対する女性の比率が著しく低い場合、再投票となる。
・同位が出た場合は、次に進むコンテスタントのジェンダーのバランスを明かしたうえで、追加の投票のプロセスを行う。
[セミファイナル]
・審査の集計結果をみて、ファイナリスト5名が片方の性別のみになった場合、もしくは男性に対する女性の比率が著しく低い場合、上位3名をファイナリストに確定して名前を明かしたのち、残りの2名を再投票で選ぶ。
・同位が出た場合は、次に進むコンテスタントのジェンダーのバランスを明かしたうえで、追加の投票のプロセスを行う。
・これらの行程を経てさらに全員が男性になった場合、この結果を受け入れるかの投票を行う。Noが多数の場合は4位、5位の再投票を行い、これを最終決定とする。
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いやー、なんだかすごいですよね。
これだけのことをしてようやくジェンダーバランスが改善されるのか、ととらえることもできるし、なにがなんでも女性を残すためのルール設定ととらえることもできるような。
今話題の逆差別と騒ぐ人が出てきそうな気もしないでもない。
ただ、今回のコンテスタントの男女比を見ていると、こんなことをしなくてもあっさり一発で結果が出る可能性が高いように思いますが。
というか自分が女性として出ていてこれをされたら、逆にそんなことしなくていいから!そんな措置取られたら、それのおかげで通ったと思われちゃうじゃないの!って感じそう。
いやでも現実に女性だからという理由でチャンスをもらえない経験をたくさんしてきていたら、そうは思わないのかな。
いずれにしても、純粋にラッキーと思うことはできない感じの規定ですよね。
女性として苦い思いをしてきたからこそ、これを“あるべき措置”として受け入れる、ということはあるにしても。
そもそも、コンクールの審査は旧式の会社の面接じゃないんだから、ここで選んでもすぐに寿退社しちゃうかもしれないなとか、女性は産休をとるかもしれないから、なんて理由で素晴らしい才能を落とすことはないはず。
となるとそもそも、何が原因で生まれるジェンダーバイアスなのか?? 女性はいい音楽ができないという思い込みのバイアス? なんだそれ?
いろいろ考えますな。
ただ、前にある女性ピアニストと話していて、キャリアを積むという意味で女性ならではのタイミングの問題があり、第一線で演奏活動する人の比率に差が出るのかもしれないというのは思います。
彼女は20代半ばでコンクールをぬけられたしキャリアが早々安定したから、こうしてあっさり産休をとることができたと。それでも戻ってくることへの不安はあったと。
さらにいうと20代後半というのは、コンクールの年齢制限ギリギリの年齢でもあるわけです。
キャリアのために最後の一踏ん張りをしたい年齢と、結婚や出産のタイミングが頭をよぎってくるタイミングが重なってしまう、という。
それこそ前述のクライバーンで30分の2の女性から銀メダルになったアンナ・ゲニューシェネさん(ルーカスの奥様)は、妊婦さんとしての挑戦でしたよね。
直前まで辞退するつもりだったところからの快挙でしたが、海外に移動し、慣れない場所で生活しながらストレスを感じつつ舞台に立って、さらに結果を残そうとするだなんて、いくら芸術のためだとはいえ、改めて厳しい選択だったと思います。
両方同時進行するのは本当に難しい。
この後どんな展開になるのか、見守りたいと思います…
と、少し話はそれましたが。
今回のリーズ国際ピアノコンクールはこのように、ジェンダーバランスへの取り組みを一つの大きなテーマとしています。
ちなみにブラインドで行った予備予選の結果は、女性が31%、2次に進んだコンテスタントは女性が38%(男性15人、女性9人)で、「増加したということは、ブラインド審査や審査員へのトレーニングの成果が反映されている」というのが、コンクール公式の見解だそうです。
そのままそう捉えていいのかはちょっと考える必要がある気がしますけれど。
日本でも最近、大学受験などの場面でのこうした措置が話題になったばかりですよね。こちらのケースは、女性の枠をあらかじめ確保するという対処法だったと思いますが(インドのカーストによる不平等の問題のためにもとられていた対処法です。結局、上位カーストによる大規模なデモが起こってましたけど)。
あともう一つ、今やLGBTQの人の生きやすい世の中を…といっている最中に、じゃあこの人の性別どうとらえるの?というややこしい問題が起きませんかということも結構気になってます。
実際ショパンコンクールでも、一回目と二回目の参加で外見的な性別に変化があった子もいましたから。
フィジカルの差が大きく影響するスポーツの世界では問題にせざるを得ないトピックスだけれど、楽器による芸術表現というそこから解放される場で、あえてこの問題を取り込むことになるんじゃないかと。
まあ、そういうケースが起きたらそこでまた検討して学んでいけばいいのかもしれないけれど。
と、さらに話がどんどん逸れていきそうなのでこのくらいにしますが、
今回のリーズがどんな結果になるのか、どんな議論が展開するのか注目していくことで、いろいろと考えるきっかけになりそうです。
もうちょっと考えをまとめてわかりやすく書いたほうがよいトピックスだと思いますが、コンクールの序盤でこのお話は出しておこうと思って一気に書きました。話がしっかり整理されていなくてすみません!