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雑感

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本とか、本以外のいろいろなことについて。
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#SF

ナメクジ vs 素っ裸の地球人、そして読書の喜び ―― ロバート・A・ハインライン『人形つかい』

* 2016年は「たくさん読む年」に  私が初めて「小説」というものに激しく感動したのは、中学校の授業で読んだ「伊豆の踊子」(川端康成)だったと思う。「子供なんだ。私たちを見つけた喜びでまっ裸のまま日の光の中に飛び出し、爪先きで背いっぱいに伸び上がるほどに子供なんだ」に心を射抜かれた。言葉ってすごいんだな、と。以来、文学部、文学系大学院、古本屋、記者業と、振り返ってみれば十数年間にわたって「言葉」と関わる道を一貫して(=偏って)歩んできた(=流されてきた)。ただ、「言葉」に

出会えたかもしれないのに出会えなかった本のことを想像するのは悲しい

 海外の映画や小説がひどい邦題で公開・刊行されることがしばしばあって、世の中には、そういうことに対していちいち怒る人とあまり頓着しない人の2種類がいる。私は自分でも嫌になるほど間違いなく前者であり、たとえば『恋はデジャ・ブ』(※)のことを思い出すたびにイライラする。前回のブログで取り上げたフィリップ・K・ディックの "Second Variety" にも、実は「変種第二号」のほかにもうひとつ「人間狩り」という意味不明な邦題が存在するのだが、そのことについて考えてイラつくのも嫌

SF礼賛、あるいはなんとなく救われたい願望について

■ SF、といっても食べ物の話  先日、“ 町のおそば屋さん ” という感じのそば屋でそばを食べていたら、厨房から怒鳴り声が聴こえてきた。そこは家族経営の老舗で、発端はどうやら大将のやり方に息子がケチをつけたことだったらしい。しばらく小声の言い合いが続いた後、客席にまでクッキリ聞こえる「仕方なく継いでやるんだ」で本格的な戦いの口火が切られた。大声の「そんなら出てけ」に「ああそうするよ」が続き、2人を必死で止めるおかみさんの声も入り乱れて収拾がつかない罵倒の応酬に突入、ついに