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出会えたかもしれないのに出会えなかった本のことを想像するのは悲しい

 海外の映画や小説がひどい邦題で公開・刊行されることがしばしばあって、世の中には、そういうことに対していちいち怒る人とあまり頓着しない人の2種類がいる。私は自分でも嫌になるほど間違いなく前者であり、たとえば『恋はデジャ・ブ』(※)のことを思い出すたびにイライラする。前回のブログで取り上げたフィリップ・K・ディックの "Second Variety" にも、実は「変種第二号」のほかにもうひとつ「人間狩り」という意味不明な邦題が存在するのだが、そのことについて考えてイラつくのも嫌なのであえて触れなかった。なのにやっぱりまたこうして考え始めてしまった。こうなったらしばらく考え続けるしかない。

「内容はおもしろいのだからまあいいじゃないか」という向きもあるかもしれないが、ことはそう単純じゃない。私は「変種第二号」というタイトルに惹きつけられたからこそあの素晴らしい作品と出会うことができたのであって、目次に並んでいるのが「人間狩り」とかいうつまらなそうなタイトルだったら、そのまま本を閉じておしまいにしてしまったはず。もしすべての訳本で「人間狩り」の方が採用されていたら、私は "Second Variety" とは一生出会えなかったかもしれないのだ。そう考えるとかなりむかつく。あ!ということはこれまでに自分は変な邦題のせいで素敵な作品との出会いをいくつもフイにしてきたのかもなあ、と考えるともっとむかつく。もちろん、すべてが変な邦題のせいではないにしても、なにしろタイトルは本の顔だ。背と面に何がどう書いてあるかがまずはすべてなのだ。

 人は出会うべき作品とは、それがどんなに変な名前でもたぶん出会うべくして出会うものなのだ、と割り切ってみるのもいい。でも当たり前だけど人生は有限だから、なるべくなら素敵な出会いをたくさん重ねたいと思うのが人情である。そして、その出会いの可能性を少しでも減じるかもしれない要素は人生の敵だ。今から10年以上前のこと、大学の授業である映画評論家が「もう自分は老い先短く、無駄なものを見たり聞いたり読んだりしてる暇はまったくないので、映画でも本でも日々慎重に選んで時間を大切にしている。だからクソみたいなレポートは絶対に書いてくれるな、読みたくない。というか読まん!」という意味のことを吐き捨てるように言っていたのを思い出す。クソみたいなレポートでもがんばって読むのがあんたの仕事だろうが、と当時は思ったし今でもそう思うけれど、その人は2年半ほど前、60歳で亡くなってしまった。彼の晩年にはどんな出会いがあったのだろうか、もうちょっと長く生きていろんなものと出会いたかったのではないだろうか。

 そんな考えてもキリがないことを考えつつ、人でも本でも映画でも音楽でも、出会い方ってすごく大事だなとあらためて思った。古本屋というのは、まさに人と本との出会いの場だ。新刊書店と違って古い本から新しい本までごちゃまぜに取り扱うし、いつなにが入荷するかわからないし、店主の趣向がダイレクトに棚に反映するので、来店する誰もが思いもよらぬ出会いの可能性を期待している。そして日々いろんな人が勝手に静かに何かと出会っていく。

 すこしでも多くの出会いを生みだせるよう、がんばらねばなりませんね。がんばろう。


 ちなみにアマゾンで「変種第二号」を検索してみたら、ハヤカワ文庫でちゃんとかっこいい表紙で新しく短篇集が出ていた。↓

『変種第二号 ディック短篇傑作選 (2014、早川書房)

 さすが。これならたくさんの人に素敵な出会いが訪れそう。この新しいシリーズの表紙はぜんぶかっこいいので、本屋で見かけるたびに買いたくなる。が、一冊買うとどんどん集めてしまいそうなので我慢してます。訳のほうは昔の版と同じなんだろうか? 今度とりあえず立ち読みしてみよう。


※『恋はデジャ・ブ』
――何をやっても明日が来ない。何度目覚めても2月2日。同じ日を延々繰り返してしまうビル・マーレイ主演のコメディ映画。原題は "Groundhog Day" 。この素晴らしい作品に腐った邦題を付したどこかの誰かが、いまなお後悔の念に苛まれていることを切に祈る。あたしゃ許さないよ。


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