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来週の相場見通し(2/27~3/3)簡易版

1.はじめに

今週はレポートをお休みする予定であったが、最近はこのブログを見てくれる人がかなり増えたので、簡易版になるが、気になっているポイントだけ、まとめておこうと思う。時間がないため、チャートもなく、説明不足になる点はご容赦願いたい。また金曜日のPCEも確認する前段階なので、状況が変わっている可能性もある。さて、今週のキーワードは、「レッドライン」だ。

2.地政学リスク(レッドライン)

① ミュンヘン安全保障会議

中国の偵察気球が米国領空内に侵入し、これを米国が撃墜したことで、ブリンケン国務長官の訪中は延期となった。こうした中、ミュンヘン安全保障会議でブリンケン国務長官と中国の外交トップである王毅氏の会談が実現した。重要な点は、中国との関係を改善させたい米国が中国に会談を依頼し、中国側がこれを容認したという構図である。
ブリンケン国務長官からは①偵察気球を二度と米国内に侵入させないこと、②中国のロシアへの戦略物資の供給を止めることが主張された。この①については当然であろうが、②については一般的には「中国は武器をロシアに支援していた?」という反応ではないだろうか。中国のロシアへの武器支援については、もちろん中国側は否定している。昨年の中国とロシアの貿易取引は過去最高に拡大しているが、主にはエネルギー取引が中心である。ウクライナのゼレンスキー大統領も、中国がロシアに武器を供与していることは否定している。しかし、ブリンケン国務長官は、CBSニュースで、「我々が入手している情報では、中国がロシアへ致死性のある支援の提供を検討している」とし、その場合には「普通ではない制裁を課す」と発言している。リンダ・トーマスグリーンフィールド国連大使は、「中国の対ロ軍事支援はレッドラインになるだろう」とまで踏み込んでいる。仮に中国に制裁を課す状況に発展した場合には、マーケット的には大きなリスクとなる。今のバイデン政権は、中国に対しては単独制裁ではなく、同盟国と協調して制裁を発動し、抜け穴を塞ぐ手法を取るため、制裁の内容次第では、世界経済に大きなリスクとなり得る問題だ。但し、昨年の米中貿易取引額は過去最高を更新しており、米中の貿易関係は深い。欧州も対中貿易を重視しており、中国を経済的にデカップリングさせることは徒労に終わりそうだ。

② バイデン大統領のウクライナ・サプライズ訪問

バイデン大統領がウクライナにサプライズ訪問した、紛争地帯に訪問したことは、バイデン氏の功績となる。この訪問で注目したいのは、バイデン大統領のキエフへの移動手段である。報道によれば、ポーランド国境から10時間の列車の旅でキエフを訪問し、キエフに数時間滞在したのちに、また10時間かけてポーランドに戻ったとのことだ。なぜ、世界一忙しい米国の大統領が、これほどの時間を費やしたのだろうか?飛行機なら、大幅に時間を短縮できるのに。これは、他に選択肢がなかったからだ。すなわちウクライナ全土の上空はロシアが制空権を完全に握り、飛行禁止区域に設定しているのだ。ロシアはウクライナ西部の鉄道の運行を許可しており、これまでキエフを電撃訪問しているEU側の要人などは、全て列車でキエフに入っている。ウクライナ戦争は、ロシアの思い通りに進行していないことは確かであり、ロシアが苛立って、戦術核を使用するなどエスカレートすることが懸念されているが、実際には戦争は膠着したままだ。ロシアが核を使用するのは、ロシアにとって何の得もないからだが、そもそも制空権を抑えている間は、そんなエスカレート戦略を取る必要もないのだろう。(全くの私見だが・・・)このウクライナ戦争は、西側の武器援助はエスカレートしている。今年の年初から急に戦車の支援も決まった。ウクライナは西側に戦闘機の供与を要求してる。戦闘機はパイロットが必要であり、戦車よりも簡単ではないが、それでも西側が戦闘機を供与する状況になれば、それはロシアにとっての西側のウクライナ支援のレッドラインとなるではないだろうか。私は、投資の立場で言えば、ウクライナ戦争を理由にポジションを変更していない。すなわち、この戦争の直接的なリスク要因を無視しているとも言える。もちろん、戦争による食料価格上昇やエネルギー価格への影響などの間接的な影響は警戒しているが、今春に戦闘が激しくなるからといってリスク量を抑えるわけではない。但し、西側が戦闘機を供与する事態になれば、いったんリスクポジションは落とさねばならないと考えている。私にとってもレッドラインである。

③ 台湾問題

米国の議員の台湾訪問が相次いでいる。2月に入り、チェイス国防副次官補が台湾を訪問したほか、カンナ下院議員が率いる4名の超党派議員も訪台した。マッカーシー下院議長も春にも訪台を計画していると報じられている。また、米国は向こう数カ月で台湾に100人~200人の将兵を駐留させる予定だ。台湾には米国の大使館はないが、実質上の大使館である米国在台湾協会(通称AIT)があり、この警備を米国の海兵隊などが警備している。1年前は約30名だったとされるが、これを大幅増員させる予定だ。米国は昨年末の23年の国防授権法(NDAA)の中で、別途提出されていた「台湾強靭性促進法案」を成立させており、24年の台湾総統選を前に台湾への関与は強まっている。
難しいのは中国共産党の判断だ。市場では、23年のリスク要因として台湾問題を挙げる人も多いが、私は台湾問題は今年の市場のリスク要因ではないと考えている。習近平政権のベストシナリオは、来年の台湾総統選挙で親中の国民党が勝利し、台湾と中国は数年かけて友好関係を深め、台湾側の意思による住民投票で平和裏に統一を進めるというものだ。逆に言えば、来年の台湾総統選で民進党の頼清徳氏が勝利した場合は、台湾リスクを考える必要がある。台湾総統選の前年である今年、中国が台湾に強硬策を取ることは、民進党の票を増やして、国民党に逆風となることは明白だ。それは香港の事例で証明されている。ゆえに、中国が米国の台湾関与に関して、どこまで我慢できるかが今年の重要なポイントとなる。恐らく、マッカーシー下院議長の訪台くらいでは、中国側のレッドラインではない。レッドラインは、民進党の頼清徳氏が次期総統になり、独立に向けて動くときだろう。但し、中国にはこういう時のためのカードがある。それが「北朝鮮カード」である。

④ 北朝鮮のICBM発射実験

北朝鮮がICBMの発射実験を行った。トランプ前大統領時の米朝首脳会談以降、北朝鮮は核実験と米国が射程距離となるICBM実験は控えてきたが、ついに動き出した。核実験を再開する可能性も相応にあるだろう。核実験は、米国にとってのレッドラインである。しかし、バイデン政権は、ウクライナ問題と対中問題で、北朝鮮に関与している余力がない。北朝鮮問題は、米国の外交政策を躓かせる小石である。米国はこの小石に躓いていると、他の外国政策に携わる外交リソースを奪われる。米国がロシアや中国への圧力を増すにつれて、北朝鮮の危ない外交もまた加速する。北朝鮮が核実験を行うと、バイデン政権は無視できなくなるだろう。無視してしまうと、トランプ前大統領を勢いずかせることになる。トランプ氏は大いに叫ぶだろう。「私が大統領なら、こんなことには決してならなかった」
市場では北朝鮮のミサイル実験には、もうほとんど無反応であるが、核実験を行う場合には、さすがにリスクオフで反応すると思われる。台湾問題で米国が中国を刺激すればするほど、直接介入したくない中国は、北朝鮮にミサイルや核実験などの狼藉を働かせて、米国を躓かせる戦略を取る。これが、私見ではあるが、台湾問題と北朝鮮問題の関係性だ。

⑤ イランのウラン濃縮度

中東ではイランがウランの濃縮度を84%まで進めた可能性があると報じられている。ウランの濃縮は3~5%で原子力発電用、90%以上で核兵器使用とされており、今般の84%濃縮はイランが核兵器保有国となるリスクを示唆している。イラン核合意が成立された際に、イランはウランの濃縮度の上限を3.67%に制限されていたことを鑑みると、これが意図的なものなら、相当に危険な状態だ。
この状況を現在の強硬なイスラエル政権が看過するとは思えない。既にレッドラインぎりぎりだと思われる。昨年末に復活したイスラエルのネタニヤフ政権は、公約である大胆な司法改革が進まないことや、意見の異なる連立政権の対立で混乱している。厳しい歴史を歩んできたイスラエルでは、イランの脅威で国家の安全が損なわれた際は、安全保障の一点で団結する国だ。ネタニヤフ首相は百戦錬磨の政治家であり、イランの核保有を阻止する目的で先制攻撃を行う可能性は十分あるだろう。市場においては、ウクライナ戦争の真っ最中に、中東でイランとイスラエルの緊張が高まると、エネルギー価格や食料価格の急騰で反応せざるを得ず、コスト・プッシュ・インフレへの懸念が強まるだろう。とりわけ、世界中で大幅な利上げをして金利の水準が引き上がっているなかで、ここからコスト・プッシュ・インフレが発生する場合は、世界的なスタグフレーションリスクが意識されるだろう。
このように、今のところ市場が無視している地政学リスクはじりじりとレッドラインに向かっている。私は、ヘミングウエイの「Gradually, then suddenly徐々に、そして突然に)」という言葉が好きだ。これは人が無一文になっていく状況を示した言葉だが、市場でも色々なこと、特にリスク関連については、「徐々に、そして突然に」が起こるのを何度も見てきた。リスク管理の名言だと思う。

3.その他の関心事

① 米金利の上昇

前回のレポートで、米金利のここからのポイントは短期金利から中期金利になるだろうと書いた。その中期債の入札が今週行われた。5年債の入札は投資家の堅調な需要が確認された。ひとまず安心材料だ。7年債の入札は、まずまずといった状況だ。昨年のパニック的な金利上昇とは異なる。
昨年の米金利上昇の特徴は、①ターミナルレートへの不透明感、②インフレへの不透明感、③短期金利上昇、④流動性低下、⑤大規模な米債損切りによる需給悪化であった。現在は、①も②もある程度見えている。③も織り込み済みだ。⑤は昨年かなり処理されただろう。こうなると、④の流動性が非常に重要となるが、足元の入札や市場の状況は、今のところ流動性が大きな問題になっていないことを示している。債券市場の流動性が低下してくると、昨年のような金利上昇→株安になりやすいので要注意だ。もっとも、この先に米国は債務上限問題を控えることを忘れるべきではないが。

② 米国の異常な気象状況と今後の経済指標への不安

今週は、米国で冬の嵐と、南東部での異常な暖冬が同時発生している。北東部では大雪となり、オレゴン州の南からカリフォルニア州では冬の嵐と吹雪の警告が出た。ロスアンゼルスの吹雪警報は1989年以来初めてとのことだ。一部の地域では、強風と吹雪で移動手段に影響が出ている。一方で南東部は記録的な暑さに見舞われている。ワシントンDCでは、チューリップが開花し、史上3番目くらいの暖冬になる見込みだ。この米国内における各地域の極端な気候変動が、今後出てくる経済指標をどれほど狂わすのか。FRBは現在、「Data Dependent」モードであり、何より経済指標を注視して、米国経済の状況を見極めようとしている。その経済指標が良いものでも、悪いものでも異常気象による一過性のものであるリスクは高く、波乱要因になるかもしれない。

③ 植田日銀総裁候補の所信聴取と3月の金融政策決定会合

私は3月の黒田総裁の最後の金融政策決定会合で、YCCの変動幅の0.75%あるいは、1.0%への拡大は十分あり得ると考えている。それは、岸田首相や政権からの発言をみていると、「市場との対話重視」、「説明責任」みたいなことを期待されているからである。YCCの変動幅の修正しろ、撤廃にしろ、このYCC政策の変更はフォワードガイダンスを使えない。強烈な債券売り圧力に晒されるからで、どうしてもサプライズにならざるを得ない。市場との対話を期待される新総裁の最初の仕事が、「サプライズ」というのは、植田氏に間違ったイメージをつけてしまう可能性がある。従って、当面は新総裁がじっくり市場を分析し、市場との対話や、政府とのアコードを検証する時間を確保させるために、黒田総裁が最後にYCCの変動幅を引き上げるということは考えられるのだ。新総裁への時間稼ぎのプレゼントになるだろう。
但し、所信聴取において植田氏は、「サプライズがやむを得ない場合もある」と発言しており、「サプライズ=市場との対話軽視」ではないという先手は打っている。
もう一つ、3月の決定会合でYCCの修正がないという理由に、3月決算への影響が指摘されてきた。しかし、1月の国債投資家別売買動向では、地銀等も含めて日本の金融機関が、円金利のリスクを急いで落としていることが明らかになった。地域金融機関は超長期債を12月に1900億円買い越していたが、1月は約3千億円の売り越しだ。長期債は12月に1500億円売り越しだったのが、一気に1兆円弱を売り越している。生保も初めて超長期債を4500億円も売り越していた。これだけ円債の整理が進行すると、日銀が決算への影響は限定的と判断し、3月の決定会合でサプライズを打つ可能性も想定されるのだ。いずれにしても、3月の黒田総裁の会合は注目となるだろう。

4.来週の見通し

来週はいよいよ3月に突入する。日本株においては、黒田総裁から新総裁への移行と、それに伴う極端な円高進行リスクが最大のリスク要因であったが、驚くほど円滑に物事は進んでいる。日本株はPBR改革も意識され、割安株は下値が堅い。米国株も決算発表が一巡した。特に半導体関連株の最後にエヌビディアが強いガイダンスを示し、市場の雰囲気を変えてくれている。今週の5年債を中心とする入札イベントも通過したことから、米金利の上昇は、今後の経済指標となるだろう。日経平均は依然としてレンジ内の推移を想定しているが、リスクは下抜けよりも、上抜けにありそうだ。レンジとしては、2万7千円~2万8千円が中心と見ている。

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