ウクライナのEU加盟の難しさ
以前に書いた「ウクライナのEU加盟の難しさ」ですが、幾つかアップデートがあったので、追記として補足しておきます。新たな部分は追記だけです。
ウクライナのEU加盟について、欧州委員会が加盟候補国認定の勧告書をまとめた。この欧州委員会の手続きは異例のスピードである。しかし、ウクライナのEU加盟が認められるためには、ここから長い道のりがある。
この辺は、かなり誤解もあると思うので、ウクライナのEU加盟のプロセスと、その困難な道のりについて説明する。
ウクライナがEUに加盟するためには、3段階のプロセスを全てクリアーしなければならない。そして、その3段階の全てで、全EU加盟国の賛成が必要になる。その3段階のプロセスとは何か?
1.加盟候補国の認定プロセス
① EU加盟申請書の提出
加盟を希望する国は、まず申請書をEU理事会に提出する。ここからスタートだ。ウクライナでいえば、ロシアが侵攻したのが2月24日、そしてゼレンスキー大統領がEU申請書を出したのが2月28日である。
② 欧州委員会の調査
加盟申請書が提出されると、欧州理事会は欧州委員会に対して、加盟申請国がEU加盟の最低条件を満たしているかの調査を開始する。しかし、欧州委員会はどういう期間で調査を完了する等の詳細なルールはなく、欧州委員会に任されている。今回、欧州委員会は異例のスピードで調査を完了し、6/17にEU理事会に対して、ウクライナを加盟候補国に認定するように勧告した。こんなスピードで調査が終わるのは異例だが、これは3/11の欧州理事会における「ベルサイユ宣言」において、欧州委員会に対して「超スピード」で調査を終えて、勧告書を出すように依頼したためだ。
③ 欧州委員会は何を調査したのか?
EUに加盟するためには、欧州連合条約の第49条に定められた条件を満たしている必要がある。それは、まずは欧州の国家であることだ。日本が入りたくても、入れない。二つ目としてEUの価値観を共有していることだ。この点について、近年ではポーランドやハンガリーがEUの問題児となってきた。特にハンガリーのオルバーン政権は、EUと共通の価値観とは程遠い状況であり、こういう問題児の出現もあり、EUは価値観が共有できる国家であることを重視している。
具体的には、欧州委員会は「コペンハーゲン基準」と呼ばれる1993年に定められた基準に基づいて、調査することになる。政治的、経済的、法的に一定の水準にあり、EUに加盟後の義務を履行できる能力があるかを審査するわけだ。
④ 加盟候補国の認定
欧州員会の調査と勧告が終了したことから、いよいよ欧州理事会は、ウクライナを加盟候補国に認定するかを決めることになる。これが23日からのEU首脳会議でこの認定が議論される予定になっている。足元の状況では、ウクライナの加盟候補国認定には追い風が吹いているが、実は欧州各国の中では、EUの東方拡大に相当に慎重な国も多い。EUは全会一致が原則なので、やばい国を加盟させてしまうことのリスクが大きいのだ。特にウクライナは、政治の腐敗が酷い国だ。コペンハーゲン基準の「政治的基準」について、本来なら疑問符が付く国なのだ。現在はゼレンスキー政権が頑張っているが、今後、親ロシア寄りの政権が誕生する可能性もあるなかで、EU加盟国の認定で全加盟国の賛成を得るのは、簡単ではないと思われる。但し、この次に述べるが、加盟候補国になっても自動的にEU加盟ができるわけではなく、ここはスタート地点のため、足元のウクライナをサポートする世論の中では、加盟候補国としては承認されるだろう。
【追記】
EUは22年6月にウクライナをEU加盟候補国として承認した。
2.加盟交渉開始
加盟候補国に認定されたとしても、すぐにEUに加盟できるわけではない。ここから、交渉が開始するのだ。交渉を開始するには全加盟国が、交渉開始条件をウクライナが満たしていることを承認しなければならない。それに際して、ウクライナはEU法を全て受諾して、それを国内法に落とし込む必要がある。ちなみにEU法を35章からなり膨大であり、その全てを一度に審査することは困難なため、1章ごとにそれぞれ審査と合意が行われている。これでは、そう簡単に進まないのは明らかだろう。
ちなみに、現在加盟プロセスで最も進んでるモンテネグロは、2008年に加盟を申請し、2012年に加盟交渉が開始されたが、加盟交渉が完了したのは、35章のうちの3章ということだ。はっきり言って、いつになったら完了するのか皆目見当がつかない。
ちなみに、現在、モンテネグロ、セルビア、アルバニア、北マケドニア、トルコなどがこのプロセスにある。EU加盟国も後からやってきたウクライナを、こうした先に承認されている加盟候補国を押しのけて、特別に審査することは難しいだろう。フランスのポーヌ欧州担当相は、ウクライナのEU加盟までには「15年〰20年間は必要だ」と発言している。
【追記】
23年12月のEU首脳会議で、ウクライナのEU加盟の交渉開始が決定された。しかし、EU法の35章について承認が得られたわけではない。今回は、まだ全てが満たされていないものの、とりあえず交渉を開始することが認められたのだ。これは、これで異例だ。
3.加盟条約の締結
先のEU法の35章の全てについて承認が得られた場合、再び全加盟国と欧州議会が加盟を認めれば、いよりよ加盟条約を締結することになる。
まったく気の遠くなるプロセスだ。ロシアのプーチン大統領は、このあたりの事情をよく知っている。プーチン大統領はウクライナのEU加盟申請について、「反対しない」、「EUはNATOのような軍事同盟ではない」、「ウクライナにはEUに加盟申請する権利がある」と発言しているが、ウクライナのEU加盟が簡単に進まないことを分かっているので、ロシアには何の脅威でもないのだ。むしろ、プーチン大統領は、この案件を利用している。すなわち、ロシアはウクライナがNATOに加盟することは、ロシアにとっての安全保障上のレッドラインであると警告し続けてきた。それにも関わらず、西側諸国がそれを仕掛けたから、ロシアは侵攻した。領土が欲しいわけでも、やみくもの帝国主義を狙っているわけでもない。そういう理屈を、ウクライナのEU加盟申請を容認することで際立たせている。プーチン大統領は冷静だ。
ウクライナのEU加盟は、簡単ではない。日本の新聞等では、なにかすぐにでもウクライナがEUに加盟しそうな雰囲気で書かれているので、状況はしっかりと把握しておこう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?