来週の相場見通し(5/22~5/26)
1.はじめに
市場では色々と面白いことが起こっている。米国経済では「3つの不安が払拭され、新たな1つの不安が台頭している」状況だ。日本では、日銀の金融政策変更の話題は掻き消え、「外国人投資による日本株再評価」の話題で沸いている。TOPIXは33年ぶりの高値を更新し、日経平均株価も3万円台を回復してからは、一段と強さが目立っている。一体、何が起こっているのだろうか?今回は、その点について取り上げたいと思う。
2.米国における3つの不安の払拭
このところの米国市場は、3つの不安に揺れてきた。①シリコンバレー銀行破綻以降の個別行の金融不安、②米国企業決算で相当弱い業績が示されることへの不安、③債務上限問題で米国債がデフォルトする不安である。足元では、これらの不安は解消されたわけではないが、かなり払拭されてきている。まずは、3つの不安の状況を確認しよう。
① 個別行への金融不安の和らぎ?
個別行への不安は解消していない。むしろ、金融不安のクライマックスはこれから起こる可能性もある。しかし、足元では不安定ながらも、やや一服している状況だ。市場は飽きやすいため、個別行への不安が維持されるためには、それを裏付ける金融関連の失望の経済指標や、実際に個別行の破綻が継続して発生する必要がある。しかし、米銀シニアローンサーベイも想定していたほど悪化していなかったほか、ファースト・リパブリック銀行の破綻以降、「ネクストFRC」は発生していない。ウエスタン・アライアンスなども預金が増加しているとの報道から、株価は底値からは反発している。(尤も下落前との乖離は依然として大きいが・・)
KBW銀行株指数も、反発していると言えるようなものではないが、とりあえず下落が一服している。(下図)
このように3月から市場を賑わせてきた金融不安問題は、とりあえず一服している。材料待ちなのだ。何の材料?それはFRBが課す金融規制強化の内容、FRBが利上げを停止するかどうかの確認、そして商業用不動産ローンのデフォルト動向、更なる銀行の淘汰の動きである。これらが出てくると、市場は簡単に金融不安モードになるだろう。しかし、それにはもう少し時間を要する。ゆえに短期的には不安は和らいでいる。言葉が違うか。ひとまず「棚上げ」にしているのである。週末には、イエレン財務長官が、米銀について「更なる合併が必要かもしれない」と極めて当然の発言をした。それだけのことで、パックウエスト・バンコープの株価が一時9%も下落したが、このように市場の不安は「棚上げ」されているだけで、不安の根は深いのだ。それでも、3月の先行きが真っ暗の状態からは、かなり不安は和らいでいることは間違いないだろう。
② 米国企業決算への不安解消
米国企業決算は、いろいろ心配されたが、結局「いつも通りの米国決算」だった。いつも通りとは、決算前に業績見通しが下方修正されるが、実際の決算は約7割から8割の企業が予想を上回る決算を出すというお馴染みの光景だ。今回もそうなった。また、今回の決算では「生成AIブーム」もキーワードになり、そうした関連企業は投資家の期待を集めた。下の図は。アップルとマイクロソフトの昨年末と直近の時価総額の比較である。丸で囲んだ2社合計で見ると、昨年末からこの2社だけで1兆ドル以上の時価が増加している。
半年も経過していないのに、1兆ドル以上の時価が増加していることが、どれだけ凄いことか分かるだろうか?下の図は、日本の時価総額トップのTOYOTAとソニーGの時価総額である。両社の時価総額も増加しているが、それでも昨年末からの時価総額の増加は10兆円に達していない。
ちなみに、アップルとマイクロソフトの時価総額で1兆ドル増加したということは、TOYOTAとソニーGの時価総額全体の2倍以上であり、米国では半年の間にこの日本を代表する2社の倍の規模の会社が、突如出現したことになる。これが米国株式市場のダイナミズムである。しかも、米国経済は決して好調ではない逆風下での動きである。恐ろしいとしか言いようがない。話は逸れたが、決算前に懸念されていた過度な不安は、決算がほぼ終了した時点で、「いつも通り」ということで安堵に変化した。これが2つ目の不安解消だ。
③ 債務上限問題への不安が和らぐ(偽りの夜明け?)
債務上限問題についてバイデン政権と議会指導部の会合が5/9に開催され、特に進展がなく終了した。5/16にも2回目の交渉が行われたが、僅か1時間足らずで終了した。交渉が進んだとは思えないのだが、バイデン大統領、マッカーシー下院議長の双方から、早期に交渉が成立する可能性があることが発表されるなど、「不可思議な進展」モードに突入した。交渉内容の詳細は分からないが、明るい材料としては、バイデン大統領がこれまでの債務削減を交渉しないという姿勢を修正したことくらいだ。市場では、民主党と共和党の指導部からの交渉進展のメッセージを好感して、リスクオンムードに転じている。米国債のCDSも水準としては依然高いとはいえ、大きく低下している。(下図)しかし、いくつか注意点がある。
◆注意点1 交渉状況が不明(偽りの夜明け)
バイデン大統領も、マッカーシー下院議長も「米国債はデフォルトはしない」とは明言している。そこは一致している。しかし、米国債をデフォルトさせないやりかたは、憲法修正第14条を使用することもあり得るし、交渉を単に少しだけ先伸ばすための交渉が進んでいるだけかもしれない。マッカーシー下院議長が下院で可決させた法案は、バイデン政権の肝いり政策である学生ローン免除の取消しや、クリーンエネルギー政策への予算削減を含むものであり、バイデン政権が共和党案を簡単に受け入れることはあり得ない。当初は「拒否権発動」まで主張していたのである。これは政治問題であり、結局はバイデン大統領とマッカーシー下院議長のリーダーシップの問題となる。現在の交渉はトップではなく、両党のスタッフ間で毎日数回行われているとのことだが、スタッフ同士の協議でまとまるような話ではないのだ。ゆえに、債務上限問題を巡る明るいムードは、「偽りの夜明け」と思えて仕方がない。どんな点について進展しているのか、具体的な債務削減額と期間、焦点になっている個別項目の詳細が報道されるようにならないと、債務上限問題の交渉が進展しているとは判断できないだろう。
◆注意点2 最大の山場は議会の説得
また、仮に指導部で合意できても、議会で承認を得られるかは別物である。共和党のフリーダム・コーカスなどが強硬姿勢であることはよく知られているが、民主党の中でもバイデン政権の共和党指導部との交渉に反対するグループもいる。先般は、エリザベス・ウオーレンやバーニー・サンダースなどが、バイデン政権に対して共和党と一切の交渉をしないことを求める活動を開始したと報じられている。民主党の左派系の大物議員達である。彼らは、このタイミングで「憲法修正第14条」を発動し、米国政治における債務上限の政治的駆け引きを永遠に終わらせることを明確に主張しているのだ。このように、両党ともに一筋縄ではいきそうにない。来週は、債務上限を巡る集中的な交渉の週になることは明白であり、報道ベースでも色んな議員からの声が増えるだろう。議員によっては、かなり過激な発言をする人もいるため、債務上限進展モードに安心していた市場が、一気に「不安モード」へ転換する可能性もあるだろう。
◆注意点3 米国債の最上位格付けは修正される
私は、バイデン政権と共和党が妥協し、債務上限問題が解消しても、大手格付機関は米国債を格下げすると考えている。そのリスクは高いと思う。2011年にS&Pは米国債を格下げした。当時も米国債はデフォルトしたわけでもなく、議会では2兆ドルの債務削減で合意していた。しかし、それでもS&Pは債務削減への取組として不十分として、「最上位の格付けには適さない」として、格下げに踏み切った。ちなみに、当時の債務上限は14兆ドル程度であった。それが、現在は31.4兆ドルと2倍以上に膨張している。しかも、今般の共和党の提案は今後10年間で4.5兆ドルの債務を削減するというものだが、これも2011年当時と比べても迫力不足だ。議会の状況を見ても、抜本的な改革が行われる可能性はゼロだ。こうした状況を鑑みると、米国債は「最上位格付け」のポジションを維持することはできないだろう。世界に最上位格付けを保持する国債は少ない。ドイツやオランダ、ルクセンブルクなどの国だ。米国債が最上位格付けから滑り落ちても、立派な投資適格債であり、中期的には全く問題がないはずだ。しかし、短期的には市場はあまり織り込んでいるようには思えない。ムーディーズなどは、まずは現在の「STABLE」というアウトルック(見通し)を、「ネガティブ」に変更して、数か月間の調査に入り、その後は1段階の格下げに踏み切ると思われる。こうしたアウトルックの引き下げの報道が出た瞬間は、米国市場ではドル安、株安、債券安のトリプル安で反応する可能性はあるだろう。
こうした債務上限問題への注意点はあるものの、米国市場では「金融不安」、「決算不安」、「債務上限問題不安」が幾分和らいでおり、リスクオン的なムードになっている。これが現状であろう。しかし、新たな不安も台頭している。
④ 新たな不安(インフレ慣れ)
新たな不安は、人々の「インフレ慣れ」である。先週のNOTEで詳細を書いたので、ご参照いただきたいが、先般ミシガン大学の5年先インフレ期待が3.2%に急上昇した。ECB消費者サーベイにおける12カ月のインフレ期待、3年先インフレ期待も急上昇しており、長引くインフレにより人々が「インフレ慣れ」してきている可能性がある。中央銀行としては、人々が2%の物価目標に戻らない世界を意識することは看過できない事態であり、このところ、FRBメンバーからタカ派的なコメントが再び多くなってきている。下のチャートは、ブレークイーブン期待インフレ率の5年であるが、こちらは低下トレンドにある。すなわち、金融市場の参加者の先行きのインフレ期待は低下しているのに、一般の消費者(生活者)のインフレの実感との乖離が出てきているということでもある。
また先進国の中央銀行で最も先頭を走っているのが、カナダ中央銀行である。下図のように、カナダ中銀は既に1月の利上げを最後に「利上げ停止期間」に入っている。
そのカナダで、前月比のインフレ率が+0.6%に急上昇した。かなりカナダ中銀においてはショックな事態であろう。市場では通常、利上げ停止の後は、利下げというのがセオリーである。しかし、先行しているカナダ中銀が、利上げ停止の後に、再利上げとなると、市場では今回の世界的なインフレの抑制の難しさを再認識し、FRBにおいても同じような連想をするだろう。
来週はミシガン大学のインフレ期待の確報値が公表される。5年先インフレ期待が、速報値の3.2%から3.1%に修正されるのと、3.3%に修正されるのでは、この局面では大きな相違がある。確報値の動向に注目したい。
3.米国債動向
米国の2年金利(下図)は、激しく上下している。5月のFOMCが利上げの最後となるのであれば、2年金利は上昇しないはずだが、足元ではFRBメンバーのタカ派的なコメントを受けて、やや上昇している。但し、2年金利は今の局面ではほとんど信用できない。それほど、動きが軽いのだ。
10年金利はどうだろうか?10年金利は3.5%を中心に上下25bp程度のレンジが継続している。足元では再びじりじり上昇きているが、3.75%のレンジの上限から大きく離れることはないだろう。
気になるのは、30年金利の動向だ。2年金利がドタバタ動いて信用ができない一方で、30年金利は3.55%~3.85%という狭いレンジ内で安定した動きをしてきたのだが、足元ではレンジの上限を超えてきている。決算を終えた事業会社からの起債が相次いでおり、メタの85億㌦、アップルの52.5億㌦、ファイザーの310億㌦などの大型起債は超長期債も含んでいるため、そうした需給によるものかもしれないが、ちょっと気になる動きである。
イールドカーブも見ておこう。10年と5年金利は、逆イールドから順イールドに戻っていた(緑部分)のだが、足元では再び逆イールドに転じた。
市場の利下げの織り込みは、あまり変化はしていない。このところ、9月の利下げ開始、年内に60bpほどの利下げの織り込みというのが継続している。(下図)FRBは年内の利上げは一貫して否定しているため、市場とFRBの間にはギャップがあるが、米国経済の景気後退懸念、信用不安懸念があるなかでは、市場が先行きの利下げを織り込むのは当然であり、乖離幅がこの程度なら自然なことと思われる。すなわち、この乖離はFRBが何を言おうが、市場は常に先行きは一定程度の利下げを織り込む続けるだろう。
4.日本株の再評価?
日本株が再評価されている。日本株への海外投資家の現物と先物の合計のフローは、4月に3兆円超の買い越しとなり、5月も資金流入が継続している。明らかに何かが変わってきているようだ。ちなみに、岸田政権発足以降、海外投資家の日本株フローは歴代最低レベルであったが、ここもと急速に回復してきている。今のところ、岸田政権発足以降では約9,500億円の売り越しとなっており、海外投資家が本格的に日本株を再評価しているなら、まだまだ資金流入は継続しそうだ。
米国株との比較で見ても、下図のように3月以降は日本株優位の展開が継続している。(下へ行くほど、日本株がアウトパフォーム)
もっとも、米国は金融不安もあるので、当然とも言えるが。
世界の先進国株とも比べてみよう。MSCIワールド指数とTOPIXの比率の推移が下図であるが、日本株が優位になってきている。但し、それでも2012年のアベノミクス開始時のようなインパクトは起こっていない。足元では、海外投資家の日本株フローが伸びていること等から、日本株が全面的に再評価されているというムードがあるものの、それほど劇的な変化が起こっているとは思えない。恐らく、外国人投資家が、中長期的に日本株を再評価するのは、相当にハードルが高い。人口減少というのは外国人にとって分かりやすく、かつ強烈なネガティブ要因だからだ。あくまで、向こう1年、2年に対して、日本株を再評価しているだけだろう。それもオーバーウエイトというよりは、まだアンダーウエイトの修正程度と思われる。
それでも、今年の日本株には需給面では、強気材料ばかりであり、年末に向けて一段と上昇する可能性が高いだろう。東証のPBR1倍割れ是正要請のインパクトは大きかった。これは誤解されがちなのだが、「PBRが1倍を割れている企業が頑張りなさい」ということではない。上場する全ての企業に対して、資本コスト経営の改革を迫り、株主を意識したガバナンス改革を要求しているのである。PBR1.1倍の企業が安穏として良いわけではないのだ。これから、各企業の決算関連報告書の英語での開示はどんどん進むだろう。資本コストを明記した経営戦略など、外国人投資家が望む情報提供も改善するだろう。皆がやり始めたら、一斉に横へ倣えで行動に移するのが、良くも悪くも日本企業の特徴である。自社株買いも減ることはないだろう。また、女性役員の登用や社外取締役の強化なども、やらざるを得ない。すなわち、日本企業のガバナンス改革は間違いなく相当に進展する。PERが実績に対する評価であるとしたら、ガバナンス改革は、日本株のPER上昇をある程度、正当化するはずだ。
問題は、そうした日本企業が得意な分野ではなく、成長性を高めることができるかどうかだ。これについては、今のところ期待先行としか言いようがない。
さて、日本株の状況をもう少し見ていこう。下の図は、日経平均のBPSとEPSの状況だ。EPSは先ほど取り上げたように、年初から低下している。しかし、BPSは回復している。前期比で微増の増益率とはいえ、赤字ではないため、当然のことだが、しっかりと純資産は増加している。
日経平均株価は、これまでのところ、PBR1.1倍がレンジの下限、1.3倍がレンジの上限で推移してきた。(下図)目下、PBR1.3倍は31,300円~400円近辺にある。ちょうど、この水準は日経平均の歴史的な最高値と最安値のフィボナッチ・リトレースメント(76.4%戻し)のレベルと一致するようだ。当面のレンジのターゲットとなるだろう。
日本株の好調な要因を整理しよう。こうした要因で外国人の日本株買いは継続しているのだろう。
① 他国に遅れているコロナ後の景気サイクル
② 黒田日銀総裁交代リスクの消化
③ 植田新総裁の金融緩和路線の好感
④ 為替市場における円安
⑤ 東証のPBR1倍割れ改善要請に見られるガバナンス改革
⑥ サプライチェーン改善による自動車産業の改善
⑦ 経済安全保障の観点からの日本のフレンドシェアリング
⑧ 好調なインバウンド需要(インバウンド消費の加速)
⑨ 日本のアニメやIP市場の人気
⑩ 岸田政権の衆院解散への思惑
⑪ 岸田政権の新しい資本主義が、分配戦略ではなく、成長戦略に転換
⑫ 来年からのNISA改革に伴う個人株主層拡大への期待
⑬ バフェット効果
⑭ シタデルなど日本を撤退した外資やヘッジファンドの日本への回帰
⑮ 日本のデフレ完全脱却、日本がインフレの通常国への転換
もちろん、下がる理由だっていくらでもあるのだが、今のところ上昇する要因のほうがあまりに優勢なのだ。
10番の衆院解散は、また別途取り上げるが、その可能性はますます高まっている。 日本証券新聞によれば、戦後の衆院解散から投票日までの日経平均は20勝4敗という成績で、しかも1969年以降は17連勝中とのことだ。また、経産省の「新機軸案」が出ているが、この内容はまさに「成長戦略」である。株価の上昇が早いため、手を出しにくいほか、悪材料で反落する展開も想定されるが、それよりも思わぬ上昇リスクのほうが足元は高いだろう。
来週の月曜日はモーサテに出演します。早起きの方は、ぜひ見てください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?