来週の相場見通し(5/1~5/5)①
1.はじめに
4月のマーケットは、前半は3月の金融不安からの回復局面でスタートした。米国決算発表が始まると、まずは大手銀行決算に安堵したが、その後は個別の中堅銀行の信用不安に揺れた。一方でビックテックの好決算や話題の生成AIへの取組、これまでのリストラ効果などから、ハイテク全般が株式市場をサポートしている。S&P500採用銘柄の内で124社の発表が終わった時点では、約8割弱の企業が予想を上回る増益となり、7割弱の企業がアナリスト予想を超える増収となった。すなわち、これまでの所は、いつも通りの米国企業決算の様相を呈している。
こうした中で、来週はFOMC、ECB理事会という金融イベント、それに加えて重要な経済指標が相次ぐことになる。定点観測しながら、幅広く金融市場を見ていこう。
2.個別行の信用不安は継続
① ファースト・リパブリック銀行の状況
注目されたファースト・リパブリックの決算では、預金が昨年末から4割も流出している状況が示された。同行はALMの観点から最大で1000億㌦の資産を売却する方針も示したが、株価は年初からは95%以上下落し、上場来安値を更新している。こうなると、もう回復は難しいだろう。週末の報道では、FDICの管理下に置かれることが検討されているようだが、間違いなくそうなるだろう。
ところで、何故、ファースト・リパブリック銀行がこれほど警戒されたのだろうか?それは、同行のバランスシートの状況が、まさに今の市場が嫌う要因に溢れているからだ。下のチャートは、昨年末時点の同行の商業用ローン全体(黄色)と商業用不動産ローンの残高(水色)だ。2018年頃は商業用不動産ローンの割合は低かったが、昨年末の段階では、ローン残高の大半が商業用不動産ローンになっている。もの凄い勢いで、この分野を伸ばしてきたことが分かる。
そして、下のチャートは保有している有価証券運用の状況だが、黄色が売却可能債券、水色が満期保有債券である。破綻したシリコンバレー銀行と同じく、ALMの観点からは問題のある構造である。
このように脆弱性を持つバランスシートが嫌気されて、同行の株価は売り込まれた。通常、株価はバランスシートよりもPL(損益計算書)に反応するものだ。企業決算でも注目されるのは業績である。しかし、金融機関はバランスシートが命の業界であり、投資家は現在、バランスシートに脆弱性を持つ銀行株価を徹底して嫌っている。そして、FRCはバランスシートに問題含みの最後の銀行ではないという点は要注意である。
ところで、このFRCに対しては、JPMなどの民間銀行11行が合計で300億ドルを「預金」という形式で預け入れて、流動性を高めて、破綻しないように協力してきた経緯がある。民間の銀行が政府に頼るのではなく、業界全体として破綻を防止するという取り組みとしては前代未聞であり、ここにはJPMのダイモンCEOの強い信念があったようだ。ダイモンCEOは、あのリーマンショックの後、「次の金融危機は、政府に頼らない仕組みが必要だ」という主旨の発言をしている。今回のシリコンバレー銀行破綻以降の金融不安に対して、そういう信念からリーダーシップを発揮したのだろう。しかし、結果としては、それでもFRCは厳しい状況になった。程なく、FDICの管理下に置かれるだろう。
② ファースト・リパブリックは試金石
このFRCは、市場における試金石になる。すなわち、市場が冷静さを保てるかどうかという試金石だ。リーマンショックは2008年9月に発生したが、それに先んじてインディマックが破綻した。この破綻が、リーマンショックに繋がる破滅の道の門を開いたと言われている。FRCが、インディマックと同じ役割を演じるリスクはある。しかし、逆に言えば、市場がこのFRCを個別の問題として、切り離すことができれば、とりあえず個別行の信用不安は収まるかもしれない。あの中国の恒大集団が経営危機に陥った際に、市場はこれはリーマンショック級のパニックが起きるのでは?と警戒されたが、実際には恒大集団の問題は、市場全体には大きなショックは起こさなかった。あのパターンである。インディマックか、恒大集団か、FRCはそういう試金石になるのではないだろうか?
③ 米国での信用収縮は回避不能だが・・・
但し、どちらにしても、市場が懸念している米国における「信用収縮」という厄介な問題は回避できない。そこは忘れるべきではないだろう。米国において信用収縮は、どのくらいの規模で起こるかは別として、必ず起こる。いや、もう起こっている。問題は、その程度なのだ。強烈な信用収縮から、信用危機に至るようなら、米国は景気後退に陥り、S&P500やナスダック100でさえも大きく下落するだろう。しかし、中規模の信用収縮なら、ラッセル2000などは大きく下落しても、ナスダック100は堅調で単に二極化が進むだけの可能性が高い。信用収縮が商業用不動産などの個別の分野に限定される小規模なものなら、個別株やオフィス不動産リートには影響しても、主要な株価指数にはほとんど影響がないかもしれない。
FRBもこの「信用収縮」という敵が、大したことないのか、巨大なボスキャラなのか現時点では不明なので、困っているのである。私は中規模の信用収縮で、信用危機には至らないとのストーリーをメインシナリオとしている。すなわち、二極化は更に進むと見ている。
④ 米国銀行の流動性状況
FRBのH4は、もうあまり注目していないが、ファースト・リパブリックの決算以降、再び米銀のFRBからの借入は増加している。(下図)4/19の週は、個人所得税の納税期限という特殊要因で米銀が手元の流動性を高めたと推測していたが、その翌週も窓口借入、BTFPともに借入額は増加しており。ファースト・リパブリックの苦境を眺めながら、米銀は流動性を高めたと思われる。やはり、脆弱なバランスシートを持つ中小銀行の経営者の警戒感は根強いようだ。
FRBのバランスシートは、3月の金融不安に伴い、急激に拡大したものの、金融不安の安定化とともに急速に低下してきている。(下図)流動性に問題のない銀行は、コストが発生するので、どんどん返済している。しかし、ファーストリパブリックの問題次第では、バランスシートの低下スピードは鈍るかもしれない。
3.米国市場の話題
①米国企業決算
米国の企業決算が、懸念していたほど悪化していない。下の表は、S&P採用企業の500社のうちで234社の公表が終了した時点での状況だが、全体では8割弱の企業が予想を上回る業績を発表した。予想を下回ったのは15%に過ぎない。業種別にいくつかピックアップすると、金融では65%が予想を上回り、不動産は45%と少なかった。一方で資本財は81%、テクノロジーは96%の企業が予想を上回る好決算を出している。決算前に業績見通しが下方修正され、実際の決算は予想を上回るという、米国企業決算の「いつもの光景」が今のところ確認されている。この「いつもの光景」が重要なのだ。市場では、景気後退懸念が意識されるなか、今回の決算では、そうした「いつもの光景」が見られるか疑心暗鬼であったからだ。いつもの決算発表の光景が見られていることで、安心感が広がり、株式市場は底堅い展開で推移している。今のところ、4月1時点では今四半期は▲5%超の減益予想であったが、直近では▲2%程度まで改善している。また、今回の決算の大注目は、生成AIの戦略と設備投資であるが、これは半導体にも大きく影響する。また、別途取り上げたいと思う。
② FOMCと規制
来週は、いよいよFOMCが開催される。それに先立ち、バーFRB副議長がシリコンバレーバンク破綻に関する検証をしており、週末にはその一部として、金融規制の「徹底強化」が表明された。具体的には総資産規模で1000億ドル以上の銀行に対する規制強化(ストレステストや流動性要件)、規制当局の監督権の強化(個別行への追加資本の要求、自社株買いの制限、役員報酬への制限等)、当局の人員強化、トランプ前政権の金融規制緩和の失敗などが指摘された。当面は、この流れで進むだろう。しかし、共和党内においては、FRBなどの権限が強大化することへの懸念は強い。トランプ前政権時代には、「FRBの密室での議論の開示」や「FRB解体論」なども、政治家から出ていたほどだ。この金融規制強化と、それに伴うFRBの強大化は、2024年の大統領選のテーマの1つに発展するかもしれない
そした中で、来週はFOMCを迎える。市場では、昨年からのFRBの利上げが、このFOMCで最後になるとの見方も強い。つまりは、歴史的な会合になる可能性があるということだ。恐らく、FRBにおいてはカナダ中央銀行と同じような説明を踏襲するだろう。カナダ中銀は、既に利上げを停止しているが、その際には「将来的にインフレが上がるなら、再び利上げは再開する」ことを強く主張しながら、利上げの停止を決定した。FRBもそのような流れとなるだろう。
下の図は、主要国の2019年末の政策金利、そしてコロナショック後のボトムの金利、それから直近について示している。G7諸国の全体の金利と見てもらってもいいだろう。2019年末は合計で4.15%、コロナのボトムで0.5%まで低下したのが、直近では17%を超えている。ECBはまだ数回は利上げをしそうではあるが、全体で18%~19%の間で頭打ちとなりそうだ。こうして眺めると、改めて日本の異質性が浮き彫りになる。日本の金融政策については、後ほど取り上げる。
今回のFOMCで利上げ停止になるとの期待感は強いものの、足元の米国のインフレ動向は高どまっている。労働市場も依然として強い。下のチャートはGDP統計のコアPCE価格指数の前期比年率であるが、高止まっている。
パウエル議長が重視する雇用コスト指数も僅かであるが、1-3月期は伸びが加速している。(下図)インフレ状況を鑑みると、5月のFOMCが利上げの最後のミーティングになるかは不明だ。
但し、私は6月のFOMCの段階では、債務上限問題が大きなリスク要因になっている可能性があり、FRBは結果として利上げができないと考えている。そうこうしているうちに、やはり後から振り返ると、5月のFOMCが利上げの最後になる可能性は相応にあると考えている。
③ 債務上限問題に進展
5月の最大の注目は債務上限問題となる見込みだ。マッカーシー下院議長は、1.5兆ドルの債務上限引き上げと、4.5兆ドルの歳出削減をセットにした「23年制限・節約・成長法」を提出した。共和党の下院でも成立しないと心配されていたが、なんと217対215という僅差で可決され(共和党から4名が反対)、最初のハードルをクリアーした。このぎりぎりの可決の背景は面白い。一言でいうと、「とうもろこしの勝利」である。今週の前半時点で、マッカーシー議長の債務上限引き上げ法案には、パッケージとしてエタノール税控除の削減案が盛り込まれていた。フリーダムコーカスなどの「小さな政府」を要望するグループへの配慮から、マッカーシー案には様々な歳出削減案が含まれるのだ。しかし、米国のコーンベルトに属する農業州の議員、具体的にはアイオワ州やミネソタ州、ミズーリ州、ウイスコンシン州などの議員にとっては、とうもろこしから作られるエタノールへの補助金削減を認めることは、次の選挙で落選することを意味する。こういう農業州の特別な利益を代表する議員は8名ほどおり、マッカーシーの法案に強烈に反対していた。結局、マッカーシー議長が採決の1日前に歳出削減のパッケージ法案から、エタノール税控除の削減を撤回することで、なんとか法案は可決されたのだ。何はともあれ、債務上限問題という影響が大きいリスクに対応するべく、共和党下院で法案を可決させたことは、マッカーシー議長の政治手腕として評価されるだろう。一方で悪しき前例も残した。結局、「国が破綻しようが、州のほうが大事だ」として、徹底してごねると、それがまかり通るということでもあるからだ。これからも続々と個別の利益追求のために、ごねるグループが登場することになる可能性がある。
さて、この共和党下院での法案は、上院に持ち込まれるが、民主党の上院院内総務のチャック・シューマーは「上院に来たその日に、この法案は廃案になる」として、共和党の法案を取り上げない姿勢を示している。バイデン政権も、債務上限問題に、歳出削減などのパッケージが付く法案は交渉しないとの立場を崩していない。しかし、民主党議員の中にも、「議会を重視」する議員はいる。下院でまがいなりにも成立した法案に対して、バイデン政権が交渉すらしないという姿勢には批判も出てくるだろう。私は、この下院での法案が議論の叩き台となり、債務上限の交渉はいよいよスタートすると考えている。それでも、財務省の資金が枯渇する「Xデー」ぎりぎりまで、交渉は難航すると見ている。
イエレン財務長官は、個人所得納税の状況も踏まえて、財務省の手持ちの現金が枯渇する「Xデー」の最新状況を議会に報告するとしている。Xデーが前倒しされる場合には、市場は債務上限問題のリスクに敏感となる可能性があり要注意だが、Xデーの公表を待ちたい。
市場では、米国のCDSがとんでもないことになってきている。下のチャートは、米国のユーロ建ての1年のCDSで、2011年の債務上限問題の際には、これが80bpまで拡大したことを前回のnoteで書いたが、なんと現在はその2倍の水準まで跳ね上がっている。
5年の米国CDSも2011年のレベルを超えてきた。1年物は投機的な動きだとしても、5年もここまで上昇していることは、本当に債務上限交渉がまとまらずに、米国債がデフォルトするリスクを織り込むプレイヤーがいるということだ。それほど、米国の政治対立は深刻だということだろう。
④ バイデン大統領再選出馬
バイデン大統領がついに再選出馬を表明した。米国民の大半は24年の大統領選挙について、「バイデン対トランプ」を望んでいない。リアル・ポリティクスのバイデン大統領の支持率の推移が下のチャートだが、相変わらず低迷している。
下の表は、ギャラップ社がまとめたもので、歴代の大統領が9四半期まで終わったところでの平均の支持率である。バイデン大統領の平均支持率は、トランプ前大統領を下回り、歴代で見てもレーガンに次ぐ低い支持率である。
このように国民からの支持率は低く、なおかつ高齢という状況で、バイデン大統領は再選出馬を正式に表明したのだ。本当なら、これだけ高齢の大統領が1期目を務めた後は、2期目は副大統領に譲るという選択肢もあったはずだ。当初、バイデン大統領が就任した際には、副大統領のカマラ・ハリス氏が経験を積むことの期待感も大きかった。ところが、このカマラ・ハリス氏の評判が極めて悪い。バイデン氏をサポートするどころか、支持率は20%台で、バイデン陣営としては24年の大統領選を、カマラ・ハリスをランニングメイトとして戦えるのか不安になっているほどだ。
ところで、良い機会なので、改めてバイデン大統領の人生を振り返ってみたい。「バイデンの光と影」というエヴァン・オスノスのバイデン大統領の伝記によれば、壮絶な人生を送っている。
バイデン大統領は、1942年11月20日生まれ。中央政界に最年少で入り、大統領になったのは最年長。そして、24年の大統領選で再選すれば、自身の記録を塗り替えることになる。
1972年の当選の翌月、クリスマス用の買い物に出かけた妻のネイリアが交通事故で生後13ヶ月の娘と共に亡くなってしまう。この時に乗車していた長男のボーと次男のハンターも重症を負う。とんでもない悲劇だ。バイデン氏は息子が入院する病院で上院議員への宣誓式を行った。二人の息子を育てながら、シングルファーザーとして、アムトラックで議会に片道2時間かけて通い続けたことから、「アムトラック・ジョー」というあだ名ができる。1988年には、バイデン氏は脳動脈瘤で倒れ、命の危険のリスクに陥るが回復した。その後は、とりわけ大きな仕事の成果もなかったが、オバマ大統領の副大統領に指名された。2015年には副大統領中に、デラウエア州の司法長官も務めた長男のボー・バイデン氏が46歳で脳腫瘍を患い、死んでしまう。またしても家族を失ったのだ。残されたハンター・バイデン氏は、薬物依存、脱税、マネーロンダリングなど、疑惑の総合デパート的な人物で、ウクライナや中国での疑惑、ハンター・スキャンダルと呼ばれるパソコンに隠されていたやばいデータなど、バイデン大統領のアキレス腱だ。こうした壮絶な人生を歩みながら、最年長で大統領に就任し、尚且つ二期目に挑戦しようとしている。著書の中では、バイデン氏の友人のテッド・カウフマンの印象深い言葉を紹介している。「知っている人の中で、最も不幸なのがジョー・バイデンだ。一方で最も幸運な人は誰かと問われれば、やはりバイデンだ」
さて、それでは24年の大統領選は、「バイデン大統領対トランプ氏」という国民が望まない選挙戦になるのだろうか?私は、まだ分からないと考えている。それは、共和党のデサンティス氏が出馬する可能性が高いからだ。今の所、共和党の24年の大統領選候補の支持率ではトランプ氏が独走している。しかし、それはデサンティス氏などが正式に出馬宣言していないこともあり、出馬後には急激に支持率は変化する可能性がある。最近のデサンティス氏の外遊を見る限り、大統領選出馬を決めたと思われる。
今回、日本と韓国を訪問し、その後にイスラエルを訪問した。アジア歴訪中は、共和党の大統領候補ではないと明言していたが、イスラエルでは大統領候補として迎え入れられている。イスラエルでの演説でデサンティス氏は、「ユダヤ教とキリスト教の宗教的価値の共有と米国とイスラエルの同盟の重要性」を繰り返し主張した。フロリダ州知事の演説内容ではない。大統領選にとって重要な、親イスラエル姿勢を明確に示している。そして、大きな話題になったのは、エルサレムの夕食会の席である。報道によれば、デサンティス氏は、億満長者の故シェルドン・アデルソン氏の未亡人であるミリアム・アデルソン女史の横に座ったようだ。シェルドン・ミリアム・アデルソン夫妻は2020年の大統領選でトランプの最大の献金者で、共和党全体に2億ドル、トランプ陣営に9千万ドルを寄付したと言われている。この夕食会には、共和党の有力寄付者がほかにも何人も参加していたようだ。こうした動きを見る限り、5月にフロリダ州議会が閉会した後に、デサンティス氏が出馬宣言する可能性は高い。そして、共和党内の支持率がトランプ氏からデサンティス氏に徐々にシフトしていくと、今度は民主党陣営で「バイデン降ろし」の動きが出てくるだろう。バイデン氏は、トランプ氏には勝利できるが、共和党の若い候補には勝てないというのが一般的な評価だからだ。こういう状況なので、24年の大統領選に向けた政治的な動向は、これから一気に変化していく可能性があるだろう。デサンティス氏が出馬しても、支持率が伸びずに、トランプ氏が盤石など、24年は盛り上がらない大統領選になる。盛り上がるか、厭世ムードか、それは株価にはかなり重要な要因となる。
長くなってしまったので、前半はここまでにしたい。引き続き、来週のECB、今週の日銀金融政策決定会合等について、後半で取り上げたい。
(続く)
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