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米金利上昇で株価は崩れるのか?

米国でトリプル・ブルーが実現した。上院の民主党議席は50、共和党も50議席でタイであるが、副大統領のカマラ・ハリス氏が上院議長として1票を持つため、実質的には上院を民主党が制したことになる。マーケットは、どのような反応をしたか?「株高」、「金利小幅上昇」、「資源価格上昇」である。
まず分かりやすいのは、金利上昇だろう。米国では昨年に以下の通りの大規模な経済対策を実施した。総額で3.9兆ドル弱と2019年のGDP比で18%を超える大きさだ。
第一弾(3/6)83億ドル
第二弾(3/18)1,929億ドル
第三弾(3/27)22,830億ドル
第3.5弾(4/24)4,840億ドル
第4弾(12/27)9,000億ドル

しかも最後の第4弾については、当初は民主党は2.4兆ドルの景気対策を要求したが、共和党の反対により妥協して9,000億ドルが成立した経緯がある。こうした中で、民主党が念願の上院を制したとなれば、更に大規模な追加景気対策が実施されると市場が織り込むのは当然だ。そして、そうなれば一段と国債の増発が必要となる。しかもワクチン投与と追加景気対策で米国景気も力強く回復しそうだ。そうなれば、債券市場から株式市場に大規模な資金シフト、いわゆるグレート・ローテーションが発生する。このような思惑から、分かりやすく米国長期金利は上昇し、一時は1.18%程度をつけた。約20bpの金利上昇である。しかし、私から見れば債券市場はそれでも冷静だった。本来なら、トリプル・ブルーに加えて、バイデン新大統領の1.9兆ドルの追加景気対策案(1/14発表)、期待インフレ率の上昇(昨年の大統領選前は1.7%→2.17%)、米国株の史上最高値更新などが同時に起こっていることを鑑みれば、もっと金利がパニック的に上昇しても不思議ではないが、債券市場は慌てなかった。

次に株式市場であるが、こちらは昨年からの「良いところ取り相場」が健在なので、トリプル・ブルー後の株価上昇は違和感のない値動きだ。株式相場の「良い所取り」を昨年から振り返ろう。米国大統領選前の春先から夏場は市場はトリプル・ブルーを恐れていた。民主党が権限を持ってしまえば、法人税の引き上げ、個人への最高税率の引き上げ、ウオール街やプラットフォーマーへの規制強化などが行われるとして戦々恐々だった。しかし、大統領選が接近して実際にトリプル・ブルーの可能性が強まると、株式市場は解釈を変更した。「こんなコロナの状況下で新政権がドラスティックな政策を採用することはあり得ない。まずは大規模な経済対策を実施し、経済が安定してから法人税等の引き上げを慎重に検討するはずだ。だから、短期的には株価にはプラスだ」という解釈だ。これで、大統領選前から米国株式市場は堅調に推移した。ところが、選挙結果は大統領こそバイデン氏が勝利の見通しとなったものの、民主党は下院ではなんと議席数を減らし、上院でもジョージア州の決選投票で2議席取らないと、上院は共和党が制して「ねじれ議会」になるという結果になった。ところが、市場はこの不安定な政権の状態についても「議会がねじれたことで、チェック&バランス機能が働くため、これは株価にプラスだ」と解釈した。また、事前に予想されたほど大統領選後の社会的混乱(暴動等)も生じなかったことから、株価は大統領選後から再び加速して上昇する展開となった。S&P500は大統領選後から年末までに9%、ダウは10%弱、ナスダックは11%も上昇した。まさに「良い所取りの相場」である。しかし、その根っ子にはFRBの金融サポート、米国経済の底堅さがあることは忘れてならない。こうした状況なので、年明けのジョージア州決選投票により、民主党がトリプル・ブルーになっても、更なる追加景気対策に注目して、株価は全く崩れなかったことは当然だろう。

最後に資源価格の上昇だ。足元で銅価格が一時8,200ドルまで上昇する局面があった。2013年以来の高騰である。銅はよく「ドクター・カッパー」と呼ばれるほど、世界経済の好調、不調の状態を示すと言われる。足元の銅価格の上昇は、この先の世界経済の明るい状況を示唆しているのだろうか?そうした側面もあるが、それだけではない。この銅価格上昇の主因は、やはり民主党がトリプル・ブルーになったことだ。すなわち、気候変動対策が米国を中心に世界的に推進されるとの思惑によるものだ。気候変動対策としての再生エネルギーへの転換や、二酸化炭素削減のためのEV(電気自動車)の促進や、リチウム電池などへの投資は、全て同時にその原料である資源価格の需要を高めるのだ。こうした点は、個別株に色濃く反映されている。電池、グリーンテクノロジー、環境関連、インフラ投資などの銘柄は軒並みシャープな右肩上がりで買われている。

このように、トリプル・ブルーになったことで、市場は新たな動機を持って動いているのだ。さて、そうした中で今の相場でプロも含めて一様に指摘するのが、この株式相場にとっての最大のリスクは「米金利上昇だ」という議論だ。本当にそうだろうか?確かに過去の平均と比較すれば、PER等は極めて高い。しかし、PERの割高は低金利の裏返した。PERは1/(実質金利―期待成長率)であり、実質金利は(名目金利―期待インフレ率)である以上、実質金利が低下する、あるいは期待成長率が上昇すれば、分母が小さくなり、PERの割高さは正当化される。世界では債券バブルが発生していることを見逃してはいけない。世界で最高の信用力のある米国債の金利よりも、イタリアやスペインの金利のほうが低い。更には昔であれば、意味不明だったマイナス金利の国債が既に当然のように存在し、その規模は1千兆円を軽く越える。こんな世界でPERを過去のレベルと比較することがナンセンスではないだろうか?さて、大事な論点は2つある。一つは、米国金利は本当に大きく上昇するのか?もう一つは米金利が上昇すると株式市場は総崩れとなるのか?という点だ。私は、どちらの可能性も低いと考えている。
まず米金利が大きく上昇するという意見の根拠は、ワクチン投与による米国経済の正常化と、期待インフレ率の上昇、国債の増発によるリスクプレミアムの上昇だろう。しかし、ここには二つの視点が抜けている。それは債券市場間での米国債の圧倒的な魅力と、グローバルな米国債への需要という視点。それと米国政府の意向という視点である。
マーケットには様々なプレイヤーが存在するが、その中のかなりのプレイヤーが運用の制約を受けている。株式市場が魅力的だからといって、リスク量が高い株式に資金の全てを振り向けられるわけではない。その典型は金融機関だ。有価証券運用の原資は顧客の預金であり、その預金保護の観点からも様々な制約を受けている。すなわち、どんなに金利が低かろうが、あるいはマイナス金利であろうが、債券運用が中心にならざるを得ないのである。そうした債券相場にのみ注目するなら、米国債の魅力は際立っている。何しろ信用力と流動性がありつつ、絶対的な金利水準が10年で1%を超えている。ドイツの10年金利は▲0.5%であり、スペインが0%近辺、あのギリシャの金利でさえ0.6%近辺で取引されている。それだけではない。米国債はイールドが立っている。短期金利と長期金利を比較すると、そこにスプレッドがある。例えば米債であれば長短金利差で100bp近くもあるのだ。世界の債券市場は長短金利がフラットになっている中、この100bpは実に魅力的なのである。もちろん、理論的には米国の期待インフレ率が2%を超える中で、金利が1%の米国債に投資することは、保有を続ければ高い確率で負ける投資となるので、米国債投資が魅力的なわけはない。しかし、様々な制約がある中で、総合的に勘案し、しかも満期まで保有するのではなく、途中で売却することを前提にするなら米国債は極めて魅力的なのである。もちろん、FRBにサポートされているという条件は必須ではある。従って、金利が上昇すると世界中から投資資金が流入し、思惑での金利上昇はピタリと止まってしまう。それが、これまでの米債のヒストリーである。それに加えて、足元では米国の財務長官にイエレン前FRB議長が就任してる。イエレン財務長官は「この低金利下では、大きな財政政策を実行することが重要だ」と発言している。大事なのは低金利継続を前提としていることだ。ちなみに米国の予算局は米長期金利の2023年までのレンジを0.8%~1.3%と見積もっている。この前提で国債の利払い等のコスト等を計算している。今やFRBと政府は実質的にアコードを結んでいるに等しい状況である。2023年までに上限を1.3%程度で政府が見積もるなか、2021年が開始したばかりの現在で米長期金利が1.3%を超えていくとしたら、政府とFRBから強烈な牽制が入るだろう。すなわち、米金利は大きく上昇することは、かなり難しい。当面は0.85%~1.25%程度のレンジと考えておくべきと考える。
もう一つの論点である米金利が上昇すると、株式相場が崩れるという論調も疑問である。もちろん、一時的には高値圏にある株価が調整局面となる可能性はあるが、それは崩れるとは異なる、健全な調整に過ぎないだろう。何故なら、金利が上昇すると、確かにPERの割高さを正当化するのが難しくなる。しかし、株価はPER×EPSである。今の良い所取りの相場であれば、今度はEPSの将来の回復を織り込んで正当化するのではないだろうか?通常は12カ月先のEPSを見ているとするならば、より先の回復、すなわち24カ月先EPS、36カ月先EPSなどだ。もちろん、そんなのは分かりようがない。しかし、今の世界は、気候変動問題など「人類共通の課題」に対して、新たなテクノロジーを使用して何とか解決しなければならない、そのためには政府の補助金や税金の投入もやむなしというムードになっている。つまり、そこに明確なストーリーが生まれている。「今はダメでも将来性がある」それだけで、株価は正当化されてしまう環境なのである。そのストーリーに長期金利の上昇は、大きく影響しない。テクノロジーが実現できない、あるいはテクノロジー開発の時間軸がかなり先であることが分かってしまう、政府が財政緊縮路線に転換して補助金等を絞るというような、テクノロジーへの失望という事態にならないと、今のトレンドはまだまだ継続すると思われる。米金利が上昇して、株価が崩れるのは通常の自由な競争と制約がないマーケットでのセオリーである。今の世界は、そこから随分遠い所にいる。これまでのセオリーは通用しないと思われる。

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