来週の相場見通し(4/22~4/26)②
1.中東リスク
今週末の金曜日は、市場が大きく揺れた。イスラエルがイランに対して報復攻撃をしたからだ。イスラエルとイランは中東地域の2大軍事大国であり、やや大袈裟に言うならば、中東におけるロシアと米国のようなものだ。その2つの大国が本格的に戦争をする事態になれば、その影響は計り知れないものがある。市場は不透明感を何より嫌うので、市場が大きく反応するのは当然である。現段階ではイスラエルとイラン双方ともに一応は冷静さを失っておらず、メンツを保ちながらも、状況をエスカレートさせないように配慮した戦争行為に留めているのだが、この先も安心できるかは分からない。戦争行為は、エスカレートしていくものなのだ。但し、この中東についても、まずは大局観を捉えておくことは重要だ。もちろん、私は中東軍事の専門家ではない。しかし、以下の点は市場から見た場合の重要なポイントである。
① イスラエルとイランは、この地域の2大軍事大国。
② イスラエルは米国の最大の同盟国であり、かつ核保有国であるので、イランが本格的な戦争をして、イスラエルに勝つことは不可能。
③ イスラエルは自国の防衛はできるが、他国への攻撃については空爆やミサイル攻撃しかできない。人口が少ない国であり、イランのような大国を地上軍で圧倒することは不可能。
上記の大局観を前提とすれば、そもそもイスラエルもイランも戦争を行って、得をすることは何もない。最初からお互いに無理ゲーなのだ。ゆえに、マーケットもイスラエルとイランが本格戦争に発展するリスクは非常に小さいと考えて安心している。
但し、上記の大局観を持ちながらも、下のような点も念頭に置いておくべきだ。
・1979年にイラン革命が起こり、イランでは革命防衛隊が誕生した。彼らは徹底したイデオロギー教育を受けている。そのイデオロギーとは、イスラム中心の世界を作るということであり、イスラエルはこの地域に存在してはいけない国家だ。実現可能が不可能かは意味をなさない。イラン革命防衛隊の存在意義やイデオロギーからすれば、最終目標として、いずれはイスラエルと決着をつける必要がある。
・イランのハメネイ師も既に85歳、その周囲の指導者もかなり高齢だ。イランがイスラエルと戦うとしたら、ガザ紛争でイスラエルが疲労している今が、タイミングとしてはラストチャンスかもしれない。そう考えるイラン革命防衛隊の強硬派もいる。
・イスラエルとイランともに、「やられたら、やり返す」というメンツを保つことを安全保障上の要(かなめ)としている。日本のように「遺憾である」という言葉で済ます国ではない。メンツを保つことが理屈に合わなくても、やらなければいけないことはやる。
・今のところ双方に大きな被害は出ていないものの、仮に何らかの手違いやミスで、どちらかの国民が大量に犠牲になるような事故が発生した場合には、エスカレートする以外に道はない。
・米国はアフガニスタンからの無責任な撤退と、シリア戦争における不手際により、中東での外交パワーを喪失している。
このように危ない面も多いのである。この週末は、今のところ大きな動きは出ていない。イランはイスラエルの報復攻撃について、国内の報道を限定的に扱い、「何でもないように」振舞っている。イランのアブドラヒアン外相は19日、米NBCのインタビューで「昨夜の攻撃は空爆ではない。ドローン(無人機)ではなく子どものおもちゃのようなものだった」と述べた。その上で「イスラエルがイランに対して決定的な行動をとった場合、迅速かつ最大限の対応をとり、イスラエルは後悔することになるだろう」と警告した。要するに、イランとしては再度の報復しないと言っているようなものだ。
但し、その他の報道によれば、イスラエルの攻撃はドローンではなく巡航ミサイルであったようだ。しかも、イランはこの巡航ミサイルを迎撃できず、イランの基地に着弾したようだ。これはイランとしては、メンツを潰されたとも言えなくはない。強硬な革命防衛隊の一部は、これで終わらせたくない勢力もいるだろう。下のチャートはイスラエルのCDSであるが、週末はやや低下した。市場はまだ警戒しているものの、一段のエスカレートはないと見込み始めている。
今後の分かっている重要な日程を確認しておこう。まず、イスラエルでは来週の23日から29日までユダヤ教において最も重要な過越祭(パスオーバー)を迎える。この時期はユダヤ教徒は口にしてはいけないものが多く、ナーバスになる。昔、ユダヤ教徒の部下と仕事をしたことがあるが、色々と大変だったことを思い出す。下の表の赤字はユダヤ教関連の祝日や重要日であり、黒字がイスラムのシーア派の重要日である。イスラエルは、この過越祭の最中には一切の戦争行為はしないだろう。イランが報復攻撃をしないのであれば、このお祭り期間が冷却期間となり、ひとまずイスラエルとイランの直接の報復合戦は収束すると思われる。その後は、今まで通りイランの代理であるヒズボラや、イラクの親イラン組織であるカタイブ・ヒズボラ、そしてイエメンのフーシー派の武装勢力などが、イスラエルと散発的な戦いを続けるだろう。しかし、これは市場においては日常風景であり、新たなリスク要因ではない。メインシナリオとしては、中東地政学リスクが後退し、市場は米国企業の決算発表に集中できる環境になると見込む。
2.日本について
今週は3月の訪日観光客数が300万人を超えたことが大きな話題になった。円安効果と桜効果だろうか。そして、インバウンドの消費額が1-3月で1.7兆円を超えた。コロナ前の2019年の同期比と比べて52%も増加した。下の表のように、中国人観光客の消費はまだ2019年を下回っているものの、欧米人の消費が驚異的に伸びている。そして、金額の水準としては、まだまだ伸びしろは大きいだろう。これは明るい材料である。
日本株への海外投資家のフローも1月から3月は冴えない状態であったが、4月に入ってからは2週目までに1.6兆円の買い越しとなった。下のグラフは、年初からの推移であるが、今年は昨年に近い動きとなっている。但し、ここから先は昨年とは対照的な展開になるかもしれない。日本株を取り巻く環境は厳しくなってきている。
日本株を牽引してきた要因を改めて整理しておきたい。昨年から足元まで、日本株を引き上げてきた要因は10項目だ。
①バフェット効果
②東証の資本コスト改革要請(PBR1倍)
③好調な企業業績、日本企業の変化への期待
④円安進行(業績かさ上げ)
⑤デフレ完全脱却(賃上げが出来る普通の国へ、30年ぶりの変化)
⑥インフレによる株高
⑦国内投資家需給好転(新NISA、自社株買い活発化)
⑧サプライチェーン(脱中国)と海外企業の日本進出加速
⑨政治的な安定
⑩日本の中進国化(見かけ上の株高、通貨安)
①~⑨までは良い材料による株高、⑩は悪い株高である。
さて、この良い①~⑨についてであるが、大半は色褪せてきている。今週、バークシャーが新たに2633億円の円建て社債を発行したことから、久しぶりに「ミニ・バフェット効果」的なムードになったが、その後の地政学リスク勃発もあり、アナウンスメント効果は継続しなかった。東証の資本コスト改革は、もう市場ではあまり耳にすることはない。問題は③の企業業績であるが、このところ予想EPSはどんどん低下している。ここは要注意だ。また、日本企業は本当に変わってきたのだろうか?高い賃上げ率をもって、日本企業は従業員に分配するようになったと報じられるものの、それは一部である。とりわけ驚いたのは、昨年の大企業の賃上げ率だ。23年の大企業の春闘での賃上げ率は3.58%と30年ぶりの高水準になったことが話題になった。しかし、これは労働組合を持つ企業の賃上げ率だ。厚生労働省の調査によれば、日本の大企業全体の昨年の平均賃上げ率は▲0.7%と報告されている。我々はマスコミによる偏向した報道で、過大に「日本企業は変わった」と騒いでいるだけかもしれない。そうなるとデフレからの完全脱却、賃上げができる普通の国という大きなテーマも怪しいということだ。円安については、非常に重要なテーマなので、この次に取り上げる。政治的な安定も、どうなることか。4月28日にいよいよ補欠選挙が行われる。自民党は島根にしか候補者を立てられなかった。岸田政権の支持率も国賓待遇での訪米後も大きくは上昇していない。日本の政治は権力闘争の真っ只中にあり、政治的な安定度は実際には崩れている。このなかで、今でも有効なのは⑧のサプライチェーンの変更や、海外企業に日本進出くらいである。
さて、私は「為替」が世界的に市場の大きなテーマになると思っている。「円安」という国内問題と、「ドル高」という世界的な問題が同時に発生し、為替が市場大きなボラティリティをもたらすと思うのだ。
まず円安であるが、円安度合いが安定感を増してきている。今週末に中東地政学リスクが発生し、日経平均株価が急落したり、米金利が急低下する状況になったが、その時でさえもドル円相場の円高への揺り戻しは限定的だった。普通なら数円の円高になっても不思議ではないのにだ。
この円安は簡単に収束しそうにない。何故なら、ドル高と円安という2つの要因が同時に発生しているからだ。いずれ政府当局は為替介入に追い込まれるだろう。実弾介入だ。23年は9兆円の介入で円安を防止したが、今年はそれ以上の規模の介入を迫られる可能性もある。歴史的に新興国は自国通貨安に苦しんできた。何故なら自国通貨安の防止は、実弾介入の場合は無制限に出来るわけではない。外貨準備高が介入の原資であり、上限だ。実際には日本には190兆円もの外貨準備があり、かつスワップ協定により、いくらでもドルをFRBから借り入れることが可能なため、ほぼ無制限に介入は可能である。可能ではあるが、実際には無制限介入は現実的ではない。政府が日銀を通じて為替介入をしても、その効果が1日、2日しか持たずに、政府が介入を何度も何度も繰り返す状況に追い込まれた場合、市場では「外貨準備の枯渇」を新たな材料として、勢いづくことになる。こういうスパイラルに入ると、市場は恐ろしく獰猛なのだ。当局の介入とは「寝た子を起こす」行為であり、世界の投機筋の興味を引き付けてしまう。ゆえに、当局は実弾介入をやりたくない。口先介入で時間を稼いでいる間に、米国が利下げサイクルに入るのを待っているのである。しかし、FRBの利下げは、実際に開始されても、「浅くて短い利下げサイクル」となる可能性があり、長期金利は大きく低下しないかもしれない。つまり、円安は止まらない。
155円を超えて、ドル円相場が160円に向かう。160円も超えて、165円、170円となったら、何が起こるのだろうか?米国の金利低下が鈍く、政府の介入も効果が低いとなると、「日銀の強烈な利上げ+介入」というポリシーミックスを市場は連想するだろう。実際にそれをやってきたのが、お隣の韓国だ。下のグラフのように、韓国の株価は低迷している。通貨安を防止するため、韓国政府は介入を毎月のように行い、韓国中銀は政策金利を3.5%まで引き上げる事態となった。ちなみに韓国の通貨制度は管理フロート制度である。そんな管理フロート制度においても、通貨安を止められないのだから、日本のように自由に通貨が売買できる状況では、さらに難しいということだ。
一昔前の日銀は、「為替は管轄外」としてコメントしなかった。財務省の管轄だからだ。しかし、植田日銀は違う。4月9日の国会答弁でも植田総裁は、「為替レートの動きが、経済・物価上昇に無視できない影響を与える事態に至れば、金融政策の対応をもちろん考える可能性が出てくる」と発言している。今の日銀は為替の円安を防ぐために、金利を引き上げるのである。ところで下のグラフは、大企業と零細企業の営業利益の推移である。大企業の営業利益は順調に伸びてきた。しかし中小企業の伸びは鈍い。零細企業は3年連続の営業赤字である。こうした中で、賃上げまでやるとなれば、それは前向きな賃上げではなく、賃上げしないと人が退職して倒産してしまうという「追い込まれ賃上げ」のはずだ。そこに日銀の利上げで、金融機関の融資金利が大幅に上昇する事態になれば、かなり厳しいことになることは明らかだ。また、日本の中小企業の9割は輸出企業ではなく、円安もそもそも悪材料だ。
下のチャートは帝国データバンクの提供する過剰債務企業数の推移であるが、最新の報告によれば25万社を超え、過剰企業比率は17.1%ということだ。脆弱な企業が増加している中で、激しい外部環境の変化は、致命傷を与えることになるだろう。
このように円安が止まらずに、日銀が円安を止めるために利上げを行う場合、「円安が止まらない=追加利上げ」の連想ゲームになり、これは日本株全体に大きなネガティブ要因となる。これまで円安は、日経平均株価の押し上げ要因だった。日経平均採用企業の6割が輸出関連だからだ。しかし、それは日銀の利上げを伴わない円安進行の場合である。ここから先の「止まらない円安」は、日本株にはリスク要因に転じることだろう。
更に複雑な点は「ドル高」が世界的なテーマになりつつあることだ。先般のG20でも議論されている。この先に世界の各中央銀行が利下げサイクルに入り、米国だけが金利を据え置いたり、小幅な利下げに留める場合、ドル高は一段と加速する。既にそうした展開を織り込んでドル高が進んできたとは思うのだが、まだドル高が進んでいく可能性は十分ある。ドル高は「アジア通貨危機第2弾」のようなリスクを引き起こしやすく、今後の市場のリスクとして大きくなっていくと思われる。一方で日本としては、世界的にドル高への懸念が共有され、その対策が議論されることは、良いことだ。いずれにしても、為替相場が久しぶりに市場の主役級テーマになるかもしれない。
3.来週のポイント
来週は米国では主要企業の決算が盛りだくさんである。地合いは悪いので、どこかの企業決算で「○○ショック」が出やすい。特にテスラとアップルは市場の目線は厳しいものがあり、どういうプライスアクションになるか注目したい。今の悪い流れを打ち消すのは、やはり生成AI、AI半導体の強さが示されることであろう。決算については、また改めて取り上げる。
米国の来週の経済指標では何といっても26日の3月のPCE統計である。CPIの強さとPPIの鈍化を総合して、PCEコア価格指数は前月比0.3%、前年比では2.7%に小幅低下するとの見方が強い。これが上振れると、米国債券市場が不安定になり、2年金利が5%を超えて、10年金利が4.8%へ向かう流れになるリスクがある。25日の米国の1-3月期のGDP速報値が強く、PCEも上振れた場合、市場は「利下げではなく、利上げ」を見込む向きが出てくるだろう。それが一時的な動きだとしても、これは怖い動きであり、株安にダイレクトに繋がることになる。逆にPCEが予想外に鈍化する場合は、市場の利下げ見通しがまた回復し、ドタバタするのだろう。株価にはプラスだ。
また、来週はPCEを控えている中で、火曜日に2年債入札、水曜日に5年債、木曜日に7年債入札が続く。先般の米国20年債入札は好調だったが、短中期はFRBの金融政策の影響を受けるため、投資家がこの環境でどれだけリスクを取れるかは分からない。入札不調で金利が上昇しているなかで、主要な米国企業決算で冴えないものが連発すると、米国株式市場は過剰に売り込まれることになりそうだ。米国株を押し目買いするのは悪くないと思うが、その「量」は十分に気を付けたい。まだ売りの最終局面となるようなクライマックスに到達しているわけではなく、来週の動向次第では更なる大きな下げも想定しておくべきだ。長期投資家は、そうしたことも想定しながら、量に注意して投資すれば良いだろう。
日本では日銀金融政策決定会合が開催される。展望レポートでは。今年の物価見通しが引き上げられる見通しだ。26年度は2%程度となる見込みだ。植田総裁は3月のマイナス金利解除が正しかったとアピールしつつ、足元の為替動向を踏まえて、タカ派的なトーンの発言をすると思われる。最大の注目点は国債買入方針である。前回の会合の声明文では、現在と同じ規模の国債買入を続けるとの文言があった。これが修正されたり、除外されたりすると、市場では「日銀が国債買入を自由に減額させて、短期金利は低く抑えながらも、長期金利を引き上げることで、円安を防ごうとしている」との連想から、為替相場ではサプライズ的な円高となり、10年金利は1%に向かうかもしれない。
来週は非常に重要な週となりそうだ。それでは来週に備えて、リフレッシュした休日をお過ごしください。周囲は花粉が和らいでいるようだが、私は酷くなるばかり・・・(ずるる)