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来週の相場見通し(9/9~9/13)①

1.はじめに

米国のレイバー明けの市場は、それまでの流れが大きく変わるとも言われてきた。また、9月相場は歴史的に年間でも最もパフォーマンスが冴えない月として知られている。今週の米国株式市場は、まさにそのような展開で推移した。今週の一連の米国経済指標は総括すれば、「まちまち」であり、これは逆に言えば「景気後退からは程遠い状況にある」ということが確認された。しかし、株式市場はそれを認めない。代わりに「変曲点」という言葉がキーワードになっている。「今は景気後退ではないが、景気後退に突き進む変曲点に接近しているんだ」という警戒感である。従って、株式市場はFRBに50bpの利下げを執拗に催促している相場となっている。これは、過去のFRBの利下げの歴史では、初回の利下げが25bpの場合は、累計で3回75bpの「短くて浅い利下げ局面」で終わっているからだ。過去2年間でFRBの強烈な利上げ局面に耐え忍んできたマーケットは、僅か75bp程度の短くて浅い利下げ局面では納得できないのである。市場は累計で200bp以上の「長くて深い利下げ局面」を求めている。それには初回の利下げが50bpが必要であるという経験則から、株式市場は「まちまち」の経済指標に対して、強烈な売りで反応している。これは、FRBに対して「50bp利下げをしないと、株式市場は失望から崩れますよ」という圧力をかけているのだ。FRBにとって次回のFOMCで必要なことは、初回の利下げ幅に関係なく、状況に応じて「長くて深い利下げ局面」に応じる準備があるというアナウンスをすることだろう。市場とFRBには先行きの景気認識に対してギャップがある。それを埋めるのが、FRBの仕事となる。今週の雇用統計の後に、FRBの重要人物のウオラー理事が、まずは地ならしとして、そういう意味合いの発言を始めている。私は、ファンダメンタルズとしての米国経済と米国株に大きな心配はしていない。典型的な弱い9月相場のスタートとなっただけのことだと捉えている。しかし、テクニカル的には米国株はダブルトップを形成し、短期的に一段と売られやすい環境になっている。8月の調整相場とは大きくは変わらない。年に何回かは発生する5%~10%の調整局面に入りやすい地合いになっているということだ。セオリー、アノマリー的には9月の調整局面では押し目買いをするのが良い戦略ということになる。今回は、まずは今週の米国経済指標を振り返ることからスタートしよう。

2.米国金融市場

今週の経済指標を幾つか取り上げる。まずは求人件数だ。今週発表された求人件数は大きく低下し、市場のサプライズとなった。下のチャートのように、コロナ前の平均的なレベルは700万人程度であるため、その水準に戻ってきたことになる。市場では、今回の低下は一過性のもので、来月の求人件数は再び800万件台に上昇するとの見方が強いものの、労働市場が正常化している流れにあることは間違いない。

(求人件数)

求人件数が大きく減少したことから、失業者1人当たりの求人件数も大きく低下した。こちらは、コロナ前の1.2件の水準を下回るレベルに達したことになる。一時は失業者1人当たり2件以上の求人がある売り手市場だったが、もうそういう環境ではなくなっているようだ。

(失業者1人当たりの求人件数)

ADP雇用報告における転職者と非転職者の賃金上昇率の差を見たのが下のチャートだ。コロナ後に労働市場が歪んだ際には人手不足から転職者と非転職者の賃金上昇率が大きく乖離したが、現在では落ち着いてきている。これも、労働市場の正常化を示すデータである。

(転職者と非転職者の賃金上昇率差)

ADP雇用報告の民間雇用者数については、9.9万人となり、10万人を割り込んだ。これは2021年1月以来の低い数字である。しかし、この統計はかなり振れが大きく、2020年のコロナ前でも下のチャートのように、10万人を下回ることは頻繁にあったほか、景気が堅調な中でもマイナスの伸びになることもあるため、あまり騒ぐ必要はないだろう。

(ADP 民間雇用者数)

コロナ以前の2010年~2019年の雇用統計における非農業者部門の雇用者数の伸びとADP雇用報告の民間雇用者数の伸びの差を示したのが下のチャートだ。でこぼこしており、非常に乖離が大きいことが分かる。

(NFPとADP雇用報告の差)

但し、ここ1年くらいは徐々に、雇用統計のNFPとADP雇用報告の差は収斂しているというか、差の幅が小さくなっている。(下図)こうなってくると、ADP雇用報告の指標としての注目度は高まるだろう。

さて、速報性の高い新規失業保険申請者数は、依然として米国が景気後退とは程遠い状態であることを示している。(下図)景気減速を明確に感じるのは26万人から28万人、景気後退レベルだと30万人から35万人の申請件数が目安だ。まだまだ、そういう状況には程遠い状況だ。

(新規失業保険申請者数)

失業保険の継続受給者数は高止まっている。これが高いと、失業率が悪化していく可能性が高くなるため、引き続き注目していく必要があるだろう。

(失業保険継続受給者数)

ただし、これも下の2015年~2019年のコロナ前の状況を見ると、現在よりも継続受給者は多く、水準としてはあまりナーバスになる必要はない。

(2015年~2019年の継続受給者数推移)

労働市場のトリとして、週末に雇用統計が発表された。非農業部門雇用者数は予想の16万人に対して、14万2千人と小幅に下回った。市場はもっと悪い数字も想定していたことから、これは問題のない下振れだった。しかし、またしても過去2ヵ月分の数字が下方修正された。6月分が17.9万人から11.8万人へ、7月分が11.4万人から8.9万人へ合計8.6万人の下方修正だ。これを見せられると、今回の14.2万人も来月には下方修正されるイメージとなる。
最も注目された失業率は4.2%へ低下した。失業率が上昇していれば、9月のFOMCにおける50bp利下げは既定路線になったのであろうが、失業率が前月から改善したことで、依然として不透明になった。更には平均時給が前月比+0.4%と市場の予想を小幅に上回った。前回のCPIでは下がり基調にあった家賃関連が再び上昇したり、スーパーコアが前月比プラス圏に反転した。今回の平均賃金も7月には+0.2%だったのが、+0.4%に上昇しており、市場にとっても「インフレ再燃リスク大丈夫?」と口には出さないが、ちょっと気持ちの悪いデータであり、来週のCPIへの注目が少し高まった。
総就業者数は下のチャートのように今月も伸びている。景気後退時には、この就業者数が減少することから、今回の雇用統計を見ても、労働市場は減速しているものの、景気後退とは程遠いという結論になる。

(米国就業者数推移)

次に、ISM関連の経済指標を振り返ろう。ISM製造業指数は47.1と節目の50を相変わらず下回っており、冴えない状況が継続している。但し、前月からは少し改善しており、45を割り込むような恐怖のシナリオにはならなかったことは安心材料だ。

(ISM製造業指数)

今回はISM製造業の新規受注の低下が少し話題になった。下のチャートのように44.6へと低下した。確かに良くないデータではある。

(ISM製造業 新規受注)

しかし、下のISM新規受注とS&P500のチャートを見てほしい。新規受注が悪化していても、S&P500が堅調に推移している時期は複数ある。新規受注が極端に水準を下げない限りは、これもあまりナーバスになるべきではないだろう。

(ISM製造業新規受注とS&P500)

ISM製造業が冴えない中で、ISMサービス業も落ち込んでくると、市場のムードは悪くなるわけだが、下のチャートのようにISMサービス業は2ヵ月連続で節目の50を超えている

(ISMサービス業)

下のチャートはISM製造業とISMサービス業の合計値の推移だ。赤い丸がFRBが利下げを開始した時期である。足元のISM合計値は100を割り込んでいる。ISMだけから判断すれば、7月頃に利下げを開始していても、何ら不思議ではなく、9月の利下げは十分に正当化されるだろう。

(ISM製造業+ISMサービス業)

米国のその他の金融市場の環境を見ておこう。投資適格債のスプレッドは、やや上昇しているものの、水準としては安定している。ところで、足元では記録的な起債が実施されている。9月3日の起債は1日の案件数として歴代1位となった。週間でも大量の起債が行われているほか、今月の起債が100bnを越えれば、9カ月間連続で100bn以上の起債という新記録が誕生する。一般的には、企業がこれだけ長期間に渡り起債に旺盛なのは、米国景気が非常に好調であり、設備投資のマネーを必要としているためだ。あるいは今後のM&Aの活発化に備えた資金の確保であるかもしれない。いずれにしても、前向きな理由であることが多い。もちろん、過去の社債の借り換えのための資金需要も相応にあるのだが、それでもクレジット市場が極めて安定していて、起債環境がすこぶる良いということは確かだ。通常、景気減速期や景気後退期では、こうした状況は発生しない。ちなみに、8月の株式市場が大きく荒れた局面では、企業の起債は延期されたり、見送られた。足元では起債が非常に活発であり、クレジット市場は9月の株価調整をあまり気にしていないように見える。

(投資適格債スプレッド)

下のチャートはブルムバーグの金融コンディション指数であり、米国のマネーマーケット、債券市場、株式市場のストレス度合いを示している。プラス圏が金融緩和的な環境であり、マイナス圏は金融引き締め的なストレス環境だ。これを見ると、2022年はFRBの利上げと株価下落の中で厳しい環境が継続していたことが分かる。直近では8月に株式市場が調整してマイナス圏となったが、足元ではプラス圏で安定推移している。

(ブルムバーグ金融コンディション指数)

下のチャートはFRBが毎月公表しているFCI-G(広義の金融コンディション指数)の推移であるが、足元の水準はマイナス圏にある。金融市場の安定という観点からが、FRBが大幅な利下げを行う必要性は感じられないだろう。

(FRB FCI-G)

サンフランシスコ連銀が22年11月から公表を始めて代替FF金利の推移が下のチャートだ。代替FF金利とは、銀行間のFF金利取引だけでなく、他の短期金利や市場の取引データを加味し、より包括的に金融市場の状況を反映するように設計されたものだ。具体的には米国債金利、住宅ローン金利、借入金利のスプレッド、レポ金利など12の変数をもとに算出されている。下のチャートのように足元では代替FF金利は低下基調にある。このことも、FRBにとっては初回の25bpの利下げで十分では?という理由になり得るものだ。

(サンフランシスコ連銀 代替FF金利)

さて、雇用統計も終り、市場の注目は9月のFOMCに徐々にシフトしていく。
現在の市場の利下げの織り込みは以下の通りだ。9月の50bp利下げは、まだ完全には織り込め切れていない。一方で年末までには4回~5回の利下げを織り込んでいる。3回のFOMCしかないので、年内のどこかで50bp利下げを行うことは完全に織り込んでいる。そして、来年の夏までには9回~10回の利下げを想定しているのだ。これは景気後退時の織り込みに近く、それほどの利下げがスムーズに行われるとは思えない。

米国の2年金利は大きく低下してきた。FRBに「長くて深い利下げ」を催促している。(下図)

(米国2年金利)

10年金利と2年金利の長期間に及ぶ逆イールド状態が、明確に解消した。2年金利が3.5%に向かう局面のどこかで逆イールドは解消すると思われたから、これも想定通りである。ここから更に2年金利が低下していくのは、簡単ではない。10年金利も依然として3.5%は近いようで遠いだろう。

(10年金利と2年金利のスプレッド)

ところでカナダ中央銀行は、今年の6月に利下げを開始し、直近までに既に3回の利下げを実施した。(青い線)利下げ開始後にカナダ2年金利は100bpほど低下しているが、10年金利は70bpほどしか低下していない。この先にカナダの10年金利がどう推移するかは要注目だ。何故なら、下の網掛け部分はカナダの中立金利(2.25%~3.25%)のゾーンであり、カナダの10年金利は既にこのゾーンに突入しているからだ。カナダの政策金利は、この網掛けゾーンに向けて更に低下していくだろう。しかし、10年金利がどの辺で下がらなくなるのか、この動向はFRBやECBの利下げにおける長期金利の動向の参考になると思われる。利下げに先行しているカナダの動きは要注目だ。

最後に米国の肌感覚の景況感として、ニューヨークのブロードウエイの週間の興行収入の推移を確認しよう。コロナによるロックダウンで興業がストップしてから、大きく回復してきた。秋から年末にかけてブロードウエイの興行収入は上昇していく。今のところ、今年も例年通りの展開で、景気後退のような異変は生じていない。年末に向けて興業収入が伸び悩むような事態になれば、景気の先行指標の1つとして注目したいものだ。

(ブロードウエイの興行収入推移)

今週の経済指標は、FRBの初回の利下げ幅が25bpになるか、50bpになるかの決め手に欠けた。そのことで、市場の不透明感は晴れずに、株式市場は不安定化している。そこにテクニカル要因が加わり、ちょっと荒れ相場の様相を呈している。言ってみれば、それだけの相場とも言える。
今週は2回に分けて、明日は株式市場の状況を取り上げる。

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