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2023年10月 アルバムレビュー L'Rain, Jamila Woods, Sampha

 10月にリリースされたおすすめのアルバム30枚をプレイリストにまとめました。今回はその中からとくにおすすめのL’Rain『I Killed Your Dog』、Jamila Woods『Water Made Us』、Sampha『Lahai』の3作品を紹介します。


L’Rain 『I Killed Your Dog』

 ブルックリンを拠点にするマルチ奏者、シンガー、ソングライターのL’Rainの3rdアルバム。2023年はTirzah、Loraine James、Liv.eなどのエレクトロニカとR&Bをベースとしたエクスペリメンタルな音楽を奏でる女性アーティストの新作に恵まれた1年だった。L’rainはそのなかでも、コラージュを生み出すという点において唯一無二のセンスをもったアーティストだといえる。

 オルタナティブロックやサイケデリックを大胆に取り入れていることももちろんだが、コンテンポラリーなジャズの要素やアンビエントな音像の使い方も非常に個性的な作品である。激しく歪むギターのノイズと複雑なリズムを奏でるドラムが絡みつきながら、楽曲は思わぬ方向へと展開していく。そのなかでL’Rainの歌声が幻想的に響き、夢の中のようなカオスを生み出している。アルバム全体も、インタールードを挟みながら不思議なほど推進力をもって展開していき、一枚のアルバムとは思えないほどの多様な広がりを見せている。

 ひとつひとつのサンプル、インストゥルメントの積み重ねが緻密で、心地のよい飽和状態が空間を満たし続ける。その効果で、レイヤーの減った瞬間に生まれるスペースも、より大きなものに感じられるようになっている。あらゆる要素が同居しながらもアンビエントな静謐さはそこにしっかりと残っているのだ。

 コンセプトだけみれば、この作品はもっと騒々しく、受け入れづらいものになっていてもおかしくないはずである。しかし、L‘Rainの類い希なるバランス感覚によって、その均衡が崩壊寸前で保たれている。破綻ではなく調和によって生み出されたオブスキュアさが新しい音楽体験を届けてくれる一枚だった。

Jamila Woods 『Water Made Us』

 シカゴ出身のR&Bシンガー、ソングライターJamila Woodsの3rdアルバム。そのタイトルが示すとおり、我々の体を構成する水、小川を流れる水、そして地球を循環する水のような、しなやかさと力強さを兼ねそなえた不思議な優しさに満ちた作品だった。

 Cleo Solも同様にオーガニックな質感をもった美しいR&Bを9月にリリースしている。そのCleo Solのアルバムは、神や母の存在を想起させ絶対的な慈愛を感じさせる作品だった一方、今作は友人や恋人などの身近な人に寄り添い支え合うような愛のかたちを描いている。

 現在のシカゴのシーンにはNoname、Nico Seagull、Sabaなど才能あるアーティストが多数存在する。Jamila Woodsとの交流も深い彼らは、ジャズやゴスペルを取り入れながらミニマルでメロウなヒップホップ、R&Bを追求し続けている。Jamila Woodsの1stアルバム『HEAVEN』はとくに当時のシカゴのシーンを象徴するようなサウンドだった。そして、2ndアルバム『LEGACY! LEGACY!』はより現代的なビートを取り入れ、新しい可能性に挑戦した1枚になっていた。そして今作は、その2作のスタイルを融合させ拡張させたようなサウンドになっている。

 2010年代後半のシカゴで発展してきたスタイルを基本的には踏襲しつつも、それだけにはとらわれない新しい音楽性を見せている。とくにアルバム後半「Boomerang」「Still」「Good News」などは、そのアプローチが結実した楽曲だといえるだろう。また、幅広い展開を見せながらも全体的なテクスチャーは統一感があり、彼女の歌声をしっかりと引き立てるような構成になっているのも素晴らしい。今年豊作となっているR&Bシーンのなかでも、とくに完成度の高い一作だった。

Sampha 『Lahai』

 ロンドン出身のシンガー、ソングライターSamphaが6年ぶりにリリースした待望のニューアルバム。今年発表された音楽作品のなかで、もっとも美しい一作だと言っても過言ではない。

 本作では、穏やかな歌声とピアノが中心に据えられたミニマルな構成が全編を通して続く。そして、シンセサイザーのループやサンプルが楽曲に色彩をもたらし、ストリングスは空間の広がりを強調している。リズムは変則的ながらビートは控えめな仕上がりで、すべての要素がSamphaの歌声をそしてリリックに込められたメッセージを引き立てている。あるいは、空間そのものが本当の主役なのかもしれない。

 前作『Process』はミステリアスな美しさをもったアルバムだった。ひとつひとつのレイヤーはぬくもりをもった質感で、寄り添うような歌声が心地よいはずなのに、異様なまでに張り詰めた雰囲気が作品全体を満たしていた。その独特の緊張感は本作にも受け継がれている。しかし、このアルバムにおいてはそれすらも空間を構成する一要素でしかないのだ。

 移民としてのルーツ、アフリカン・ディアスポラ、親子の関係、スピリチュアリティ、ロンドンのコミュニティ、さまざまなメッセージがこのアルバムを通じて伝わってくる。そんな本作の核心にあるのは、空を駆ける鳥の様子だ。空は我々の上に無限に広がっている、しかし、それは決して羨望の対象ではない。空という雄大な存在が、パーソナルなメッセージを内包していることがこのアルバムの美しさの根源なのだろう。こんなにも新しくて、聴いたことのないような音楽なのに、なぜ、これほど親しみを感じるのだろうか。未知の音楽が鳴っている、なにか不思議なことがおきている。昔からそこにあったかのように体がそれを受け入れる。このアルバムは空そのものだ。


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