André 3000『New Blue Sun』とその客演時代
André 3000がニューアルバムをリリースするという知らせは、あまりにも唐突にやってきた。しかも、ラップを一切せずにフルートにフォーカスした作品だという。ヒップホップの一時代を築きながら、17年ぶりのカムバックがフルートのアルバム、そのチグハグさ加減がなんともAndréらしい。とにかく、ヒップホップと同じくらいにアンビエントやジャズが好きな僕にとって、この作品のリリースは非常に楽しみなものになった。
André 3000がBig BoiとともにOutkastで成し遂げたことは、もはやこの場で語るまでもない。1990年代後半、東西に二分化されたシーンに颯爽と現れた彼らは、ヒップホップにおける既成の枠組みを次々と破壊していった。二人は間違いなく、その後のアトランタ、サザンヒップホップの台頭を語る上で欠かせない存在である。そして、2006年の『Idlewild』のリリースを最後に、Outkast は活動を休止した。その後、Big Boiは4枚のスタジオアルバムを発表する一方で、Andréは音楽産業から距離を置くこととなった。
Outkastの活動休止後も、Andréは客演としてたびたびラップを披露している。Frank Ocean、James Blake、Anderson Paak.など現代のシーンを牽引するアーティストたちとの共演はとくに印象深い。最近参加したKiller Mike「SCIENTISTS & ENGINEERS」では、まだまだラップの腕前が衰えていないことを見せつけている。
しかしその間、彼はほとんど表舞台に姿を見せていない。2014年には一時的にOutkastを再結成しツアーを行い、2018年にはSoundcloudに「Me & My」「Look Ma No Hands」の2曲をアップロードしたが、それ以外には自身の名義で音楽活動を行うこともなかった。フルートを持ったAndréの目撃情報がインスタグラムに投稿されることはあっても、彼自身から何か発表があるわけではなかった。
Andréのいちファンとして、僕は正直その状況に戸惑っていた。時々ソーシャルメディアで見かけるAndréの姿と、客演で素晴らしいバースを聞かせてくれるAndréはどうしても一致しなかったのだ。ラップをやめたわけではないはずだ。だが、ラップを続けるつもりはあるのかもわからない。今後、アルバムをリリースすることはあるのだろうか。それとも、フルートを使ってなにか新しい音楽を聴かせてくれるのだろうか。
そんなくだらない疑問は、『New Blue Sun』というアルバムを聴いて、簡単にどこかへ行ってしまった。Andréは何にも捕らわれない一番自由なアーティストだったことを、どうやら僕は忘れてしまっていたようだ。
『New Blue Sun』は、そのサウンドや参加ミュージシャンからいって、LAを中心に発展してきたアンビエントジャズの文脈に位置づけられるだろう。しかし、実際には非常に広い視点でアンビエントミュージックそのものを捉え直している作品だといえる。
現代において、アンビエントという言葉が指し示す範囲はじつに幅広い。ニューエイジと合流し、そのなかで発展してきたアンビエント。Aphex Twinらが開拓した電子音楽としてのアンビエント。サウンドスケープやインスタレーションの中で進化してきたアンビエント。Sam Gendelのように空間音楽としてのアンビエントを色濃く受け継いでいるアーティストもいれば、インディーミュージックのなかに音像として取り込まれたアンビエントも存在する。
もちろん、複雑に入り交じった文脈をこんな簡単に分けてしまえるわけないのだが、現代におけるアンビエントミュージックの多様さは分かってもらえただろう。
『New Blue Sun』では、そのすべてを射程に捉えた上で包括的に再構成する試みが行われている。アンビエントにおける原型的なパッドシンセの上で、Andréのフルートはプリミティブに響く。反復や展開をもたない楽曲もあれば、曖昧なリズムをもって雄大に広がりを見せるものもある。一般的なアンビエント作品の例に漏れず、全体的なテクスチャーには統一感があるものの、楽曲ごとに全く違った試みがなされている。まさに「興味深いのと同じくらい無視できる」アルバムである。
ヒップホップ史に名を残す成功者でありながら、路傍のフルーティストでもあるAndré 3000、彼にしか表現できないものが『New Blue Sun』のなかに、たしかに存在する。ラップかフルートか、ヒップホップかアンビエントか、そんなのAndréからすれば些細な問題に過ぎないのだ。