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2023年11月 アルバムレビュー Kevin Abstract, PinkPantheress, Rainy Miller, Space Afrika

 2023年11月にリリースされたアルバムから、Kevin Abstract『Blanket』、PinkPantheress『Heaven knows』、 Rainy Miller, Space Afrika『A Grisaille Wedding』の3作品を紹介します。
 また今月もおすすめのアルバム30枚をプレイリストにまとめてあるので、ぜひそちらもチェックお願いします。


Kevin Abstract『Blanket』

 テキサス出身のラッパー、シンガーKevin Abstractの4thアルバム。彼がリーダーを務めたグループBROCKHAMPTONが『The Family』と『TM』の2作を発表し、活動を終了したのは昨年11月のことだった。それからちょうど1年が経過してのリリースとなる『Blanket』はKevin Abstractの新しい物語の始まりにふさわしい傑作だ。

 BROCKHAMPTONというグループは青春そのものだった。それは、彼らの音楽とともにティーンを過ごした僕個人にとっての青春という意味ももちろんある。しかしそれ以上に、彼らの音楽そして彼らの物語が、青春を象徴していたのだ。

 Kanye Westのファンフォーラムを通じて結成されたBROCKHAMPTONは、スタイリッシュでありながらどこかナーディな雰囲気をもったグループだった。そんな彼らが2010年代後半の混沌としたシーンを駆け抜けていく様子はまるで青春映画のようだった。BROCKHAMPTONは間違いなく祝祭だったが、それと同時に寂寥感をまとっていた。彼らは紛れもなく「ボーイバンド」として、Odd Futureとは異なるストーリーを紡いでいったのだ。

 BROCKHAMPTONはオルタナティブヒップホップをベースに、インディーポップやオルタナティブR&Bをポップパンク横断したスタイルが特徴的だった。今作でも「Madonna」などにはそれが受け継がれているだろう。

 しかしそれ以上に、そこからインディーロック、インディーフォークを大胆に取り入れたことが本作では印象的だ。それは「My Friend」にKara JacksonそしてMJ Lendermanが客演していることにも表れているだろう。

 それでも一聴してKevin Abstractの音楽だとわかるような彼のエッセンスがこの作品には込められている。テクスチャーはたしかに変化しているが、そこには彼独特の哀しみをたたえた詩情が存在する。それは楽曲全体の構成や特定のサウンドよりも、むしろ一つひとつのレイヤー同士の間に存在する隙間に由来するものだ。

 祝祭にはそれ特有の余韻がつきまとう。時として僕らはそれが終わったことすら認識できない。新しい日常がやって来たとき、僕らはようやくその喪失に気づくのだ。そう考えれば、本当の意味でのBROCKHAMPTONの終わりを告げたのは、この『Blanket』という作品なのだ。

PinkPantheress『Heaven knows』

 イングランド、ケント出身のシンガー、プロデューサーPinkPantheressの1stアルバム。2021年「Break It Off」「Pain」がTikTokでバイラルヒットとなり、PinkPantheressは大きな注目を集めた。その後リリースされたミックステープ『to hell with it』は音楽メディアでも高い評価をうける。本作はそんな彼女の待望の1stアルバムだ。

 ドラムンベースリバイバルの旗手にしてZ世代を代表するポップアイコン、という彼女のもつ二面性は少し奇妙にも感じられる。1990年代から2000年代前半のクラブカルチャーとTikTokからやってきた新たなスターの間に一見関連性は存在しない。

 しかし、ベッドルームからやってきた新世代のアーティストたちにとって、なにを引用するかというのは些細な問題に過ぎない。彼女たちは無限に広がるハイパーテクストの海を興味のおもむくままに遊泳してきたのだ。そこで培った鋭い感性であらゆる文脈を結びつけ、新しい音楽を織り成していく。その中心に据えられたのが、PinkPantheressの場合、ドラムンベースだった。

 『to hell with it』において彼女は、クラブミュージックをガーリーなポップソングに仕立て上げるという離れ業をいとも簡単にやってのけた。『Heaven knows』ではその試みもさらなる進化を遂げている。前作は1分程度の短い楽曲を集めた作品だったが、今作では1曲あたりの長さが1分ほど長くなっている。その分単純にポップミュージックとしての強度を増しているのだ。それは同時にR&Bへの接近を意味する。

 構造的な骨格を得たことでPinkPantheressの楽曲は伝統的なクラブミュージックとは違った形でのバリエーションを提示する。そして、その楽曲同士の間に働く力学がアルバムというフォーマットの特性と組み合わさることでナラティブを生み出しているのだ。

 ナイジェリア出身のRema、ロンドン出身のCentral Cee、ニューヨーク出身のIce Spiceなど、異なるバックグラウンドをもったラッパーによる客演もアルバム全体のなかで良い緩急になっている。また、クラブミュージックとR&Bの横断という分野において、先駆者的存在であるKelelaの客演もファンとしてはうれしいところだ。

 ラジオフレンドリーかつアルバムとしてのクオリティの高い本作は、革新的でありながら、ポップミュージックの伝統的な価値観に照らし合わせても高く評価できる作品である。

Rainy Miller, Space Afrika『A Grisaille Wedding』

 マンチェスター出身のラッパー、プロデューサーRainy Millerと、同じくマンチェスター出身のエクスペリメンタルデュオSpace Afrikaによる共作。

 2019年リリースされたRainy Millerの1stミックステープ『Limbs』は、Blood Orangeを彷彿とさせるオルタナティブR&Bにエモーショナルなラップを組み合わせた作品だった。その後、2020年に発表されたBlackhaineの EP『Armour』でプロデューサーを務めると、アンビエントとドリルを組み合わせた独特のスタイルを構築してみせた。2022年の1stアルバム『DESQUAMATION (FIRE, BURN. NOBODY)』ではさらにオブスキュアな方向を押し進め、ノイズやサブベースのなかで叙情的なオートチューンを響かせている。

 一方、Space Afrikaはループをベースにしたミニマルなアンビエント観が特徴的なユニットだ。『DESQUAMATION (FIRE, BURN. NOBODY)』が轟くような音像と静寂の対比を楽しむ作品だとするならば、Space Afrikaの『Somewhere Decent to Live』、『Honest Labour』は静謐そのものを味わう作品だといえる。

 そんな2組による『A Grisaille Wedding』はJames Blake、King Krule以降のアンビエントR&B特有のダークなテクスチャーをもったアルバムだ。そして、その系譜の例に漏れず本作も特有の多次元的な世界観を有している。それは、歪なコラージュであり、分厚い膜が張ったような音像であり、Rainy Millerの歌声が告げる感傷であり、アンビエントが魅せる空間であり、突き刺すノイズであり、唸りを上げるサブベースであり、閉塞と解放であり、それらすべてによって生み出される底の見えない暗闇なのだ。

 本作では同郷のIceboy Violetだけでなく、オランダの謎多きデュオVoice Actor、ロンドンの鬼才プロデューサーMikachuことMica Leviらが参加している。その中でも特筆すべきなのが、数々の客演で注目を集めるロンドンのシンガーCoby Seyが参加する「The Graves at Charleroi」だ。迫り来るストリングスがローファイなギターのループに切り替わることよって緊張感のある展開を魅せるこの楽曲は、アルバム全体においても重要なターニングポイントとなっている。

 クラブミュージック、ヒップホップ、ソウル、ジャズ、あらゆるジャンルと文化が結びついたロンドンの音楽シーンはここ数年、巨大なうねりとなって日々新しいサウンドを生み出しつづけている。そんななか、マンチェスターで生まれた新たな潮流が結実しつつあることをこの作品は示している。ロンドンとマンチェスター、二つの都市で生まれた音楽が互いに影響を与えあって、これからもっと面白いものを見せてくれるはずだ。イングランドの音楽がこれまでもそうやって発展してきたように。


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