街の憩いの喫茶店は、サイフォン率が高い
息子を保育園に預けた後、ずっと気になっていたけれど入店するのに少し勇気が必要な喫茶店に行ってみた。
レンガ調の壁紙に、大音量で流れるクラシック。
ブルーマウンテンの木樽と、その上に無造作に置かれた週刊誌。
広いカウンターには、サイフォンのフラスコがズラりと並んでいた。
初老のオジさまマスターが「いらっしゃいませ」と微笑みながら出迎えてくれた。
大学生の頃、初めてサイフォンでコーヒーを淹れる様子を見た時は、「お湯が上に行った!粉と混ざって次は下に行ったぞ?!不思議〜!」と目を輝かせたものだった。
また猫舌のわたしにとっては、かなり熱くて舌を火傷した苦い思い出が何度もある。
そもそも、サイフォンはどのような原理でコーヒーを抽出しているのだろう。
ドリップのように「淹れる」ではなく、サイフォンは「抽出」と言われる点も気になる。
チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねぇよ!」と叱られそうなので調べてみると、理科の実験を彷彿とさせる内容だった。
貸切状態だった店内は、コーヒーを待っている間にご近所に住んでいると思われるおじ様おば様で一気に埋まった。
「元気にしてた?」
「元気もなにも、腰痛くしちゃって整形外科行ってきたわよ。歳取るってやぁねぇ」
―「アメリカンと、ブレンドと、トーストふたつ!」
「デイサービスの椅子が新しくなったの。少し高級になったから、座り心地が良いのよ」
―「アイスコーヒーと、サンドイッチください」
「あそこの病院に行ったら、何時間も待たされた」
―「ホット!ミルクはふたつね!」
「○○さんとこの息子、離婚したって」
―「灰皿ちょーだい!」
「わたしらが若い頃とは違うわねえ」
これまで大音量で流れていたクラシックが聞こえなくなるくらい、前後の席から次から次へと会話のキャッチボールが聞こえてくる。
オジさまマスターが、サイフォン3台を操ってどんどんコーヒーを抽出させていく。
その熟練の技は魔法使いのようで、思わず目が釘付けになった。
話し相手が居るって、元気が出る。
大先輩たちの人生や生活を垣間見て(垣間聞いて?)、わたしも会話に参加している気分になりながらアイスコーヒーを飲み干した。
そう。サイフォンについて熱く語っておきながら、シレッとアイスコーヒーを飲んだのだった。
まだ5月なのに、夏のように暑い日だったなあ。