途中下車②パークウッドのお愉しみ
広々としたオシャワ駅を降りてシムコ―通りを歩く。週末にも関わらず通りには人気がない。お洒落なカフェやレストランが並ぶ中心地を過ぎてしばらく行くと大きな屋敷が見えてくる。木に囲まれた敷地はかなり広い。立派な門をくぐるとリスを肩にのせた可愛らしい像が迎えてくれた。鮮やかな花で飾られた小道を行けばまるで秘密の花園に入り込んだ気分だ。
薄桃色の花をつけて重そうに揺れる木々の向こうに古い建物があった。古いというより、時が止まったままというべきか。時代を超えて人の心を魅了してきたロマンチックな景観がそこに残されていた。
「パークウッド・エステート」は、施主のサミュエル・マクラレンがゼネラル・モーターズ・カナダ社長に就任した直後の1915年から17年にかけて建設された。友人らを招いてスポーツやピクニックなどを楽しむ娯楽の地として作られたというマンション内は装飾はもちろんのこと当時はあまり見られなかった電話や冷暖房、空気洗浄といったシステムが完備されている。
建築家のダーリングとピアソンは他にもオンタリオ博物館やトロント大学も手掛けており、ヨーロッパ古典様式の一つであるボザール様式をトロントに広めた人物として知られている。注意して街を歩いてみれば繊細な石細工は現在でも視覚的な喜びを与えてくれる。
マクラレン一家の住居は89年に国定史跡に定められ、映画の中でもひっそりと生きてきた。ミュージカル『シカゴ』といった名作から『レディ・オア・ノット』のような新世代ホラー、人気ドラマ『刑事マードックの捜査ファイル』や『アンブレラ・アカデミー』といった作品で富を象徴する舞台として使用された。しかし最も有名なのは『X-メン』でミュータントを育てる学校として登場したときだ。
日時計のあるテラスを後にして整形式庭園(Formal Garden)へと進む。二十四名の庭師が世話していたという左右対称の庭園は圧巻だった。実は『ナイトメア・アリー』でこの庭園を見たときからパークウッドを訪れたいと思っていた。映画の中では白い雪のベールを被り悲しみに包まれていた場所。実際のところは、庭園を一望できるティーハウスでターキーサンドイッチやチョコレートムースに舌鼓を打つ人々で華やいでいた。
帰り際には売店に立ち寄った。敷地内を巡るツアーに加えて、オリジナルのポストカードやバッグなどを販売している店内には撮影で訪れた著名人たちの写真やサインが飾ってある。『バレットモンク』撮影時のチョウ・ユンファの写真を見つけて、住居内でマーシャルアート映画を撮影したと知ったらマクラレン一家はどんな反応をするだろうかと考えた。それこそ最高の娯楽だと喜ぶかもしれない。映画と共に生きるパークウッドの愉しい時間はまだまだ終わらない。