見出し画像

歌舞伎zakzak-6 ジェンダートリックとダンディズム「弁天娘女男白波」

introduction

「弁天娘女男白波」(べんてんむすめめおのしらなみ)という演目は、河竹黙阿弥の代表作『青砥稿花紅彩画』(あおとぞうしはなのにしきえ)という長い演目の中の「浜松屋見世先」「稲瀬川勢揃い」の二場面のみを上演する時の題名です。また通称「白波五人男」とも呼ばれます。その名の通り五人組の盗賊団が主役ですが、「浜松屋見世先」では、盗賊団の中の一人、女装した弁天小僧が化けの皮をはがされて開き直り、大見得をきるというのが見せ場となっています。「稲瀬川勢揃い」は5人全員が揃ってまたも開き直って(盗賊なのに)それぞれ自己アピールをするという場面で、ストーリーが展開するというより、役者の個性と台詞術を堪能するという歌舞伎的な一幕です。

弁天小僧の鮮やかな大見得

STORY

呉服屋浜松屋の店先、美しい武家の娘が、お供連れで婚礼の品選びに来た。帯地や袷など選ぶうちに、緋鹿の子の布を万引きしたのを見とがめられる。大騒動となり、番頭が手にした算盤で娘の額に傷を負わせてしまう。しかし取り返してみると、その布は山形屋の印が入った品。万引きは誤解であったと、お詫びの百両をせしめた二人が立ち去ろうとする時、店の奥から現れた侍・玉島逸当が二人の正体を暴く。武家の息女とは真っ赤な偽り、世間を騒がせている盗賊一味のひとり弁天小僧菊之助という男だった。開き直った二人は百両を返し、額の傷の膏薬代として二十両をせしめて引き上げる。浜松屋の恩人となった玉島逸当は、歓待を受けて一晩泊まることとなる。しかしこの侍こそが盗賊一味の頭日本駄右衛門で、浜松屋に忍び込むのが最終目的だったのだ。
その後、悪事が発覚した一味の五人は稲瀬川の堤に揃いし、囲んできた捕り手たちに立ち向かう。

五人のキャラの違いで多角的な面白さが

2023年1月2日〜27日 歌舞伎座
歌舞伎座新開場十周年 寿初春大歌舞伎
第一部
「弁天娘女男白波」
弁天小僧菊之助:片岡愛之助
南郷力丸:中村勘九郎
忠信利平:市川猿之助
赤星十三郎:中村七之助
日本駄右衛門:中村芝翫

手元に注目!万引もどきのテクニック

武家のお嬢様と称して浜松屋に来た弁天小僧。帯地などを選んだ後、緋鹿の子の布が何枚も入った木箱を前に、数枚を手に取り品定めするうちに、万引きと見咎められる。実は万引きしたように見せかけるため、先に他の店(山形屋)で買った布を素早くその中に入れていたのだ。店の者が気付かぬように紛れ込ませ、店の者が気づくように万引きする、という高等テクニック。お買い物風景、さらりと見ていると見逃すので、役者さんの演技による、タイミングと細かい手先のテクニックには注目して見たいもの。

ヘンシーン!正体現す弁天小僧の美学

しとやかな武家のお嬢様からやさぐれた悪党への変身。「女性の役も男の役者が女形として演じるのが歌舞伎」という、観客の常識を逆手に取った演出といえるでしょう。まるで女形の役者さんが舞台を終えて楽屋で素に戻るのを、舞台上で見せられているよう。
男とばれた弁天小僧は開き直り、帯を解いて大あくび。左半身は肩脱ぎで段鹿の子の襦袢、右半身は黒い振り袖のままという斬新な色彩美。たんかを切った後はすっぱり左肩のもろ肌脱いで、これまた色鮮やかな桜の彫り物を見せるという二重三重に凝った演出の巧みさに感心します。頭は島田の髷(町娘風)なのに下半身は太ももあらわな大あぐら(やくざ風)の倒錯的色気。そしてマジンガーZのあしゅら男爵よろしく身体の右半分女性、左半分男性というビジュアルは、両性具有を匂わせ、倒錯的魅力で観客を酔わせます。初演でこれを見た当時の観客の反応がどうだったのか興味はつきません。

錦絵から生まれた名舞台。プロデュースしたのは十九歳。

幕末から明治にかけて、多くの作品を残した歌舞伎狂言作者の河竹黙阿弥の代表作です。この演目の由来は、絵師歌川豊国作の役者絵にインスパイアされた五世尾上菊五郎が、歌舞伎狂言作者河竹黙阿弥に依頼して書かれたもの。なんと当時菊五郎はまだ十九歳の若さで、自ら演出し弁天小僧を演じたところ大ヒット。そのプロデュースの才能に驚かされます。代々演じ続けられ今にいたる音羽屋(尾上菊五郎家)の代表的な人気演目です。

あなたの言ってみたい名台詞は何ですか?

「倍返しだっ!」(半沢直樹)「月に代わってお仕置きよ」(セーラームーン)、「私、失敗しないので」(ドクターX)などなど、その台詞を聞いただけで主人公が見栄を切る姿が目に浮かびます。現在でも、多くの作品には強い印象を与える台詞が使われていて、見た人が口まねして、その世界に浸ったり、しゃれで使ったりして自分の身近なものとしています。弁天小僧の「知らざあ言って、聞かせやしょう〜」から始まる名調子、そして次の場面「稲瀬川〜」で日本駄右衛門はじめ五人男が聞かせるツラネ(美文調の長台詞)などは黙阿弥の得意とするところで、大衆に広く浸透し愛されました。言葉の力、それを表現する演者の力が合わさって、強く印象的な世界観を作り出す、これが演劇の面白さです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?