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大林宣彦監督作品『この空の花 長岡花火物語』上映にあたって

2024年7月14日(日)から始まる『この空の花 長岡花火物語』。2012年に公開された12年前の映画なのですが、なぜ今ラインナップに入ったのか。その経緯には、約1名の個人的な思い入れが大いに関係しています。というわけでこんにちは、シネマ・チュプキ・タバタの約1名、スタッフ池田です。音声ガイド制作を主に担当しました。


この映画について

古くは『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』の「尾道三部作」でも知られる大林宣彦(おおばやし・のぶひこ)監督。本作『この空の花 長岡花火物語』は、2011年3月11日の東日本大震災を受け、当時74歳の監督が生み出した作品となります。

あらすじのようなもの
1945年8月、広島・長崎に先立って空襲の被害を受けた新潟県長岡市。その復興と慰霊、伝承のため、長岡では毎年決まった日に花火が上がる。ときは現代、花という女学生(猪俣南)が、厭戦をテーマにした演劇「まだ戦争には間に合う」を企画。花火の日に上演することとなった。同じ頃、熊本・天草から訪れた新聞記者の玲子(松雪泰子)も長岡の地を興味深く取材していた。かつての恋人・片山(高嶋政宏)から届いた「長岡の花火を一度見てほしい」という便りに心惹かれてのことだったが——。

映画の舞台となる新潟県長岡市は、2004年の新潟県中越地震から復興をとげ、東日本大震災発生時には被災者をいち早く受け入れました。また1945年8月には、広島・長崎に先立って空襲の被害を受けた地でもあります。その復興と慰霊、伝承のため、長岡では毎年決まった日(8月1〜3日)に花火が上がります。

大林監督のフィルモグラフィにおいては、続く『野のなななのか』『花筐/HANAGATAMI』と合わせて「戦争三部作」の一本目とされる本作(遺作『海辺の映画館—キネマの玉手箱』を入れて四部作とすることもある)。主に1945年と2011年の長岡を行き来し、戦争のこと、震災のこと、花火のこと、長岡のこと、総尺160分の中にありとあらゆることを「とてつもない密度で」詰め込んだ、規格外の映画です。


上映と制作の経緯

チュプキでは2021年に『海辺の映画館』を上映しています。僭越ながら、わたしの音声ガイド制作デビュー作でもあります。大林監督が亡くなられた2020年4月10日以降、むさぼるようにその作品群や著書をインプットしていたわたしにとって、同時期に出会ったチュプキで、奇しくも『海辺の映画館』の上映に関われるというのはあまりにもミラクルな出来事でした(このあたりのことは大長編になってしまうので、ぐっとこらえ割愛します)。

コロナ禍真っ只中だったこともあり、その際はほぼチュプキ側で作業を完結させてしまったバリアフリー日本語字幕と音声ガイドの制作。しかし今回『この空の花』の字幕・音声ガイドを制作するにあたり、できるならば映画制作サイドの方に監修をいただきたいという思いがありました。結果として実現したのが、監督のご息女・大林千茱萸(おおばやし・ちぐみ)さんに全面監修をいただく、ということです。

ちぐみさんのプロフィール写真。
大林千茱萸さん

わたしが千茱萸さんと初めてお会いしたのは、2020年の10月。同年7月に公開された『海辺の映画館』は、しかしコロナ禍でまだ一度も「舞台挨拶」すらできていませんでした。それが、深谷シネマさんでついに「初の舞台挨拶」が開催されることになり、即座に予約。監督の奥様でありプロデューサーの大林恭子(おおばやし・きょうこ)さんと千茱萸さんに初めてお会いし、お話をすることができました。

お二人からそれぞれに「映画を広めてくださいね」という使命を受け取ったわたしですが、当時はまだチュプキと出会っておらず、映画業界にも全く関わっていません。全てはその後のことです。ひょんなことからチュプキに関わり始め、『海辺の映画館』の音声ガイドを制作するに至る——。スピリチュアルな言い方をするなら、これをお導きと言わずしてなんと言いましょう。

あっという間に時は経ち、昨年4月。監督の三周忌付近に開催されたイベントにて、久しぶりに千茱萸さんとお会いすることができました。チュプキで働き始めていたわたしは、深谷の日からのあれこれをお話しし、遠からず「戦争三部作」を、まずは『この空の花 長岡花火物語』をバリアフリー上映したいこと、願わくば千茱萸さんに全面監修していただきたいことを申し出ると、「いいですよ!」とご快諾……くださったような気がします。もはや記憶がおぼろですが、そのように都合よく受け取りました。

おそろしいもので、時はまたしても流れていきます。気付けば「その会話」から一年近くが経過し、今夏にこそ『この空の花』を上映したい!と気持ちを新たにしたわたし。失礼ながらSNS経由で千茱萸さんにご連絡をし、テキストでご快諾をいただき、プロジェクトが動き出しました。千茱萸さんがご多忙なことは存じていましたので、だいぶ余裕をもって2024年3月はじめのことでした。


バリアフリー版制作の記録

音声ガイド検討会は5月中旬におこないました。その前にまず代表平塚の声で仮ナレーションを録りながら、検討会に向けて「プレ検討会」もしていくのですけども、これが大変でした。なにせ160分ある大作です。朝までかけて、二人へろへろになりながら検討・収録しました。ちなみにこの頃は『ビニールハウス』のガイド制作も並行していたので、日々へろへろ。正直、あんなに作りたかった『この空の花』のガイド書きが、遅々として進みませんでした。いざ夢が叶う、となると腰が引けてしまう、と言いましょうか。

そんなこんなで漕ぎ着けた検討会は、モニター(クオリティチェッカー)を風船さんにお願いしました。チュプキで年間ものすごい数のモニターをしてくださっている風船さんですが、自分の担当作品でご一緒するのは初めて。この企画がまだ構想段階だった頃、近いうち実現させたいんですよね〜とお話をしたら「観たい!楽しみ!」と言ってくださったことが大きなモチベーションになりました。なので、必ず風船さんにモニターもお願いすると決めていたのです。

そして、千茱萸さんにもご同席いただきました。チュプキにあの大林千茱萸さんが来てくださるという大事件。大林宣彦監督とプロデューサー恭子さんの一人娘として生を受けた瞬間から「大林組」だった千茱萸さん。監督の商業デビュー作『HOUSE/ハウス(1977)』では原案としてクレジットされ、大林映画の中で生きてこられたその方が、チュプキ2階の収録部屋に。感無量です。

検討会の記念写真。ちぐみさんを中心に、風船さん、池田、代表平塚、スタッフ柴田の5人が写っている。ピースではなく、監督が好んだ「アイラブユーのハンドサイン」を皆している。背後にはモニター。画面いっぱいに花火が広がるクライマックスシーンを表示している。
検討会終了後の記念写真
撮影は千茱萸さんのセルフタイマー!

プレ検討会の甲斐もあり、この日の検討会は思いのほかスムーズに進行。途中途中でお話しくださる裏話の楽しさ嬉しさはもちろんのこと、何よりこの混沌とした作品において「これはこういうことです」と明確な基準を示していただけることの心強さ。「監修」の有難みが、身にしみました。途中、ラジオDJ・文筆家の志田一穂さん(初期大林映画のリマスターなどを多く手掛けられ、『こころの通訳者たち』も観てくださっている)が見学に来られるという嬉しいサプライズも!

検討会を終え、6月ごろからはバリアフリー日本語字幕の制作もスタート。字幕制作チームじまくびとの皆様にお願いし、一ヶ月かけて制作をしていただきました。独特の漢字使いなど、台本に至るまで「監督のテイスト」が強く出ている本作。字幕も「一般的なルール」で処理できない箇所が多く、かと言って全てを台本表記通りにするとバリアフリー日本語字幕としては問題が出てくる。千茱萸さんとのやり取りをメールで繰り返し、細部まですり合わせが行われました。

いっぽう音声ガイドでは、監修以上のことを千茱萸さんにリクエスト。それはずばりナレーション!  大林監督の作品に、イヤホンからとはいえ音を追加する行為に相応しいのは千茱萸さんなのではないか、と欲が出てしまいご提案したところ、じっくり思案いただいたのちご快諾を頂戴しました。

ナレーション収録は7月の初め。文字通り茹だるような暑さのなか再びチュプキへご足労いただき、丸一日かけて収録しました。通常のナレーションより「千茱萸さんの味」が強く出ても構わない想定でスタートしたのですが、ほどなく「音声ガイドナレーション」の塩梅を掴まれた千茱萸さん。「まるで最初から入っていたよう」と驚くほど、ベストマッチなガイドが吹き込まれました。ちょうどこの日チュプキに映画を観に来ていた風船さんも途中で合流し、千茱萸さんとの再会を喜ばれていました。

収録の光景。マイクの前に座り原稿を読む ちぐみさん。奥には、パソコンを操作する代表平塚。
収録中の千茱萸さん

『この空の花』は、最後の最後に大林監督ご本人の声でナレーションが入ります。そして今回、そこからエンドロールへ引き継ぐように千茱萸さんのナレーションを入れました。千茱萸さんも「こんなかたちで父と共演することになるとは」としみじみされながらの収録。ニュアンスを微調整しながら何テイクか録って選んだものが使われています。また、エンドロールの最後にある「監督:大林宣彦」の読み方も、慎重に確認されていました。その様を見ていて、とても感慨深くなりました。

また、クレジットの読みについても時間をかけて検討いただきました。音声ガイドで読めるクレジットは、尺の関係でどうしても「抜粋」となります。もし監督がご存命だったら、「All or Nothing」——抜粋で省略される人が出るくらいなら自分の名前含め全て読まないことを選択されるのではないか、そんな話も経て、熟考の末「できる限り読む」ことになりました。「抜粋クレジット」は音声ガイドの「慣例」となっていましたが、考えさせられる一件でした。

収録日、お帰り際にチュプキの前で撮った写真。ちぐみさんを代表平塚と池田が挟み、アイラブユーのハンドサイン。撮ってくれたのは通りがかりのお姉さん。
収録後、お帰り際に一枚!

目が見える人も音声ガイド付きで観ると新たな楽しみ方ができる!というのはガイド制作者側のエゴでもあると思います。それでも今回はこの、フィロソフィー=哲学までを含めた父娘の共同作業を、多くの方に聴いていただきたい気持ちが強いです。


上映のご案内

放っておくといつまでもどこまでも書き続けてしまうので、このあたりで切り上げて上映のご案内です。2024年7月13日(日曜日)から30日(火曜日)まで、連日14時25分〜17時10分の上映となります。水曜日は休館です。

また、せっかくの機会ですのでアフタートークも多数企画していただいています! ほとんど満席となってしまっていますが、主演の髙嶋政宏さん、『時をかける少女』以降30本近い大林映画に出演されている根岸季衣さん、本作では「山下清役」というキーパーソンで出演されている石川浩司さん、大林作品の音楽を長年手がけてこられた作編曲家の山下康介さん、以上4名の皆様は千茱萸さんとのクロストーク形式でご登壇いただきます。冷静に書いていますが、心は飛び上がっています。

トーク告知画像。詳細は後述の予約ページにてご確認ください。

加えて、TBSラジオ「アフター6ジャンクション2」のパーソナリティでもあるライムスター宇多丸さんにもお越しいただきます。こちらはチュプキからのブッキングとなっておりまして、わたし池田が、口から内臓をぼろぼろ出しながらお話しさせていただこうと思っております。何を隠そう、チュプキとの出会いも大林映画との出会いも、わたしにとって全ては宇多丸さんがきっかけなのです。そのあたりも、3分くらいで早口でお伝えする予定です。

トーク告知画像。詳細は後述の予約ページにてご確認ください。

映画のご予約、トークの詳細などは予約ページをご確認ください。


構想は長かったけれど、始まってしまえば2週間と少しで終わってしまう『この空の花 長岡花火物語』の上映。わたしにとっては、まさしく花火のようと言ってもいいのかもしれません。

花火といえば、本作の最初のコンセプトは、花火を見て「なぜか涙する」ように「脳が追いつかない」映画を作ることだったのだそう。間違いなくその通り、少なくとも一回観ただけでは確実に「脳が追いつかない」映画となっておりますので、ぜひ二度三度と飛び込んでみていただければと思います。

そしてあらためて、全面監修+ナレーションを引き受けてくださった大林千茱萸さんに心より御礼申し上げます。

(文:スタッフ 池田新)


シネマ・チュプキ・タバタはユニバーサルシアターとして、目の見えない方、耳の聞こえない方、どんな方にも映画をお楽しみいただけるように、全ての映画を「日本語字幕」「イヤホン音声ガイド」付きで常時上映しています。

皆様のご来館、心よりお待ちしております!

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