近藤尚子さん(映画『こころの通訳者たち』出演者インタビュー Vol.5)
「"舞台手話通訳"に"音声ガイド"をつける」という前代未聞の挑戦を追った映画『こころの通訳者たち』。そこには多様なバックグラウンドをもつ、魅力あふれる人たちが、知恵と想いを寄せ合い参加していました。
映画だけでは伝えきれない、出演者の方々お一人お一人のライフヒストリーや普段のご活動、今回の音声ガイド作りの感想などを、インタビューでお聴きしました!
今回ご紹介するのは音声ガイドの原稿作成に参加した近藤尚子さん。出演者・難波創太さんのアシスタントでもいらっしゃいます。
――もともと美大のご出身なんですね。
近藤:たまたま美大附属の高校に入って、そのまま上にあがったんです。アートは好きだったし、興味もあったので。とはいえ、人が描いた絵を見るのは好きだけど、自分で一から何かを作り出したりするのにはあまり向いていないかなぁとも思っていました。
――大学卒業後はどうされていたのですか?
近藤:ご縁があった方からの紹介で、パンフレットやカタログ、新聞の広告記事などを作っている事務所に入りました。
5〜6年ほどアシスタント的に働いて、一人前になる前に、結婚をして辞めてしまったので、完璧にはできていなかったですが、仕事場が西麻布にあって、当時すさまじく華やかなエリアだったので、仕事も仕事以外もとても楽しかったです。
――その後、ガイドヘルパーになられたのは、どんなきっかけがあったのですか?
近藤:母が徐々に視力が失われていく病気で、生活にも支障が出てくるようになってきたんです。ちょうど子どもも大きくなってきて、私も余裕ができたので、何かできることがないかな、勉強したいなと思ったんですよね。それで、母の病気のことから調べていったら、ガイドヘルパーという仕事があることを知りました。
――ガイドヘルパーは具体的にどんなお仕事をされるんですか?
近藤:「移動介護従事者」とも呼ばれるのですが、視覚障害をお持ちの方の外出のお手伝いをします。移動先での代読や代筆なども行います。
――ガイドヘルパーの勉強をしてみて驚いたことや、印象的だったことなどはありますか?
近藤:資格取得のための講座を受けたのですが、最初の授業で、「目の見えない方は、仙人でも魔法使いでもありません」って言われたのに驚きましたね(笑)。
見えないことで、他のいろんな感覚が研ぎ澄まされているとか、見えなくても頭のなかで何でも分かってしまう卓越した人だとか、思っている方が多いみたいで。
私は、母と一緒に生活していて、そんなこと思ったことがなかったので、逆に「周りの人はそう言うふうに思っているんだ」と学びになりました。
ーー その後お母様のサポートもされたのでしょうか?
近藤:制度上、仕事として家族のサポートはできないのと、やはり身内だとお互い言いたいことを言いすぎてしまって、衝突してしまったり、うまくいかないことも多いんですよね。家族以外の方に来ていただいたほうが、いい意味での遠慮がお互いにあって、物事がスムーズに進むので、他の方に来ていただくことにしました。もちろん、普段の生活のなかで私がいろいろサポートすることはありますが、仕事としてではなく家族としてやっています。
――介護なども、身内同士だとお互いに大変、という声は聞きますね。ガイドヘルパーの勉強をしたことで役に立っているなと思うことはありますか?
近藤:家のなかで、母の動線がスムーズになるように、物をどけたり、整えたりすることは、無意識的にできるようになったと思います。うちの他の家族は、母が通る床の上に、バックとか物をよく置いていて、それで母がつまづくこともあります。そういうリスクを察知しやすくなりましたね。
――近藤さんがサポートされている今回の出演者でもある難波さんとは、どのようなきっかけで出会われたのですか?
近藤:ガイドヘルパーの資格をとった後、事業所に登録をしておくと、依頼があったときに声をかけていただけるんですが、難波も事業所からの紹介で出会いました。
たしか2014年の秋頃、難波が鍼灸院「るくぜん」をつくるにあたって、家具などを見に行くのに同行するヘルパーを探していたんです。そのとき、デザインのことも分かる人がいいと希望したみたいで、私に声がかかりました。
――道を案内するだけじゃなくて、たしかに、どういうデザインの家具かとか説明が上手な人のほうが良さそうですね。
近藤:基本的には、安全にお出かけして、用事を済ませることがガイドヘルパーの仕事で、それ以上のことを望まれることもあまりないですし、普通することはないです。でも、プラスアルファで何かお役に立てることがあれば、それはうれしいですね。
――難波さんと一緒に過ごすなかで、近藤さんご自身が変わったことや、新たに発見したことなどはありますか?
近藤:難波は本当にいろんなことに挑戦するんですよね。映画鑑賞、美術館、サーフィン、ボクシング、SUP、タンデム自転車(二人乗りの自転車)、パントマイム、ボルダリングなど、挙げきれないぐらい。私が案内する立場のはずですが、逆に知らない世界に連れていってもらっている感覚に、よくなりますね。
そんなふうにまったく新しい世界へ飛び込むこともあれば、自分が知っているはずの世界を広げてもらうこともあります。
たとえば、「ソーシャルビュー」って言うんですが、難波のように目が見えない人と一緒に美術館をめぐってアートを鑑賞する取り組みがあります。自分ひとりだったら、絵を目で捉えるだけで、深く考えずに過ぎてしまうことも多いのですが、見えない人に絵のことを伝えようと思うと、細かいところまで、よく観察できるんですよね。
あと、以前は「るくぜん」で料理ワークショップもやっていて、難波と一緒に試作料理を作ることがあるのですが、中には、難波も私もが見たことも食べたことも無いものを作ることもあるんです。
そういうとき、何が「正解」か、どうしたら「完成」かって、難しいじゃないですか。私が勝手にそれを決めるわけにはいきません。でも、難波はよく「僕には完成品が見えている」って言うんです。
――難波さんのなかにはちゃんと、「正解」が存在しているということですか。
近藤:そうなんです。こだわりが強いので、作る前に、その物の歴史背景を調べたり、いろんなレシピを見比べたり、作っている場所に食べに行ったりするので、そういうものを頭の中で融合して、難波なりの「完成品」ができあがるんだと思います。
ただ、その完成の形を、難波は絵に書いて見せることはできないので、言葉のやりとりで、彼の頭の中にあるイメージを共有してもらいます。そこにどれだけ近づけていくかっていうのは、ものすごくやりがいがありますね。
――私も何度か難波さんとごはんとかをしながらおしゃべりさせてもらったことがありますが、難波さんは言葉の表現がすごく豊かだなと思います。
近藤:そうなんですよ。言葉の巧みさがあって、例えるのがとてもうまいんです。もともと感性がすごく優れているし、想像力にも長けているので、そこに真剣に伝えようとする想いが重なることで、表現すること、伝えることが上手なのかもしれません。
―― 一方で、難波さんにインタビューをしたときも「手話の美しさは絶対に分からない」と仰っていましたが、100%伝えることはできないことに、ある種の寂しさを覚えることもあります。近藤さんはいかがですか?
近藤:完璧にすべてを伝えることは無理ですよね。難波からも「それは望んでない」って前に言われたことがあります。「主観でいいんだ」って。私が思ったままを、直接そのまま言えばいいんだって思った時から、少し楽になりましたね。
一方で、ガイドヘルパーになってから忘れられないことが一つあって。
目が見えなくなってからあまり時間が経っていない方で、初めてガイドを依頼された方と一緒にお買い物に行ったことがあるのですが、途中から何もしゃべらなくなってしまって、心を閉ざしてしまったんです。
おそらく、まだ見えなくなったことを受け入れられず、辛かったんじゃないかと思います。お話をお伺いできればよかったのかもしれないですが、お会いしたばかりですし、いきなり突っ込んでお話をおきくするのも難しくて。
その方をご案内するのが私の仕事なので、平静を装ってご自宅まで送り届けたんですけど、私も家に帰ってから号泣しちゃいました。見えていた人が見えなくなることは、ものすごく辛いんだろうなって、でもそれを想像することしかできなくて、本当には理解できないんだろうなって思ったことを覚えています。
――そろそろ今回の映画のお話もお聞きできればと思いますが、近藤さんがチュプキと出逢ったのは、難波さんを通じてですか?
近藤:そうですね。最初は難波のガイドで一緒に行きました。その後も、難波と一緒に行くこともありますし、個人で行くこともあります。映画は昔からものすごく好きなので。
チュプキはアットホームな雰囲気が素敵ですよね。森の中みたいな内装も素敵だし、壁にたくさんサインが書かれているのも見ていて楽しいです。それに、小さな空間だからこそ、「みんなで映画を共有できている」一体感があるのがいいなって、いつも思います。
あと、ガイドヘルパーの仕事をするうえで、音声ガイドを聞くとすごく勉強になるんですよ。私も普段、目で見える情報を伝えることをしているので、たとえば、自分だったら、「この背景のことも説明するだろうな」って思うようなことが、何も触れられずに過ぎていくこととかもあって、「そうか、これは説明しなくてもいいんだ」と気づいたり。
「音声ガイドではどういう説明をするんだろう?」って思いながら見ると、すごく参考になります。だから、チュプキで映画を観るときには、必ず音声ガイドを聴きながら観ていますね。
――音声ガイドがある種の”教材”になるわけですね!そういう視点で観ていると、映画そのものは楽しめなさそうですが(笑)。
近藤:そうですね、ストーリーが分からなくなっちゃう時とかはあります(笑)。
もちろん、見えない方でもいろんなタイプの方がいて、それぞれのご意見があるので、「正解」はないとは思います。難波からは「俺が知りたいことが詰まってる」って言ってもらえますし。でも、今回初めて音声ガイドを作る経験をしてみたこともまた、新たな学びがいろいろありました。
――具体的にどんなことが新たな発見でしたか?
近藤:「言い過ぎ」の部分を反省しましたね。私が作った音声ガイドの案は、かぎられた秒数のなかに情報量を詰め込みすぎちゃった箇所が結構あったので。重要なストーリーだけを拾って時間内に収めるというガイドの方向性もあるんだということを学びました。
あと、先天的に見えない方は、映画を観る時に音声ガイドを使わない方も多いと聞いて、「見た」経験がない方は、あまり情報を欲していないことも知りました。全部の情報を詰め込んで入れればいいってわけじゃなくて、自分で考える余白を求めている方もいらっしゃるんだなって。
――音声ガイド作りをやってみて大変だったのはどんなところですか?
近藤:ガイド作りそのものからはずれてしまいますが、私、個人用のパソコンを持っていないんですね。皆さん普通はパソコンでエクセルを使って、タイムコードごとにガイドを書き込んでいくみたいなんですけど、私は大学ノートに自分で線を引いて、何秒から何秒って書いて、そこに原稿案を書き込んでいきました。だから、鉛筆で書いては消しゴムで消して、また鉛筆で書いて…の繰り返し。
家では家事、雑用が気になって集中できないので、近所の喫茶店を利用していたのですが、ちょうど緊急事態宣言が出ていた時期で、1つの喫茶店に2時間程度までしか居られず、毎日複数の喫茶店をハシゴしながらやりましたね(笑)。
――映画には映っていない"舞台裏"で、そんな苦労をされていたんですね(笑)。近藤さんはこれまで難波さんをはじめ、視覚障害のある方とのご縁は多かったと思いますが、聴覚障害がある方とのご縁はこれまでにありましたか?
近藤:難波がダイアローグ・イン・ザ・ダーク(※1)にいた頃は、手話でコミュニケーションをとる方もいらっしゃいました。ただ、手話は難波には直接伝わらないので、通訳の方のありがたみと重要性をすごく感じましたね。
一方で、手話の歴史背景についてはまったく知らなかったので、今回の映画を通じて、知ることができてよかったです。
――これから『こころの通訳者たち』を観る方に、どんなところに注目して欲しいですか?
近藤:いろんな分野の方が集まって、試行錯誤しながら作り上げていくことのおもしろさや、その一体感やチームワークが素晴らしいので、そこを感じてもらえたらうれしいですね。
あと、舞台手話通訳の方をはじめ、登場する方のお仕事で、あまり知られていないものもあると思うので、映画をきっかけにこういうお仕事もあるんだっていう認知度が高まったら素敵だなと思います。特に今回の映画では、仕事の表の顔だけではなくて、日頃の裏側でお努力まで垣間見えるのがまたいいですよね。
一方で、何重構造にもなっている複雑な作品なので、きっと一回観ただけでは分からないと思うんです。ぜひ複数回ご覧いただいて、いろんな発見を楽しんでもらいたいなと思います。
私もかれこれ6〜7回ぐらい観ているんですけど、必ず同じシーンで泣いてしまうんですよ(笑)。チャレンジ精神、諦めない力に胸が熱くなります。だからきっと皆さんも、何度観ても楽しんでいただけるはずです!
(Interview&Text:アーヤ藍)
近藤さん、ありがとうございました!
ドキュメンタリー映画『こころの通訳者たち What a Wonderful World』は、2022年10月1日(土)よりシネマ・チュプキ・タバタにて先行公開、10月22日(土)より新宿K's cinemaほか全国順次公開します!
映画をご覧いただいたあとに、この記事を読み返していただくと、映画の裏話もさらにお楽しみいただけるのではないかと思います。
それでは、皆様のご来場をお待ちしております!