チュプキ初の韓国映画『ビニールハウス』上映にあたって
6月11日(火)まで上映中の『ビニールハウス』。じつに、おそらくチュプキでは「初」となる韓国映画です。って最近よく言ってるけど本当なんだろうかと調べてみたのですが、やっぱり本当みたい。にわかに信じられぬ。こんにちは、シネマ・チュプキ・タバタ スタッフの池田です。本作の音声ガイド制作を担当しました。
音声ガイド制作記を書くつもりで書き始めたのですけども、どちらかというとこの映画について語ったほうがよかろうということで、ここから長々と『ビニールハウス』のお話、させていただきます。
上映に至る経緯
以前『アリランラプソディ』『スープとイデオロギー』の音声ガイド制作記でもお話しした通り、わたしは韓国映画が大好物です。一時期はもう浴びるように韓国映画ばかり観ていました。ただ、チュプキの作品選定の場に出すかと言ったら、やはりなんとなく「前例」を忖度してしまいますので強く推すことはない日々を送っていたんですね。
ところで、チュプキは映画館ですから、試写会のお招きを頻繁に頂戴します。『ビニールハウス』と出会ったのは今年のはじめ頃。まあ前述の理由により「上映できるかは別として個人的に観たいので行きます!」と試写会へ。集中して鑑賞いたしまして、試写場を出たところで配給会社の方に声をかけていただきました。
「どうでしたか?!」
——これは大変なシチュエーションです。もちろん、声をかけていただくことはすごく嬉しいです! とはいえ、映画の好みにかかわらず、鑑賞直後の「どうでしたか?!」に適切な対応をとれる人はそう多くないのではと思います。しかしこの日のわたしは心から即答しました。
「面白かったです!」
そう、心底面白かったのです。あのー、なんだろう、古き良き韓国映画っていうか……(以下早口)結構最近、本当にヘヴィーなやつもあるじゃないですか、100%社会派に寄っているような。そういう「重い」のを予想してたんですけど圧倒的に「エンタメ」で。一方で、【「韓国映画」で「ビニールハウス」】って言ったらイ・チャンドンの『バーニング 劇場版』をどうしたって思い浮かべるじゃないですか。ですよね?! どうしたって期待値跳ね上がるじゃないですか。それをも、裏切らないというか。おまけに「100分」っていうコンパクトさ! これ、めっちゃいい作品だと思いました!!
……みたいなことをぺらぺらと申し上げました。すみません、『バーニング 劇場版』の説明は割愛しますけれども、村上春樹原作で、ビニールハウスが燃える映画です。
まあそんなわけで、ほくほくと帰ったのであります。一応職務として「すごい良かったです」とは報告いたしました。が、上映できるとはまだ全然思っておらず。これは編成担当のスタッフ柴田氏に感謝ですね。候補作品としてずっと温めておいてくれていて、夜枠の選定が難航していたときにシュッと入れてくれたのですよね。音声ガイド制作スケジュールは比較的タイトだったのですが、やるならやります!!ということで手を挙げました。
まずは、どんな映画なのかというところを簡単にご紹介しておきましょう。公式のあらすじよりもネタバレ少なめにしています(以降のリンク先には結構普通に書いてありますので、気にされる方はご注意ください)。
『ビニールハウス』ってこんな映画
中年女性のムンジョンさんが主人公。畑のど真ん中、ビニールハウスで質素に暮らしています。そんな彼女の目下の「夢」は、少年院に入っている息子といずれ二人で暮らすこと。裕福な老夫婦の家で訪問介護の仕事をし、新生活に向けてお金を貯めているようです。が、しかし。ご主人が留守をしていた、ある日のこと。認知症を患う奥様の入浴介助中に、きわめて不幸な「事故」が起きます。
なんということ、なんということ、早く、救急車を——。
ここからです。ここから、なんの罪もないはずだったムンジョンさんは地獄への階段を転げ落ちていくことになります。それも、いろんな人を巻き込んで。さあ、どこまで落ちてしまうのか。途中で止まることはできるのか。
これは、この映画のキャッチコピー。
皆様、ぜひ最後まで、負の歯車の軋みを見届けてください。
イ・ソルヒ監督、おそるべし
本作の「監督・脚本・編集」を全てつとめているのは、公開当時29歳の気鋭イ・ソルヒ監督。アカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督などを輩出した名門・韓国映画アカデミーの出身で、なんと今作が長編デビュー作になります。
ちょっと、凄まじいんですよね。観れば観るほどよくできていて、音声ガイド制作や吹き替え収録などの現場でも「ほんっとによくできた脚本だよねえ…」「うまいねえ…やだねえ…(負のスパイラルが大変よくできています、の意)」とため息を漏らす場面が何度もありました。
なかでもわたしが見事だなと思うのは「編集」。予想よりワンテンポ前倒しで全てが展開していくリズム感もそうですし、画や音の「しりとり編集」にも、どうぞご注目ください。わかりやすいところだと、「鏡」から「鏡」へシーンが切り替わったり。悪趣味なやつだと、「アレ」から「ワラビ」に切り替わったり。言葉もいっぱいあって、例えば「ほら座れよ」「じゃあ座るか」なんて会話があった直後、場面が変わるとムンジョンさんが立ち上がれず床にへたり込んでいたりする。というか、ほとんど全ての場面がこの手法で編集されているかもしれません。
とても重い話だけれども、悲劇でしかないのだけれども、ときに喜劇に見えてしまうことがある。行き着くところまで行き切ってしまうことに、正直カタルシスを覚えている自分もいる。そんなとんでもない作品を「デビュー作」として出してきたイ・ソルヒ監督、おそるべしです。
音声ガイドのこと
音声ガイドは難航しました。大好きなタイプの作品だし、初稿までは楽しく書けたのですが、いざナレーションを当ててみると「へっぽこガイド」でしかなく。平塚さん(チュプキ代表・平塚千穂子。本作の音声ガイドナレーション。わたしの好きな声)にかなり助けてもらいました。初稿は本当にひどいものでした。そのへんの反省は「きら星radio★No42」にて制作スタッフまなちゃんとお話をしたのでそちらをどうぞ。45:00頃からです。
サスペンス・スリラー、難しいですね。「言ってはいけないこと」と「言わなければいけないこと」のせめぎ合いだったり、「言葉にしてしまうこと」に対する葛藤だったり。以前、シネマ・デイジー用にヒッチコック『裏窓』の音声ガイドを書かせていただいたことがありましたが、あれもクライマックスの緊迫したシーンが「言葉にすると無粋」で苦労した覚えがあります。ナイフで刺すにしても首を絞めるにしても、大体は「突然」起こるわけで、その瞬間を言葉数少なく「刺し」て「絞め」ないといけないので大変です。今回は平塚さんの「読み方」で表現を試みたところも結構あります。
モニター/クオリティチェックは、今をときめくブラインドコミュニケーター石井健介さんにお願いしました。ひとつ、「これは挑戦だね」という言葉選びをした箇所があります。それは、「見えない」はずのとある登場人物が「見ているもの」を描写した心象風景的なシーン。わたしは恥ずかしながら検討会で指摘されて初めて「あ、そうだ、見えない…ですね!!」と気付きまして、いや、でもこれは「見える」と言うほかないよね…、としばらく話し合った結果、「見える」でいきましょうとなりました。ここも、しっかり脚本が伏線を回収している、しかし悲しい場面。実際観ていただき、ご意見ご感想頂戴したく存じます。
最後に、ちょっとゾクっとした話。映画のなかで「0530」という数字が何度も出てくるんですけどね。上映直前になって、ふと気付いたんです。チュプキの上映スケジュール、『ビニールハウス』は5月30日からである、と。
初日に観てくださった皆様、お気付きでしたか?
というわけで以上、つらつらと『ビニールハウス』の話、させていただきました。残すところ一週間、水曜を除き6月11日(火)までの上映です。韓国映画を普段観ないという方にも、韓国映画ってなんかすごいぞ、エグいぞ、でも面白いかもしれないぞ、と思っていただけたらこの上ない喜びでございます。
あ、ただ、その前の時間にやっている『夜明けのすべて』と続けて観るのはおすすめしないです。グループセラピーとカセットテープ、テント状の小屋は偶然どちらも出てくるけども、似ても似つかぬ映画です。どうか、きれいなままの世界でお帰りください。
(文:スタッフ池田)
『ビニールハウス』
5月30日(木)~6月11日(火) *水曜休映
19時00分〜20時45分
(2022年製作/100分/韓国)
※日本語字幕・イヤホン音声ガイド+字幕吹き替えあり
11名もの声優さんにご協力いただいた豪華な吹き替えも、音声ガイドとあわせてイヤホンからお楽しみください! 『ビニールハウス』を吹き替え版で観れるのはチュプキだけ!
シネマ・チュプキ・タバタはユニバーサルシアターとして、目の見えない方、耳の聞こえない方、どんな方にも映画をお楽しみいただけるように、全ての映画を「日本語字幕」「イヤホン音声ガイド」付きで常時上映しております。
皆様のご来館、心よりお待ちしております!
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