難波創太さん(映画『こころの通訳者たち』出演者インタビュー Vol.1)
「"舞台手話通訳"に"音声ガイド"をつける」という前代未聞の挑戦を追った映画『こころの通訳者たち』。そこには多様なバックグラウンドをもつ、魅力あふれる人たちが、知恵と想いを寄せ合い参加していました。
映画だけでは伝えきれない、出演者の方々お一人お一人のライフヒストリーや普段のご活動、今回の音声ガイド作りの感想などを、インタビューでお聴きしました!
今回ご紹介するのは視覚障害者モニターとして参加されていた難波創太(なんば そうた)さんです。
ーー難波さんは普段はどんなことをされているのですか?
難波:2015年から三軒茶屋で「るくぜん」という鍼灸院を営んでいて、指圧マッサージや鍼灸の施術を行なっています。コロナ禍以前は、薬膳の考え方を取り入れた料理ワークショップなども行っていました。最近は映画『こころの通訳者たち』のPRのためもあって、パイナップルケーキや月餅など、よくお菓子をつくっていますね(笑)。
ーー難波さんの手作り月餅、皆さんに大好評ですよね!鍼灸院は失明されてからだと思いますが、その前はどんなことをされていたのですか?
難波:もともとはデザイナーとしてゲーム業界で働いていたんですけど、好きだった映画の世界に移りたいと思って、アニメーション映画の製作会社に転職しました。ところが、その会社の映画がうまくいかなくて、映画製作部は取り潰しになってしまったんです。それからアニメ制作の部に配属されました。
制作の仕事は昼も夜もなかったんですよね。当時バイクで原稿の受け取りとかに回っていたんですけど、ある日、夜通しの仕事を終えて、朝帰ろうとしていたとき、前にいたトラックが急に方向転換して、ブレーキが間に合わず、頭から衝突してしまったんです。
2週間ぐらい意識不明の重体でした。輸血を5〜6リットル行ったみたいですし、あごもくだけたていたから、歯を針金で結んで口が開かないように固定されたり。気管切開もされていたので、最初の頃は声も出なかったです。
そんな状態からだんだん意識が戻ってきた時に、目の前に何も見えなかったんです。でもそのときは全身包帯だらけだったので、目も包帯をしているんだろうと思ったんですよね。ところが、顔を触ってみたら包帯がなかった。
ーーそれで目が見えなくなっていると気づいたんですね。
難波:でも、治療をしたら治るんだと思っていたんですよ。それが退院のときに「君の目はもう治りませんよ」って言われて。え〜聞いていないよって感じでしたね(笑)。
それからリハビリ病院に移って、白杖の使い方とか、音を聞き分ける練習とか、手で触って触覚で見分ける訓練とかをやったり、はたまた、料理、洗濯、縫い物と、生活に必要なことの特訓を受けたりしました。たとえば掃除機はホースを短くして、掃除機の先を手で触りながらかけたりとかね。ルールが全然違うから、新しいルールのなかでのノウハウや工夫を学びました。
ーーそうして訓練を重ねて日常生活に戻っていかれたと思いますが、視力を失った当初、人に会うことや、外出することが怖くなったりはしなかったですか?
難波:やっぱり最初は表に出ることは怖かったですよ。でも少しずつ自分の行動範囲を広げていきました。ベッドからトイレまでとか、基本的なところから、だんだん広げていきましたね。ただ一番は、友人や家族をはじめとした周りの人たちが、あれに行こう、これに来いよって、声をかけてくれたから動けたんだと思います。誰もいなかったら、ずっと家に一人でいたんじゃないかな。
ーー鍼灸を学ぼうと思ったのはどんなきっかけだったんですか?
難波:大事故でも自分が生き残ったのは、どういうことなんだろうって思った時に、人間の身体にすごく興味が湧いて、体のことをもっと勉強したいと思ったんですよね。鍼灸ならいろいろ体のことを勉強できるなと思って、リハビリセンターで3年間学びました。
おもしろいんですよ、人間の体って。本当によくできているんですよね。たとえば耳の三半規管。すごく小さい3つの輪っかみたいなもので、身体全体の傾きを感じ取れるじゃないですか。なんでこんな形なのかも不思議だし。
ーーたしかに身体ってすごいですよね。学んで終わりではなく、自分で鍼灸院を開こうと思ったのは、何か理由やきっかけがあったのですか?
難波:鍼灸の学校を卒業したのが2011年で、ちょうど東日本大震災があったんですよね。それで東北へボランティアに入って、避難所にいる人とかにおしゃべりしながらマッサージをしたんです。その時ものすごく感謝されたんですよね。拝むように手を合わせて感謝してくれた人もいたぐらい。直接誰かに自分ができることをやって、それを受け入れてもらえて、感謝までしてもらえる。この関係性がすごくいいなと思ったんです。
デザイナーとしてゲームやアニメをつくっていたころは、受け手までが遠かったですからね。受け手の人から感謝されるようなこともない。でもマッサージとか鍼灸って、もっと具体的ですよね。相手の身体に触れながら、その触れているところを本人と一緒に見ていくような感じがあります。ある意味、言葉によらないコミュニケーションかもしれないですね。
ーーもうひとつの薬膳のほうは、どうして学び始めたんですか?
難波:食いしん坊だっていうのが一番大きいですね(笑)。見えていた頃から、「今日こういうのが食べたい」っていうレシピを料理好きの友人に送って、うちで作ってもらうみたいなことをよくやっていたんです。僕は作らず、食べるだけ(笑)。見えなくても、料理だったらできるかなとも思って。
あと、鍼灸は外側から体にアプローチするものだけど、薬膳は体の内側からじゃないですか。両方からアプローチできたらいいかなって。
ーー難波さんは、映画のなかでも合気道をしているシーンが出てきますが、他にもサーフィンとかパントマイムとかいろいろなことに挑戦されていますよね。学びたい、やってみたいっていう想いがすごいなと。
難波:目的を持って生きていたほうがいいんですよね。視覚を失ったことで、日常から不便なことがいっぱいあるんですけど、何か目標みたいなものがひとつあると、いろいろ気にしなくて済むんですよ。目標があれば、できないことをどうやったらできるようになるだろうって考えるし、あれやりたい、これやりたいって言っていると、みんなが協力してくれたりとか。目標があると、自分のできないことが、特にマイナスじゃないように感じられるんですよね。
ーーそういう意味でも、目が見えなくなってから、ご自身の人との出逢い方やコミュニケーションの取り方で変わったなと思うことはありますか?
難波:昔は器用だったから、なんでも全部ひとりでやっちゃっていたんですよね。個人プレーが多かった。でも今はできないことが多いから、人に頼まざるを得ない。人に頼むときの工夫というか技術というかは上達したかなと思います(笑)。
ーーではそろそろ、今回の映画『こころの通訳者たち』に関するお話をお聞きしたいのですが、難波さんはもともとチュプキとご縁があって、音声ガイドのモニターもご経験があったのですよね?
難波:そうですね。代表の平塚千穂子さんと知り合ったのは、コンテンポラリーダンスに音声ガイドをつけるというプロジェクトででしたが、それ以前からチュプキの存在は知っていましたし、ピース(難波さんの相棒の盲導犬)と一緒に映画を観に行くこともあります。
音声ガイドのモニターも、チュプキでは初めてでしたが、他の団体さんや企業さんではそれまでもやったことがありましたね。
ーー今回の「舞台手話通訳に音声ガイドをつける」という挑戦は、一緒に体験してみていかがでしたか?
難波:大変だなって思いましたよ(笑)。手話を使う人たちから、「こういう形ではやらないでくれ」って言われている、マイナスなところからの出発でしたから。それでもどうしても僕たちは、手話をやっている状況を知りたいからやらせてくれって伝え続けて、なんとかOKをもらったわけですが。あのときは、手話通訳の人がいて言葉としてのコミュニケーションはとれているけれども、それでも「伝わらない」感じがありました。やっぱり、見えない世界と聞こえない世界の間にはすごい断絶があると思ったし、それでもなんとか賛同を得るところまで持っていく様子を目の当たりにできたのは、このプロジェクトに関わってよかったなと思いましたね。
普通だったら、ああいう場面で諦めると思うんですよ。分かり合えない人とは分かり合えないままでもいいかって。そこまで苦労しなくたって、分かり合える人とだけで楽しく生きていけますから。違うなって思う人とは関わらないで、同じ価値観で同じ言葉で過ごせる人と、楽しくやっていればいいんです。だけど、分かり合えない人と関わることで何か価値が生まれると思うし、むしろそういう中にしか、新しいものって生まれないのかもしれないなって、すごく感じました。
ーーそんな「分かり合えない」壁に向き合い続けてできあがった音声ガイドは、聞いてみていかがでしたか?
難波:通常の音声ガイドって、すごく制限があってコントロールが効いているんですよね。映画のなかのセリフとかぶらないようにとか。でも今回のはすごく言葉が入り乱れてる。それってすごく映画っぽいなって思いました。映画の画面上にはいろんな情報が同時多発的に発生しているわけじゃないですか。それをそのまま伝えてくれる感じがしました。これまでの音声ガイドは、内容や筋書きを理解できるところまでだったのが、今回は、映画のなかに起きているいろんな状況まで見られる感じでしたね。
だからこそ、今日はこの声に注目して聴こうとか、今度はこっちの声に耳を傾けようとか、何回も観る楽しさもあります。映画って本来、多層的な楽しみ方ができるものだと思うんですけど、それが初めてできたような印象です。
あと、通常の音声ガイドはわりとニュートラルな話し方なんですけど、今回は彩木さん(音声ガイドを読み上げている方)の感情がすごく入った音声ガイドだったのも、おもしろかったです。言葉そのものはほとんど頭に入ってこなくて、彩木さんの声色のトーンとか強さとか、感情の起伏みたいなものが先に入ってくるんですよね。声ってすごくいろいろな情報をもっているなって改めて思いましたし、こういうのが欲しかったんだなって思いました。
一方でやっぱり、そういう声の重層性みたいなものは、ろう者の人には伝わりえないし、手話の美しさとかは、永遠に僕らには伝わらないんですよね。やればやるほど、届かないことがわかる、とも言えるかもしれません。でも、その伝わらなさが、この映画のエネルギーなんだろうと思います。わかりたい、でもわかれない。それって永遠にモチベーションを保てるじゃないですか(笑)。今回の音声ガイドは唯一の正解なわけではなくて、まだまだ表現の余地、工夫の余地があると思います。いわば、まだ誰も遊んでいない空き地を見つけたみたいな…。届かないかもしれないけど、とにかくやってみようっていう試み自体が大切なんじゃないかな。
ーー最後に、これから映画を観る方に、こんなふうに観て欲しいとか、楽しんでほしいというメッセージをもらえますか?
難波:3回まで我慢して観て、かな(笑)。3回観ると、「あっ!こういうことか!」って見えてくるものがあると思いますね。1回目ではわからないんじゃないかな。でも、そのわからないなかに、惹きつけられる何かがある作品だと思います。ぜひ1回目と3回目でどう印象が変わったかも、皆さんの声を聴いてみたいですね。
(Text: アーヤ藍)
難波さん、ありがとうございました!
ドキュメンタリー映画『こころの通訳者たち What a Wonderful World』は、2022年10月1日(土)よりシネマ・チュプキ・タバタにて先行公開、10月22日(土)より新宿K's cinemaほか全国順次公開します!
映画をご覧いただいたあとに、この記事を読み返していただくと、映画の裏話もさらにお楽しみいただけるのではないかと思います。
それでは、皆様のご来場をお待ちしております!