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彩木香里さん(映画『こころの通訳者たち』出演者インタビュー Vol.3)

「"舞台手話通訳"に"音声ガイド"をつける」という前代未聞の挑戦を追った映画『こころの通訳者たち』。そこには多様なバックグラウンドをもつ、魅力あふれる人たちが、知恵と想いを寄せ合い参加していました。

映画だけでは伝えきれない、出演者の方々お一人お一人のライフヒストリーや普段のご活動、今回の音声ガイド作りの感想などを、インタビューでお聴きしました!

今回ご紹介するのは、音声ガイドの原稿作成と声優として参加されていた彩木香里(さいき かほり)さんです。

<彩木香里さんプロフィール>
本業はナレーター。女優でもあり演出家。「ものがたりグループ☆ポランの会」主宰として、宮沢賢治作品の朗読会を行っている。2022年6月29日には、ろう者の俳優と手話朗読劇を上演。

ーーまずは、彩木さんがナレーションのお仕事と出会うまでについて教えていただけますか。

彩木:元々10代の頃はモデルの仕事をしていたんですけど、仕事でお世話になっていた方から、 「今後20代、30代って仕事を続けていくことを考えると、ナレーションの仕事のほうが合うんじゃないか」って勧められたんですね。じゃあ試しにやってみるかと思ってやってみたら、自分が文字を声に出して読むのが好きなことに気付いたんです。それで、本格的な勉強をするために声優の養成所に入りました。

そこは声優の勉強と並行して、演劇もやるところだったんですけど、当時はあまり舞台に興味をもてなかったんですよね。なのに舞台のための勉強ばかりやらないといけないのが苦痛になっちゃって。結婚を機に途中で養成所を辞めちゃいました。でも、離婚したんです(笑)。自分で頑張って生きていかないといけないから、改めてプロを目指そうと思って、養成所に戻りました。

ーー養成所に戻られてからは、舞台も楽しくなっていったんですか?

彩木:そうですね。本気でプロを目指すようになったら、その道の難しさや厳しさも知りましたし、同時に、“表現すること”が好きだって気づきました。表現の手段は様々です。舞台や公演を創ることも表現だし、ナレーターの仕事も表現。音声ガイドの原稿を書くこともです。全部が私にとっては表現になる。そしてそのすべてを、楽しいと感じるようになっていきました。

今年の舞台公演の制作会議中の写真
ホワイトボードを手で指し示す彩木さん

ーーそこからナレーターが本業になっていかれたのでしょうか?

彩木:はい、そうです。そして、ナレーションの仕事の一つとして、テレビ番組の音声ガイドのナレーションをやることになったんです。でもその時は音声ガイドのことをまったく知りませんでした。

やってみたら、すごく難しかったですね。本編の音声が流れていない合間で映像に関する補足情報を詰め込まないといけないので、原稿がすごくコンパクトにまとめられているんですけど、尺が短いので、結構早口で読まないといけない。それに日本語は結論が最後に来るので、語尾まできちんと喋らないと伝わりません。同時に、あくまでもガイドなので、感情はあまり入れすぎたらいけない……。一般のナレーターの仕事とはいろんな点で違いました。

ちなみに、今は自分がつくる舞台公演にも、音声ガイドをつけたり、いろんな劇場公演の観劇サポートとして音声ガイドを作成したりしているんですけど、映画やテレビなら、基本的に原稿が固まっていて変更が生じることはほぼないのですが、舞台の場合は、俳優さんたちの演技も日々変わるので、想定していた尺から変わることとかもあって、アドリブで対応しないといけないのが本当に大変です(笑)。

ーー様々な面での難しさがあるんですね。ナレーターとして音声ガイドを読み上げるのに留まらず、ご自身で音声ガイドの作り方も学ばれていますよね。

彩木:何度か音声ガイドのナレーターを経験するなかでハマっていって、いつか音声ガイドをつけた舞台を自分でやりたいと思ったんです。それで、日本映像翻訳アカデミーのバリアフリー講座を受講して学びました。

正直、音声ガイドのお仕事をもらったばかりの頃は、音声ガイドをある意味”裏方”のような存在に感じてしまっていたんです。音声ガイドって、テレビとかでリモコンで選んでつけるじゃないですか。だからサブのオプションみたいに感じてしまっていました。特に、それまでは障害者の方と直接知り合ったこともなかったので、その方々の視点を持っていなかったんですよね。

でも、レギュラーとして何度も音声ガイドのナレーターをやるうちに、だんだん、視覚障害者の方にとっては、このガイドが一番大切な情報なんだ、”裏”も”表”もないんだ、っていうことに気がついて。音声ガイドを通じて、ちゃんと大切な情報を伝えたいと思うようになりました。

ーー普段音声ガイドを作る時に、彩木さんが意識されていることはありますか?

彩木:伝えたいことはたくさんあるんですけど、全部を詰め込もうとすると何が重要なのか、かえってわからなくなってしまうんです。これは「バリアフリーの沼」と呼ばれているようです(笑)。全てを伝えることはできないから、どこまで何を伝えるのか、自分で線引きをする必要があるんですよね。

一方で、自分が作る舞台とかだと、全部を伝えたくなります。一般的な音声ガイドであれば、おそらく短い尺の中でストーリーが分かることを最優先に作っていくと思うんですけど、舞台上には現れないような、音響や照明、小道具大道具、色々なスタッフさんがいることで、初めて舞台ができあがると思っているので、そういう人たちの存在や想いも、音声ガイドでできるかぎり伝えたいなと思っています。

ーー実際にガイドを作る側に立ってみて気づいたことはありますか。

彩木:基本的に音声ガイドはあくまでも、誰かが作った作品を伝えるためのガイドです。だから自分がどう感じたかとか、どう解釈したかという、自分の視点よりも、作り手がどんな思いで表現したのかという視点を持つことが大事だなと思います。

あと、音声ガイドを使う視覚障害者の方と実際にコミュニケーションをとっていかないと、どういう情報が求められているのか分からないことも強く感じました。音声ガイドづくりの講座を受けた際に、モニター役を務める視覚障害者の方々と出会っていきましたが、その中で学んだことがたくさんあったし、もっと多くの人と出会ってお話ししたいとも思うようになりました。

ーーここからは、今回の映画についてのお話も聞かせてください。元々シネマ・チュプキ・タバタ代表の平塚さんとはお知り合いだったそうですね。

彩木:はい。最初は自分が主宰する劇団である「ものがたりグループ☆ポランの会」(※1)の公演にあたって、平塚さんに機材をお借りしたことがきっかけでした。まだシアターができる前ですね。ただ、平塚さんと直接お会いするまではしばらく時間がかかったんです。

私が舞台の音声ガイドをやっていた関係で、時折、平塚さんから舞台の音声ガイドをお願いできませんかと声をかけていただいていたのですが、全くスケジュールが合わなくて…。ようやくうまくスケジュールが合ったのが、コロナ直前でした。そこからは濃密な繋がりで(笑)。音声ガイドの原稿作成や、上映映画に合わせた朗読会など、ご一緒する機会が広がっていきました。

※1 ものがたりグループ☆ポランの会:彩木さんが代表を務める、宮澤賢治の童話と詩を上演する劇団。今回の映画にも登場する目の見えないバイオリニスト白井崇陽さんとの公演など、様々なジャンルの人々とのコラボレーションも行う。

ーー今回の『こころの通訳者たち』では、音声ガイドの台本の提案と、声優を担当されていらっしゃいますよね。途中緊張感のある話し合いもあったなかで、声優を担当されるのも大変だったのではないかと思いますが、いかがでしたか。

彩木:手話の歴史や文化について考えたら、ただ淡々と原稿を読んではいけないと思いましたね。それに、手話は、手の動きだけじゃなくて顔の表情にも意味があって、その表情まで伝わるように読み上げないと、視覚障害者の方には伝わらないんじゃないかとも思いました。音声ガイドって、基本的には普段感情をあまり交えないものなんですけど、今回は逆に声に「表情」をつけることが求められたので、本当に難しかったですね。

しかも映画をご覧いただくと分かると思いますが、今回単語ごとに読む声の表情を変えていかないといけなかったので、そのスピードに自分の思考や声が追いつかなくて。本当に何度もテイクを重ねて探っていきましたね。

でも、今回の体験を通じて、手話がすごく深くて、色々な表現があることに改めて気付けたので、本当にやってよかったと感じます。

映画『こころの通訳者たち』より
彩木さんが音声ガイドの原稿を読み上げて収録している
奥にシネマ・チュプキ・タバタの平塚さんも座っている

ーー今回の映画を通じて、彩木さんが伝えたいことについても教えていただけますか。

彩木:私が一番伝えたいのは「とにかく一生懸命人生を楽しんでいる人たちの姿」ですね。私も最初は、音声ガイドや手話のことをサポートの一つとして考えていたけど、今はただのサポートではなくて、一つの表現だと思っているんです。この映画も表現者が集まった作品だなと感じていて。そうした人たちに私も関わることができて、もっともっと頑張ろうと思えたし、やっぱり人生って楽しいんだなって思えたんですよね。

ーー私もこの映画を初めて見た時、何か「人間の希望」のようなものを感じました。

彩木:たぶん、平塚さんもそのことを伝えたかったんじゃないかなと思います。今の時代、すごく簡単に情報が得られたり、直接コミュニケーションを取らなくてもネットで外部の情報を見て、相手のことをわかったつもりになれますよね。でもそういう一方通行のコミュニケーションが増えていった結果、本当は大事なはずの「互いのことを思いやる」ということが忘れられてしまっていると思うんです。

相手と互いにコミュニケーションをとって心で通じ合うことって、より良い世の中にしていくためには必要なことだと感じていて。そういう「相手への思いやり」を忘れてしまったら、どこか人間じゃなくなってしまうような気がするんですよね。

ーー映画を見ていて、まさに「思いやり」があるからこそ、すごく勇気ある衝突もできている感じがしました。

彩木:そうですね。お互いに対する信頼があれば、正面からぶつかりあうこともできると思います。ベースに信頼さえあれば、大きなトラブルにはならないし、もしトラブルになったとしても解決策を一緒に考えていくことができるはずです。私はそういう関係性が築ける人たちと、ものづくりをしていきたいですし、そういうところから、温かくて良いものができるんじゃないかなと思っています。

ーー今回の映画も一つのきっかけとなって、彩木さんは今年の夏、白井さん(こころの通訳者たちにも出てくる、目の見えないバイオリニスト)と、耳の聞こえない俳優さんと一緒に舞台公演をされたんですよね。

彩木:最初は私と白井さんの公演にして、そこに舞台手話通訳をつけようと思っていたんです。それで、舞台手話通訳者の方のコーディネートを、廣川さん(※2)にお願いしたら、舞台手話通訳じゃなくて、「ろうの俳優さんに入ってもらうのがいいんじゃないか」って提案されて。

正直ご提案いただいたたときは「ええええ?!」って(笑)。白井さんが見えない、俳優さんが聞こえないとなったら、どうやって稽古したら良いんだろうって思ったんです。それで最初は、私と白井さんで先に公演の大枠を作ってから、俳優の河合祐三子さんに後から参加してもらう形にしようと思っていたんですね。

でも「一つの作品を創り上げる」ということは、そういうことじゃなかった。創っていく中で、河合さんが「白井さんも一緒に稽古に来て欲しい」っておっしゃったんですよ。確かにそれぞれ聞こえないし、見えないけど、お互いの存在を心で感じて、どうにかコミュニケーションを取ろうとして、わかり合おうとする。そうすることで、新しい発見があって、生まれてくるものがあるということを体感しました。「一緒にものを創る」って、こういうことだったなと改めて思いましたね。

※2 廣川麻子さん:障害者の観劇支援を行う団体「TA-net」の代表を務める。今回の「こころの通訳者」にも出演。

白井さんと河合さんとの公演の様子(撮影:池田新)
公演前のリハーサルで白井さんと談笑してる彩木さん

ーー障害や様々なハードルを越えて、新しい人やものと出会うことが、また新たな可能性を生み出していくんですね。

彩木:私が音声ガイドを舞台につけたいと言い始めた頃は、行政に相談すると「福祉課に行ってください」ってよく言われていたんです。「福祉じゃなくて、これは芸術の話なんです」って、私が何度言っても相手にしてもらえなかった。

でも徐々に時代が変わって、今は「芸術」という枠の中で考えられるようになってきました。音声ガイドや字幕をつけることで、見えない人、聞こえない人と、芸術をつなげたいということももちろんなんですけど、いわゆる健常者の人たちにも、こういうものがあるんだって知ってもらって、みんなで楽しむ感覚を味わってもらえたらいいなと思います。そういう広がりが感じられるようになってきたのがうれしいですし、これから先、もっと、そういう風になっていったらいいなと思いますね。

(Interview:アーヤ藍、Text:原田恵)

彩木さん、ありがとうございました!

ドキュメンタリー映画『こころの通訳者たち What a Wonderful World』は、2022年10月1日(土)よりシネマ・チュプキ・タバタにて先行公開、10月22日(土)より新宿K's cinemaほか全国順次公開します!

映画をご覧いただいたあとに、この記事を読み返していただくと、映画の裏話もさらにお楽しみいただけるのではないかと思います。

それでは、皆様のご来場をお待ちしております!

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