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ライオンかキリンを選ぶなら? 【人生はビギナーズ】鑑賞記録
【作品概要】
2012年公開のアメリカ映画。マイク・ミルズ監督作。ユアン・マクレガー主演、助演のクリストファー・プラマーは本作でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞共に助演男優賞を獲得している。
あらすじ
ガンを患い、先が長くないと悟ったことで、同性愛をカミングアウトする75歳の父と主人公であるその息子。親子なのにその恋愛観は真逆で、75歳になって初めて愛に生きる生き方を始める父と、いつまで経っても恋愛に対する臆病さが抜けない息子。そんな彼が年下の奔放な女性と恋に落ち、関係を育んでいく物語。父との会話、父を愛するパートナー、彼が恋する女性アナ、主人公のいつも側にいる愛くるしい愛犬の、さほど多くない登場人物で緩やかに物語は進んで行く。
「自分が待ち望むライオンVS大して欲しくもないキリン」
クリストファー・プラマー演じる父が、癌を患っているので闘病しているシーンが多く、個人的なトラウマが強い私はそういったシーンだけしんどかったのだけれど、全体を通してとても暖かい好きな作品だった。 この映画を紹介してくれた彼が引用していたあるシーンというかセリフがとても印象的でした。
父であるHalは息子に対して、
You always dreamed of someday getting a lion, and you wait. And the lion doesn't come. Then along comes a giraffe. You can be alone, or you can be with the giraffe.
「ライオンを手に入れたいと夢見ていて、どんなに待ってもライオンが現れないとする。そんな時にキリンがやってくる。一人でいるか、キリンと一緒になるか。」
こう問いかけます。 これに対し、息子であるOliverは、
I'd wait for the lion. 「僕は、ライオンを待つよ」
と返す印象的なシーン。
妻である、主人公の母である女性と一緒になり、仲睦まじく過ごしながらも、死別。 残り少ないと悟った残りの人生、75歳で愛に生きることを決意した父のこのセリフがとにかく響く…
本作を勧めてくれた男性から、会話の中で本作を紹介されて、こんなシーンがあるんだなんてライオンとキリンのたとえ話を紹介された。
片思いで終わってしまったけれど、彼のことが当時の私は大好きで、普段は好き丸出しの癖に、相手も年上だったもんだから、ちょっと大人なやり取りについて行くのと、とにかく自分の好意を悟られないように必死だった記憶がある。
彼から、実際に自分だったら?ライオンを待ち続ける?キリンと一緒になる?なんてことを尋ねられて、 「私だったら色々トライしてみたいかな」なんて適当な言葉を返していた。あの時の照れ隠しが自分で今振り返っても謎過ぎる。
実は恋愛に対するスタンスがはっきりこの答え方で分かる問いになっていると私は思っていたりする。 ライオン=自分の堪らなく欲しいと衝動的に感じる理想像、キリン=自分の好みでなないけど恋愛対象で然程手に入れたいと思わないモノの象徴。 なるほどなと響くけれど、腑に落ちなくてずっとモヤモヤしたまま鑑賞を終えた。
結論:ライオンかキリンかなんてさほど重要ではない
本作で私が引っかかった別のセリフにこんなものがあった。
ユアン・マクレガー演じる彼が、恋に落ちる女性アナとのやり取りの中で発するこの言葉は、この主人公のもはや全てを体現しているのでは?と感じてしまうくらいに象徴的なセリフ。
「なぜみんなと別れるの?なんで私を去らせたの?」 この彼女の問いかけに彼はこう返す。
Maybe because, I don't really believe that it's gonna work, and then I make sure that it doesn't work.
「うまくいくと思えなくて、うまくいかないようにしてしまう。」
正直私は彼には全く共感できなくて、でもこんな発言をされたことが何度かあったなぁなんて過去の恋愛たち(主に私の片思いのものに限る)を振り返った。
彼自身の守りに入るというか傷つかないような予防線が私には理解できない…。
正直自分以外の誰かを傷つけているという自覚は持って欲しいし、臆病ってある意味究極の自己中心的な考えにもなり得ると思う。
この上なく安全で、自分が一切傷つかなくて、怪我しない保証のある恋愛なんてないですよね?という感想。 単にスリルが欲しいとか、そういうことでなく、踏み出したこの一歩で自分が傷つくかもしれない。 そんなリスクも承知で一人の相手に踏み込むことこそが恋愛だろと思ってしまう。
これを言うといつも知人たちから「あ、アモーレ型恋愛だからね!ねねは!」なんてよく笑われる。アモーレ型な自覚は正直あんまりないけれど。
てかそもそもアモーレ型恋愛ってなんだよ。笑
スリルだのなんだのって言えば、以下 ヘミングウェイの「武器よさらば」の一節も思い出した。
TBSドラマ、「花より男子」(懐かしい…)の作中にて、司の姉ちゃんが引用するあのセリフでもある。
“When you love you wish to do things for. You wish to sacrifice for. You wish to serve.” ― Ernest Hemingway
「愛するときは、そのために何かをしたくなるものです。犠牲を払いたくなるものです。奉仕をしたくなるものです。」
自分を守ることから抜け出せない=そこまで相手に気持ちがないとも言えてしまう。それって恋愛って呼べない、自分の中での定義では勝手にそんな風に決めつけてしまっている。
また、映画「イヴ・サンローラン」(ピエール・ニネ主演の方)でも、主人公が愛について語る以下のセリフも思い出される。
“Quand on aime, on est en danger. Moi, c'est ça qui me plaît. ”
「人を愛する時、危険に晒される。僕はその状態が好きなんだ。」
ちょっとこれは行き過ぎでは?とも思うけど、如何にもフランス人的な考えでちょこっと好きだったり笑
正直、私は長くお付き合いをしていて昨年の春にお別れした彼がいる。
彼以降、正直ライオンにもキリンにも遭遇した。8:2くらいの割合だった。残念ながらライオンとはなかったのだけれど、 実際キリンとのお付き合いもあった。 (うまくいかなかった)
ただ、よくよく考えてみれば3年付き合っていた彼は私にとってキリンだったし、それでもしっかり育める愛があることも学んだ。
ライオンに出会ってもうまくいく確証なんてない。 ライオンと出会って、どうしようもなく抗えない魅力に惹かれて始まる恋愛もあれば、キリンでも確かに育める愛だって存在する。
理想のタイプだとか、好きな男性はとかそういう質問に対して、確固たる自分の好みなんて凝り固めて確立しておく必要なんてないんだと思う。 カテゴライズしてパターン化した恋愛に面白さなんて感じない。
どちらのタイプが理想で、そのタイプに出会う為にとか、はたまたそれを待ち続けるとか全く本質的でなくて。
忘れている頃に、「あ、この人かも。」なんて感じで、大抵そうやって私の恋愛は始まってきたし、その時に出会った人のタイプなんてそれぞれで。どんな恋愛にしていきたいか、楽しみながら、一緒に探して作り上げて行って、そんな感覚を共に持ってくれる人と私は恋愛がしたいのだと自分の恋愛観を改めて実感することができる作品でした。
どこを切り取ってもおしゃれで、あ〜恋したいな〜なんてふと思わせてくれる大切な作品です。