資本主義のアップデートとESG評価
※この原稿は、「資本主義アップデートアドベントカレンダー」の企画に向けて、シェルパ・アンド・カンパニーCEIOの中久保が執筆したものです。
こんにちは、中久保です。シェルパではAIをはじめとしたテクノロジーによって、企業のサステナビリティに関する課題を解決するため、日々奮闘しています。
今回はシェルパの事業や、私自身の職歴(S&PやVigeo Eiris)にも関係が深いESG評価が、資本主義のアップデートにどのように貢献できるかについて考えてみたいと思います。ESG評価に関わっている企業・金融機関の方はもちろん、ESG評価って何?という方にもぜひお読み頂けると嬉しいです。
資本主義のアップデートとESG評価の関係
ハーバード大学のレベッカ・ヘンダーソン教授は資本主義を再構築するための第一歩は、「株主価値追求を放棄するのではなく、資本主義が依存する自然・社会・制度の健全性を支える義務が企業にもあるという考えを企業が受け入れることだ。」としています。その上で、企業間の協力を強制し、正しいことをさせながらも競争上不利にならないようにすることのできる主体として投資家と政府を挙げています。
私は大学院を卒業した後、Human Rights Watch UKで半年間、インターンとして働き、企業に人権保護を促進するためにアドボカシー活動を行いました。しかし、その過程で企業が行動を起こすまでには時間がかかることにフラストレーションを感じました。そして、なぜそうなのか考えるうちに、企業が行動を起こすためには、それが企業のステークホルダーに受け入れられることや、競争上の不利を避ける仕組みが必要だと気づきました。その後、ESG評価機関であるVigeo Eirisにアナリストとして入社し、ESG投資が企業が変化を起こす動機づけとなる、大きな可能性を感じたというわけです。
従来投資家が投資判断を行う際には、投資先のキャッシュフローや利益率などの財務情報を利用してきましたが、それに加えてESGの要素 - 環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance) - を考慮する投資が「ESG投資」とされています。ESG投資は投資家が投資先企業に対してESGに取り組むことを促すメカニズムとなるわけです。
そこで、投資家は企業のESGに関する方針や取り組み、パフォーマンスなどを追跡する手段が必要になりますが、それがESGに関する企業の開示情報といったいわゆる一次情報や、それら一次情報や企業アンケートなどを分析・評価した結果としてESG評価機関が提供しているデータ・ESG評価ということになります。よってESG評価も資本主義のアップデートを支える貴重な情報源ということができるでしょう。
ESG評価の多様化は加速する
上記のように投資家に利用されることを一義的な役割とするESG評価ですが、私は様々なESG評価があってよいと思っています(ESG評価機関への対応はとても大変なので、企業の関連部門の方にお叱りを受けそうですが笑)。
私も執筆者として参加させて頂いた「AIによるESG評価 -モデル構築と情報開示分析- 」という書籍(書評はコチラ)において、筆者の國部克彦先生が「ESG投資の起源であるSRIには、利益の獲得以前に考慮すべき社会的責任があるという思想が基本にある。そこで想定されるべき社会的責任は単一ではなく、対象も程度も多様である。人間の数だけ価値観があるように、社会的価値を反映したものがESG評価であるとすれば、そこでは多様性を最も大切な特徴としなければならない。」と主張されている箇所があります。
現状のESG評価は、「財務的マテリアリティ」の考え方を主軸に置き、企業の財務指標に影響を与えるESG課題を重視してトピックや配点が決められていることが多いです。しかし、これにより必ずしも全てのステークホルダーの社会的価値を反映した評価になっているわけではないと思われます(なお、一部の評価機関は環境・社会的重要性も考慮する「ダブルマテリアリティ」を意識し始めています)。
ESG評価がESG投資、つまり投資家だけのものである場合は、このような傾向を理解できます。しかし、他の多様なステークホルダーも企業のESG評価を利用する必要性があるのではないでしょうか。例えば、消費者が購買判断をする場合、転職活動をしている人がどの企業に応募するか判断する場合、地域住民が会社の環境保護に関するレベルを知りたい場合、はたまた従業員が自社の人的資本に関する取り組み度合いを知りたい場合など、ESG評価はさまざまな場面で活用できる可能性があります。広くステークホルダー全般に開かれたESG評価を利用して、投資家だけでなく様々なアクターが企業との関わり方を決定していくことにより、資本主義のアップデートにつながるのではないでしょうか。
また、実際のところ投資家もESG評価そのものを利用するだけでなく、むしろその背後にあるESGデータを利用し、自らのESG投資方針に合わせて多様な評価を実現しようとしています。Rate the Raters 2023の投資家アンケートにおいては、「ESG評価が提供する最も価値ある情報はその基礎となるデータである」という意見が強く、これを元に投資家が独自のESGデータ分析のシステムや指標を開発していることが多いことが分かります。
ESG評価においてAIが果たす役割
さて、ESG評価が多様化が進む中で、その評価は誰が行うのでしょうか。従来のESG評価は、ESG評価機関のアナリストが企業の公開情報やアンケートを分析して行っていました。しかし、この作業には膨大な時間がかかるという難点がありますし、そのようなリソースを割くことのできる団体のみがESG評価を実施できることになってしまいます。
そこでAIの役割が重要であると考えられますが、どんどんこの記事が長くなってしまいそうですので、ESG評価におけるAIの役割と企業が向かうべき方向性については次回の記事で書きたいと思います。
少しだけ簡単に言及すると、ESG評価において自分が重視したいポイントを事前にAIへインプットし、企業のレポートなどをAIに読み込ませることで、評価結果を得ることができます(関連して、上述の「AIによるESG評価 -モデル構築と情報開示分析- 」において、AIを用いたESG評価モデルの構築が試行されています)。これにより、ステークホルダーグループごとのESG評価が比較的お手軽に実施できるようになるに留まらず、個人単位のパーソナルESG評価も可能になるということですね。みなさんは企業のどのようなESG側面について評価を知りたいですか。
おわりに
多方面のステークホルダーが企業のESG評価を行い、その評価を受けて企業が成長していくことは、資本主義をアップデートし、持続可能な社会の実現につながると考えています。今後もESG評価の仕組みやあり方について検討を続け、この動きに貢献していきたいと思いますので、みなさま、どうぞよろしくお願い致します!
参考文献
レベッカ・ヘンダーソン「資本主義を再構築するには」日経ビジネス(アクセス日:2023年12月10日)
レベッカ・ヘンダーソン『ヘンダーソン教授「資本主義再構築、企業だからできる」』日経ビジネス(アクセス日:2023年12月10日)
GPIF ESG投資 (アクセス日:2023年12月10日)
金融庁「ESG 評価・データ提供機関に係る行動規範」(アクセス日:2023年12月10日)
The SustainAbility Institute by ERM “Rate the Raters 2023 ESG Ratings at a Crossroads”(アクセス日:2023年12月10日)
中尾悠利子・石野亜耶・國部克彦「AIによるESG評価 -モデル構築と情報開示分析- 」同文館出版