協力隊のその次は

お久しぶりです。コロナウイルスの影響で3月に帰国してから、ずっとnoteを放置していました、Kaneyです。

1月14日にパナマに入国して3月20日に出国したので、67日間の滞在でした。パナマよりJICAの訓練所にいた期間(70日間)の方が長い…。そしてまさか2020年のほとんどを実家で過ごすことになるとは。

1.帰国後、何してたの?

学期途中で赴任したため、わたしの初授業予定日は新学期の3月23日でした。
ところが3月9日にパナマで初の感染が発覚し、翌日から学校休校・出勤停止に。そこで国内最大の工科大学であるわが校はすぐさまオンライン授業のために動き出しました。学校主導でシステムや授業体制がどんどん決まっていく中、全世界の協力隊全員帰国が決定。「外出禁止だし遠隔授業をするなら、日本の家からでもパナマの家からでも変わらないか(むしろ日本の方が教材はそろってるなー)」という軽い気持ちで帰国。2週間の隔離生活中にパナマ授業デビューしました。(ゼロ初級で全員初対面のオンラインクラス授業、難しかった…)

再派遣の知らせを待ちながらオンライン授業を続けていましたが、残念ながら見通しが立たないとのことで、8月にJICAとの契約を解除することに。
(実際は①現地に行けないまま国内で待機期間を延長②契約解除し、再派遣登録③派遣辞退ーの三択で、わたしは②を選択)。

その後は実家の飲食店を手伝いながら、就活したり、オンラインで日本語教育関連の講座を受けたりしていました。

2.協力隊のその次は

前置きがながーーーーくなりましたが、次の仕事ではベトナム人看護師・介護士への日本語教育に携わります。そのために1年間首都ハノイで働きます。

少子高齢化が進む日本では、看護・介護分野の人材がかなり不足しています。今までは主に日本の大学進学を目指す留学生に日本語指導をしてきましたが、ずっと関心があった「日本で働く人」への支援ができることになりました。共生社会の構築に少しでも貢献したいという思いで日本語教師を始めたので、スタート地点に立つ人たちを応援できるのはうれしいです。

また今回は一講師ではなく、教務。
カリキュラムやテストを作ったり、成績管理をしたり、研修運営に関わる業務を行います。
教務は初めてですが、パナマに戻れるなら、再派遣時にこの経験を活かせるのではという期待もあります。

3.いま

ビザがなかなかおりず、ベトナムへの渡航が遅れています。
コロナウイルスのコントロールに比較的成功しているベトナムはボーダーコントロールも厳しい様子。(12月5日時点で、感染者の累計は1365。ちなみに日本は15.8万人で、パナマは17.4万人)

協力隊のベトナム隊員は11月25日に再派遣されたのにね…
もやもやしながらも待つしかない。

それから、帰国してから離れていたスペイン語の勉強を再開しました。JICAの訓練所でお世話になった先生方にオンラインで個人レッスンを受けています。
自分がオンラインで教える側に立ったこともあり、いろいろ考えさせられる。(これについてもまた書きたい。書くかな…)

次の仕事は日本語で完結するから必要ではないけど、生活に困らない程度のベトナム語も勉強しないとね。

最近はこんな感じです。

以上。