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【一人っ子@海外在住】認知症の父は、わたしがフランス人になったと思っていた

フランス人と結婚して18年になる。
国籍は日本のままだ。
わたしは一人っ子なので、少なくとも両親が存命中は国籍は日本のままでいるつもりだ。

ところが父の認識の中で、わたしはフランス人になっていた。
結婚したころは父も元気だったから、フランス人と結婚するけれども国籍は日本のままだという話をした。

そのあと、どういう経過を経て、父はわたしがフランス人と思い込んでしまったのか。一人娘がフランスに行ってしまったということがさびしくて、フランス人になってしまったのだからあきらめようという風に記憶が変わったのだろうか。

「日本人のままだよ」と一応説明したけれど、納得した様子もない。
もう父の記憶を修正することはできない。たぶん。

「お父さん、勘違いして覚えちゃったんだね」と笑ってすませられたらいいのだけれど。

父の勘違いは「フランス人になったお前なんかに言われる筋合いはない」という穏やかならぬセリフと共に判明したので、心穏やかではない。

今回の帰国のはじめ頃に、「いつかお父さんお母さん二人の生活が立ち行かなくなったら、富山の施設に入るのはどう?」という話を母にした。
富山は母の故郷だ。母の歳の近い姪は看護婦で、富山に来てくれたら嬉しいと言ってくれている。

「いつかね」ということで話が止まっていたのだけれど、今日になって急に母が「体が動かなくなってからではつまらないから、今のうちに引っ越そうかしら」「同級生もまだ元気だもの」と言い出して、「富山に行くとしたら、あなたも一緒に来る?」という言い方を父にしたのだ。

それを父はわたしが母だけを富山に連れて行こうとしていると思ったらしく、「フランス人のお前なんかに」というセリフにつながったのだ。

あげくに「日本は文明国なんだよ。病気になったら医者とか親戚とか友達が面倒みてくれるんだよ。お前がいるフランスなんていう野蛮な国とは違うんだ」と来た。この5倍くらいの長い長い言葉で。
相当追い込まれた気持ちになっていたのだろう。

ほかにもいろいろ言ってきた。よくこんなにしゃべれると感心するくらいの嫌みのオンパレード。

わたしだってその父の娘。負けてはいられない。本当は。
「おいおい。まるっきり忘れているだろうけど、お母さんが癌になった去年だってわたしがフランスから帰ってきて付き添ったのよ。あなたはなにができたの?」
「あなたのどの親戚が面倒をみてくれるのかしら」
「面倒をみてくれる友達がどこにいるの?」

言ってしまいたい。言ってへこましてすっきりしたい。
でも、言ったところで父はわたしの言うことがわからないだろう。
そして、すぐに忘れてしまう。
わたしに嫌な記憶が残るだけだ。

とは言って、勘違いされて悪者にされて、嫌みっぽく怒鳴られて、なお笑ってすませる気高さも持ち合わせていなかった。

それで、やめておけばいいのに「何にもわからないくせに、黙れ年寄り!」と怒鳴ってしまった。
ええ、怒鳴ってしまいました、わたし。そして部屋に引き上げた。

冷静になると、父が怒ったのは偶然ではない気もする。
生まれ故郷に帰りたい気持ちもあるけれど不安もあり、娘の言いなりになるようで面白くない気持ちもある母が、無意識にわざわざ父を怒らせるような言い方をした気もする。

それぞれ複雑な気持ちを抱えていて、微妙に言葉や行動に作用する。
人間だから。
親子だから似ているし。

喧嘩になる数分前まで、母の頼みで父もわたしもワインに付き合い、「ごはん美味しいね」と三人でにこやかに団欒をしていたのに、ものすごい急展開だった。

その後も急展開。
母ともちょっと言い合いになって部屋に引き上げたのに、ものの1分も経たないうちに母は部屋まで来て、「明日よろしくね。7時40分にタクシーを呼ぶのでもいい?」とまるで何事もなかったかのようににこやかに聞いてきた。

母とわたしの間では、子供のころから「喧嘩になっても引きずらない。どちらかが普通に話し始めた瞬間から仲直りする」ということが暗黙の了解になっている。
家族劇場と言っていいくらいの変わり身の早さ。

短気な父と、父に似たに違いないわたしと、わたしにも父にも親戚にも友人たちにとっても、すごくいい人なんだけれど、いい人でいるためには、不満があれば父に代理で怒らせ、無意識にわたしか父を悪者に仕立てる母。
デコボコすぎる。

でも、わたしの父親だからと言う理由で、父が短気でなく人格者にならなければならない理由はないし、母親だからと言ってわたしの理想通りの良い母親にならなければいけないわけでもない。
そのままで、でこぼこでいいですよ。

わたしも父と母のおかげで、「人格者になるのはまだまだ遠い道だわね」と自分の未熟さを思い知る。

両親以外にこんなに腹が立つことはない。
両親がいなかったら、「自分は心清らかな立派な人間だ」と勘違いしていたかもしれない。
勘違いせずに謙虚な気持ちになれただけでも、お父さん、お母さん、あなたたちがいてくれてよかったです。

未熟者の家族同士、これからも仲良く?やっていきましょうね。


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