【韓国ドラマ】『夫婦の世界』 離婚から始まる愛憎劇。この二人、いつまで夫婦なの?
2020年に韓国で大ヒットしたという本作。イギリスのBBCで放送された『女医フォスター 夫の情事、私の決断』という作品が原作だそうです。
日本ではBSで放送されていたようですが、私はNetflixで見ました。U-NEXTでも見られるみたいです。
全32話で一瞬ひるみましたが、1話45分程度ですので、案外サクッと見られました。
あらすじ:
映像のルックが少し昔の映画のようで、しかも地味な(激しくはあるけれど)内容なので、これが本当に大ヒットしたの? と最初は思いました。実は見終わってからもそんな気はしています。なぜなら、これは割と見る人を選ぶ作品なんじゃないかと思ったからです。
だって、中年夫婦の離婚の話って、若い人興味あります?
不倫は発端に過ぎない
ドラマを楽しむのに別に年齢は関係ないですが、本作はたぶんある程度人生経験を重ねている人の方が楽しめます。
主人公ソヌは完璧な女性です。病院の副院長として職業生活は充実しているし、素敵な芸術家の夫テオと可愛く素直で聡明な息子ジュニョンとの家庭生活は“完璧”でした。しかしそれがテオの不倫の発覚によって崩壊します。
物語の発端は不倫ですが、それはあくまでも発端に過ぎず、不倫自体を描くドラマではない、というのが本作に特徴的なところと言えるでしょう。
早い段階でテオの不倫の事実がソヌに知れ、聡明なソヌはさっさとろくでもない男テオに見切りをつけて離婚を画策します。息子や家など持てるものは何も失わず「テオだけを自分の人生から取り除く」計画です(このせいで二人の長い戦いが始まるのですが)。本当のドラマは離婚から始まるのです。
不倫から離婚へ至る道のりを描くドラマは多数存在しますが、離婚してもなおもつれる男女の複雑な感情を描いているドラマはあまり例がないのではないでしょうか。
回避依存的な男、テオ
妻ソヌの完璧さは財政面にも及んでいて、家庭の経済基盤は妻にあります。テオは映画監督で、何かの映画祭で監督賞を取ったことがあるらしいけれども、次作のスポンサー探しに苦戦している状況。そして、テオが社長を務めるプロダクション会社の経営基盤も実はソヌの財力にある。さらには病気のテオの母の入院治療費も全てソヌが賄っています。しかし、別にそのことで夫婦の関係がおかしくなっているわけではない。ないのですが、テオの無意識の中には劣等感があるのでしょう。だから若くて(=未熟で)自分を尊敬の眼差しで見つめてくる女に走るんですよね。あらゆる浮気男と同じように、ちやほやされたいんです。
ソヌだって別にテオをないがしろになんかしていないんですよ。十分に愛のある接しかたをしている。それでもテオは、ソヌに経済的にすっかり頼っている負い目があって、ソヌは何も言わないし態度にも表していないのに、勝手に無言のプレッシャーを感じている。それはテオの中におそらく「男たるもの」的な基準があるからでしょう。実はこれって多くの男性が無意識に持っている基準だったりします。
自分で自分にかけているプレッシャーに負けて(それなら経済的に頼らないように頑張る方向へ行けばいいのに)、ソヌの世界から逃げ出して、ただただ心地よく一緒に過ごせる若く美しい(しかも父親が有力者であるのは偶然ではないでしょう)ダギョンの方へ走ったのです。
怒涛の離婚劇を経て、テオとダギョンは結婚し町を出て行きます。二人の生活の初期がどうだったかはドラマでは描かれません。2年後に、テオは映画制作で成功した男(“制作”であって“監督”じゃないというのもまたひとつのポイント)として、新しい妻子と共にまたソヌの住む町に戻ってきます。ダギョンの実家の近くだからというのを理由にしていますが、本当のところテオはソヌに復讐したくて戻ってきました。これがもう、ちょっとどうかと思うんですが、確かにソヌもかなり激しくて、テオが承知せざるを得なくなる形に追い込んで関係を決定的に終わりにし、町から追い出したので、二人の間に大いに遺恨があるんですね。
でも彼が復讐に駆り立てられたのはそれだけが理由じゃない気が私はします。
テオとダギョンとダギョンの産んだ娘、三人での新たな家庭生活も、数年経つと安定し始めます。すると、今度はそこがテオにとってなんとなく居心地悪い場所になってくるんですね。テオは関係が落ち着くと気持ちが外に向かうタイプの男なんです。しかもこの新しい生活も、ダギョンの父の経済力と後ろ盾があってこそ成り立っています。テオはそれを大いに利用しているように表面上は見えますが、そこにはまた無言のプレッシャーがあるんですね。安定が生む退屈と劣等感による無言のプレッシャーから逃げる方法、それがソヌに復讐することだったのではないでしょうか。
二重の裏切り
私これ、どこかに書いたかもしれないんですが、浮気だけなら、一度の発覚なら許す妻もいるでしょう。しかしこのテオ、ソヌの委任状を偽造してソヌ名義の家や息子の保険を担保に借金し、それを裏金としてキープする、というひどいことを陰でやってるんですね。このダブルの裏切りでソヌの心は決まります。おまけに愛人は妊娠してしまいますし。
これ、きついですよ。
それまで一家の財政面を担ってきたことを、ソヌは特段なんとも思っていなかったと思います。そうやって夫と家庭を支えることは当たり前だし喜びですらあったかもしれません。
しかしそのお金で愛人を喜ばせ、裏で自分の名前を使って借金までしていた、となると、それまで自分がしてきたこと全てを嘲笑われているような気になるでしょう。
ああそうそう、思い出した。
「犠牲と不貞のワンセット」はほぼ確実に離別へのスイッチを押す。
という名言があるんです。私が言ったんですけどね笑
(『マリッジ・ストーリー』ご参照)
ソヌは、普段の生活では犠牲を強いられているようなところは全くありませんでした。いまの生活にほぼ不満はなかったのに、テオが裏金作りのために隠れて多額の借金をしていたなんて青天の霹靂でした。
ソヌでなくても、また、借金でなくても、自分の好きな男(あるいは女)が隠れて裏でコソコソ何かやってるということ自体、嫌ですよね。信頼関係という話を持ち出す前に、コソコソしている姿がとにかくカッコ悪いから。
あまりにもひどい裏切りだったので、さっさと見切りをつけたソヌはテオに離婚を突きつけます。しかしテオは別れたくない。このパターンの不倫では、男は大抵離婚したくはないんですね。家庭の基盤がしっかりしているからこそ、外で楽しく遊べるわけなので。
どうしても別れたいソヌは一計を図り、テオを陥れて離婚に成功します。そしてこの一件がテオの中に復讐の芽を植え付けたわけです。
ソヌの策略
ソヌは離婚を目指してテオを追い込んでいく過程で、ある策略のため息子ジュニョンをテオの目の届かないところへ連れ去ります。これは国によっては逮捕されるような行為ですね。
どうしてもジュニョンを失いたくないソヌは、その企てのために、学校へ乗り込んで授業中のジュニョンを車で連れ出します。追いかけるテオを振り払うために、嫌がるジュニョンの携帯を投げ捨て、かなり危険な運転をして、郊外のどこかへたどり着きます。
あくまでもジュニョンを失わないためなのですが、ジュニョンはそんな母に恐ろしさを感じて、なぜこんなことをするのかと詰め寄り、離婚しないでくれと懇願します。それはもう無理なのだと答えるソヌに対し、ジュニョンは、自分は父の方へ行きたいとさえいうのです。なぜなら、いつも自分のそばにいたのは父だから、と。
これはソヌにとってかなり痛い一撃でした。
テオがいつもジュニョンのそばにいられたのは、ソヌが仕事も家事も頑張って生活を支えていたからです。そうでなければ生活は成り立たなかったでしょう。それでも、子どもの視点からは、あくまでも直接自分にたくさん時間を使ってくれることが愛の証に見えるのです。
これは働く母、特に、大黒柱をやっている母にとってはかなり耳が痛い話です。
しかし子どもにしてみれば親の離婚は寝耳に水、何も知らされず意見も聞かれずに、これからは母と二人きりになると決められてしまうのは、小さな子でもなければ理不尽だと思うのも無理もありません。
「(テオは)私たちを裏切ったのよ」というソヌにジュニョンは言います。「お母さんをね。僕じゃない」
この後、ソヌはジュニョンの連れ去りに関して嘘をついてテオを挑発して陥れ、良い条件での離婚を勝ち取ることに成功します。おまけにジュニョンには父の悪印象を植え付け、自分に同情を向けることもできました。
ソヌにとってはこれでやっと区切りがつき、新たな生活を始動していくことになります。ジュニョンも母と二人の生活の中で一旦は落ち着いたように見えました(しかし実のところジュニョンの心の傷はのちに別の形で現れることになります)。
大抵のドラマはこの辺りで終わるのですが、本作はここを一つのピークとして、ここから先はまた別の展開を見せるのです。
とにかく勝ちたい男、理不尽に負けたくない女
若くて美しい不倫相手ダギョンと結婚し、二人の間に可愛い娘を授かり、事業もうまくいって、すっかりセレブの仲間入りをする。もう幸せなんだから過去のことはいいじゃないか、と思うのですが、テオはどうしても恨みを晴らしたいんですね。テオからすれば、負け犬のように町から追い出されることになったソヌの仕打ちは、自分がしたことと比較してひどすぎる、というわけです。
テオが復讐のためにソヌの住む町に戻ってきたとき、このどうしても勝ちたい男とその理不尽に負けたくない女の果てしない戦いが始まります。テオは逆にソヌをこの町から追い出しにかかるのです。
皮肉なことに、復讐に夢中になるテオは、愛している(はずの)ダギョンよりもむしろ憎んでいるソヌのことを考えていることが多くなり、次第にダギョンの不興を買うようになっていきます。
ソヌの職場の病院や、セレブの婦人会、友人たちを巻き込んだ二人の戦いはまた、二人の最愛の息子を渦中に引き込み、その心を不安定にしていきます。しかも追い打ちをかけるようにソヌが心配のあまりうるさく干渉するので、ジュニョンには逃げ場がありません。
離婚は確実に子どもに大きな影響を与えます。これは避けられないことです。最もやってはいけないことは子どもの取り合いで、それはただでさえ傷ついた子どもの心をさらに大きく乱すことになります。
テオとソヌの攻防が続くなか、離婚に至る過程でソヌが協力者を巻き込むことによって期せずして蒔いた種が、思わぬ形で芽を吹き出し、別の事件を引き起こします。その種に水を与えたのはテオでした。
サスペンスは極まり、物語は佳境へと向かいます。
クラシカルなメロドラマ&サスペンス
離婚してもなお、いつまでも絡み合うソヌとテオの感情は執着なのか愛なのか、あるいは単に二人が共依存関係に陥っているだけなのか。本当のところはどうなのか、判断は難しいです。何れにせよ「元夫婦」というのは不思議な関係ですね。夫婦の形がいろいろであるように、元夫婦にもいろいろな形があります。
夫婦や元夫婦をめぐる問題と、そこに巻き込まれる家族、特に子どもの様子も描かれていて、考えさせられるドラマでした。
家族というのは存外、日々嘘を付き合っているものなのかもしれません。相手を気遣うがゆえの嘘も、意図した結果を招くとは限りません。子どもだって本当のことを知りたいでしょう。常に真実を語ればいいというものでもありませんが、嘘が多ければ多いほど、深刻であればあるほど、関係は危うくなるものだと思います。
劇判といい演技といい、クラシカルなメロドラマで、ドロドロした愛憎劇が好きな人はきっと楽しめます。ざっくり分けると、序盤は夫婦や男女の問題、中盤は事件絡みのサスペンスの要素があり、終盤は子ども、ステップファミリーも含めた家族の問題が扱われています。最後まで視聴者を引っ張っていく力のある作品だと思います。私はほとんど一気に見てしまいました。
ただ最後の第22話、第23話はいたずらにサスペンスを長引かせるような作りでちょっともどかしいかな。その代わり衝撃的な展開が待っていますが…
ソヌを演じたキム・ヒエさんの出演作は、ユ・アインさんと共演した『密会』(2014) を見ました。これもメロドラマ、そして不倫が絡んでいましたね。ベテランの彼女は出演作を選ぶらしいので、そういうことからも本作のおもしろさがうかがえます。
テオを演じたのはパク・ヘジュンさん。デビューから14年目で初めての大きな役だそうです。『ミセン -未生-』(2014) や『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜』(2018) にも出演していたらしい(両方見たけど思い出せない…すみません)。しかしこの役を引き受けるかどうかは迷ったとのこと。なぜなら、憎まれることが決定しているようなクズ男の役だったから。そうですね、役柄と俳優を同一視する人っていますからね… でも引き受けて正解でしたよね。見事にクズ男を演じ切ってくれました。
テオの愛人、のちに二番目の妻となるダギョンを演じたのはハン・ソヒさん。忘れていましたが、『マイネーム: 偽りと復讐』(2021) で復讐に挑む孤独な女性を演じていました。本作とは全然違うキャラクターで、アクションもカッコよかったです。
ジュニョン役のチョン・ジンソさんは子役としてイ・ミンホさんなどが演じる役の子ども時代を演じたりしていたらしいです。可愛いし、本作でもなかなかいい感じでした。
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ちょっと長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。