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不倫ホラーのマスターピース 『危険な情事』

1987年製作/119分/アメリカ
原題:Fatel Attraction
配給:UIP
監督:エイドリアン・ライン
製作:スタンリー・R・ジャッフェ シェリー・ランシング
脚本:ジェームズ・ディアデン
撮影:ハワード・アサートン
美術:メル・ボーン
衣装:エレン・マイロニック
編集:ピーター・E・バーガー マイケル・カーン
音楽:モーリス・ジャール
出演:マイケル・ダグラス、グレン・クローズ、アン・アーチャー

あらすじ
ニューヨークで妻子と暮らす弁護士ダンは、自身が顧問を務める出版社のパーティで新人編集者のアレックスと出会う。翌日、出版社の会議でアレックスと再会したダンは、妻子の留守をいいことに、出来心から彼女と一夜を共にする。ダンにとっては遊びのつもりだったが、運命の出会いと信じるアレックスは異常なほどの執着心を抱き、ダンと彼の妻子に執拗につきまとい始める…

不倫といえばこの映画というくらい、今や古典となりつつある本作。大人の切ない恋という切り口で不倫を描いた『恋におちて』(1984)と違って不倫の危うさや怖さをサスペンスタッチで描いている。


(以下、結末も含め内容に触れていますのでご注意ください)


ダン(マイケル・ダグラス)とアレックス(グレン・クローズ)が深い関係になるきっかけは、雨だった。
ダンが、仕事の後、ビルを出たところで、持参した折り畳み傘が開かず難儀して、降りかかる雨に身体を濡らしている。そこへアレックスが出くわして、食事でも、ということになる。折しも妻子は実家に行っていて、今夜は帰って来ない。

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雨は、映画の中でさまざまな意味を担う自然現象だ。ここで雨に降られて濡れるダンの姿は、これから降りかかってくる不倫関係を示唆していないだろうか。この後のレストランでのアレックスとの会話を聞くと、ダンは自分から積極的に誘ったのではないことがわかる。どちらからともなく、のような会話ではあるが、あきらかにアレックスが水を向けているのだ。

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食事の後、二人はアレックスのアパートへ行く。激しく求めあう二人はキッチンへ向かい、シンクの縁に腰かけたアレックスが後ろ手で蛇口を開く。そして流れ出る水を掌ですくい、自分の胸を濡らす。
雨に“降られた”ダンと違って、アレックスは意志を持って自らを濡らす。自らこの関係を選び取る、そのことを暗に示すようなシーンだ。

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また、ダンを引き止めたいアレックスがリストカットをしてしまう場面では、アパートの外で雷鳴が響き渡り激しく雨が降る。二人の感情の動きと状況の激しさを雨が補強する格好だ。

水と同様に、火も映画の中では特別な意味を持つことがある。
レストランから二人でアレックスのアパートへ向かうと、アパートの前の道端では大きなドラム缶で火を燃やしている人たちがいる。その後も、度々この場所が出てくるが、いつも火が燃えている。しかし、アレックスがおかしくなり始める(というか、アレックスのおかしさにダンが引き始める)と、ドラム缶から見える炎はなくなり、燻った煙だけが立ち上るようになる。恋の炎はあっけなく消えてしまったのである。

本作は、不倫関係の当事者や関係者の心理的な面を掘り下げることなく、こじれていく関係そのものを描いている。だから例えば、アレックスがどういう女なのかをほとんど描写しないまま、開始30分程度の早い段階でリストカットさせ、私たちに「ああ、そういう女なのか」と理解させる。ラブロマンスやヒューマンドラマではなく、むしろサスペンスホラーなので、人物理解としてはその程度でいい、ということなのだろう。これは、こういう女を不倫相手に選んだ男は恐ろしい目に会うぞ、という話なのだ。

終盤になると、よりサスペンスホラーの手法が際立ってくる。

キッチンでグツグツと煮えたぎる鍋に徐々にカメラが寄って行き、次のカットで空のうさぎ小屋を見せたりするシーンはかなりホラー的だ。娘のエレンがアレックスに連れ去られるくだりも、緊張感に満ちている。エレンはアレックスに遊園地に連れていかれ、ジェットコースターに乗せられる。その時、母親のベスはいなくなったエレンを探して半狂乱で車を飛ばしている。その様子と、ジェットコースターが徐々に登って行くショットがスピード感を持って交互に映し出される。さらに下り始めたジェットコースターの上で叫ぶエレンと微笑むアレックスが映し出され、最終的にベスの車は事故を起こす。

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クライマックスに至る場面の演出も同様だ。

ベスがバスルームへ行き、バスタブにお湯を溜め始める。ダンはキッチンでやかんに水をいれ火にかける。ナイフを持ったアレックスがバスルームに現れてベスが叫ぶが、お湯が沸いたやかんのピーッという音にかき消されてしまう。やかんの火を止めたダンがようやく叫び声に気づき、慌ててバスルームに向かう。この場面も、バスルームとキッチンの交互のショットで緊張感が高められている。また、この後バスルームでの攻防で、バスタブの中に沈んで死んだように見えたアレックスが、突然ザバッと起き上がるところもかなりどきっとするシーンだ。

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最終的にアレックスはバスルームでベスに撃たれて死ぬが、オリジナルのラストはそうではなかったそうだ。アレックスが自宅で自殺するというもので、凶器のナイフにダンの指紋が付いていて、ダンが容疑者となり逮捕される。そういう形でダンに一矢報いるというわけだ。しかしこのラストは試写の段階でボツとなった。

作中で『マダム・バタフライ』を話題にのせたことや、ダンへの“懲罰”的な意味においても、個人的にはオリジナルのラストが妥当だと思う。(販売されているDVDには特典映像としてオリジナルバージョンがついているそうだが、私は見たことがないので、実際見るとまた違う感想を持つのかもしれない)しかし、結末が自殺ではあまりに悲惨すぎる、ということで公開版のように作り直したらしい。

ところで、余談にはなるが、本作にはアジア蔑視的な点があるのが気になる。

冒頭のパーティーは、日本人作家の出版記念のために開かれたものだが、その作家のお辞儀をする様をダンの友人が真似して揶揄したり、本の内容についても、読んでもいないのに「サムライテイスト」などと言って笑いあう。さらに、後になって友人たちが集まった時にこの時のことを思い出して、再度揶揄して笑ったりするのだ。これらのシーンの必要性が皆目わからない。また、ダンが雨に降られるシーンで、持っていた折りたたみ傘が開かなくて困っているところにアレックスが現れるが、その時言うのが「台湾製ね」である。このシーンは本作においてとても重要だが、このセリフが必要かどうかというと疑問である。

いずれにせよ本作は「不倫相手が病的に執着して悲惨な結末を迎える」という不倫ドラマのひな型となり、のちに多くの類型的な作品を生み出した。不倫ホラーのマスターピースと言っていいだろう。


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