日本を危うくする2つの人事問題
〇時期を同じくして、日本を危うくする人事問題が表面化しました。日本学術会議の会員の任命で、菅首相が学術会議が推薦した候補6人を任命しなかった問題と、東大の総長選挙で、総長選考会議が恣意的な最終候補選びを行い、有権者たる学内の教授・准教授から強い批判が出ている問題です。
〇学術会議は科学が戦争に動員された反省から、経費は国庫負担としながらも、政府から独立して職務を行う「特別の機関」と規定されて、1949年に発足しました。83年の国会答弁で、中曽根首相(当時)は「政府が行うのは形式的任命にすぎない。学問の自由、独立はあくまで保障される」と述べています。
〇こうした設立のいきさつ、政府の答弁から見ても、政府が正当な理由なく、学術会議の推薦を認めないことは、あってはならないことです。にもかかわらず菅首相は突如、学術会議から新会員候補として推薦を受けた6人を任命せず、しかも「法律に基づいて行った」「6人を任命しない理由は言えない」と述べるに止まっています。全く違法、無法な行為ですが、何のためにこんなことをするのでしょうか。
〇2020年10月6日の東京新聞のコラムで、ルポライターの鎌田慧さんは「まず最初に懲罰的な人事を強行して異論を唱えるものは排除するぞ、との見せしめ政治の初発の行使なのか」と指摘しています。私も似たような見方ですが、よく考えると、懲罰的人事にもなっていません。懲罰の理由を示していないのですから。そうすると、菅首相の目的は強権をふるって任命を拒否するということ自体にある、ということになります。官僚相手に行って成果を上げた(?)横暴な人事権の行使を、学界に対してもやってみたということでしょうか。
〇今回のことで最も腹が立つのは、6人の学術会議会員候補の方々が、排除された形になったことです。6人全員の方についてよくわかるというわけではありませんが、例えば加藤陽子東大教授(日本近現代史)は、近代日本の軍事や外交の歴史を主に研究し、多数の著書があります。私は、「とめられなかった戦争」(文春文庫)内での、「太平洋戦争は米軍が海戦などで勝ち、サイパン島やグアム島などのマリアナ諸島を占領した昭和19年(1944年)夏、日本の敗北が決定的になった。この時点で、戦争は終わらせなければならなかった」という一文を読んで、目が覚める思いがしました。この「日本の敗北が決定的になった」と言える根拠は、サイパン島やグアム島の基地から日本本土までの距離にあります。当時開発された米軍の超大型の爆撃機・B29の航続距離は約5300キロ。これに対し、マリアナ諸島から日本本土までの距離は約2400キロ。ピッタリ、B29で日帰り爆撃が可能になっていたのです。
現実には日本は戦争をやめられず、もう1年続きました。加藤教授は「その間に、空襲で亡くなった民間人は、50万人に達した。また、日中戦争、太平洋戦争で戦死した軍人軍属310万人の大半は、日本がマリアナ諸島を失陥(奪われる)した後に戦死していると言えるかもしれない」としています。
こうした論理的でわかりやすい歴史を語れる学者を、理由なく排除するとは!
〇終わりの見えない新型コロナウイルス感染に、どう対処するか。コロナ感染対策と経済維持との関係をどうするかなど、全国民が知恵を出し合って対処すべきことがあまたあるのに、知恵のある人達を自分の権力誇示にため排除するとは、菅首相のやることは全く認めがたいと言わざるを得ません。
〇東大総長選挙の問題は前回で取り上げましたので、ここでは簡単にしましょう。ただ、ざっとまとめても以下の3つの問題点が浮き彫りになってきています。
1,教職員による代議員の投票などで決まった、第1次推薦候補の中で、最も多数を得た候補が総長選考会議によって、最終候補の3人から外されていた
2.第1次推薦候補12人は理系7人、文系5人にもかかわらず、最終候補は理系のみの3人。尚、最終候補は通常3人から5人とされており、文系を入れる余地がなかったとは言えない
3.10月2日の会見で、総長選考会議議長の小宮山宏氏(元東大総長、理系)は、選挙の過程などについて第三者も入れて検証し、改善すべきところは改善すると述べる。しかし、最終候補3人を決めた総長選考会議の録音が、消されてしまったことが判明するなど、どこまで本気で検証するのか不明
〇学術会議の新会員の任命と、東大の総長選挙。共通するのは本来の有権者の選択権(選挙権)が大きく損なわれていることです。こんなことがまかり通ったのでは、日本の学問の自由も、民主主義もどこかに行ってしまいます。危ういかな、日本!
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